借りている宿屋の一室は、冬になると底冷えが酷かった。
メリニは北方と比較すると温暖で日中は暖かいが、夜になると冷える。四方を海に囲まれているからか風が強い日も多かった。
くしゅっと、くしゃみを一つすると腕を摩る。今夜もよく冷えそうだ。
「兄さん、大丈夫?」
「ああ」
マグカップを二つ手に持ってこちらへ歩み寄ってくるファリンから、一つを受け取る。
マグカップからは湯気が立ち上っていた。
中身は湯にほんの数滴の絵の具を垂らしたような薄い色をした茶だ。もう何煎目か分からないが、金がない状況では贅沢は言っていられない。
二人はテーブルを囲んで、薄い茶の味をじっくり堪能する。
飲み終わってからも微かに熱の残るマグカップを両手でしっかりと持ち、二人は熱を逃さないようにしていた。
「あ、そうだ」
冷めたマグカップをテーブルに置くと、ファリンは自分のベッド横のサイドボードをごそごそと漁り始めた。
ファリンがぼそぼそと呟きながら何かを探すのを聞きながら、机上に置いたランタンの戸を開き、ロウソクの残量と残りの本数を確認する。まだ一週間はもちそうだった。
「あった!」
「さっきから何してるんだ?」
「みて!」
すぐ近くだというのに、ファリンはぱたぱたと音を立てて足早に戻ってきて、手に持ったものを広げて見せた。
薄紫の厚手のストールだ。
「学校に入ってしばらくした頃に母さんが送ってきてくれたの。頑張って編んでくれたみたい」
「……そうか」
「うん」
ファリンは前に立つと、ストールを広げてライオスの肩に掛けた。しっかりと厚みがあり暖かい。
「自分で使えよ」
「私はもう一つあるから、兄さんが使って」
言いながらファリンはストールがずり落ちないようにピンで留めた。譲る気はないらしい。
どうにも居心地が悪くてライオスは視線を彷徨わせたが、こうなってしまった妹は頑固だ。再会してからというものやけに心配性で仕方ない。
「……分かったよ」
ライオスがストールの位置を調整しながら言うと、ファリンは満足そうに頷いた。
風が窓を揺らす音で、不意に目が覚める。
時計を確認すれば早朝というにも早い時間だった。
再び眠ろうとしたがどうにも寝付けず、ライオスはベッドを出た。
読書でもしようかとテーブルのランタンを灯したところで、妹が眩しさで起きてしまわないか気にかかった。
ちらっとベッドの方を確認すると、小さな寝息が聞こえる。起きる様子はない。
しかし、それより気になることがあってライオスはファリンが寝ているベッドに近づいた。
布団からは足が飛び出していた。
ライオスは仕方なしに、そろそろとファリンの足を持ち上げ布団の中へ戻してやると、ファリンはむずがるように小さく唸る。
その様子にライオスは小さく笑うと、幼い頃にも同じようなことがあったことを思い出した。
自分の後ばかり追っていた妹の小さく、頼りない足。
その足を今日と同じように布団の中へ戻してやった夜。
先程持ち上げた足は、昔と違い筋肉がついてしっかりとした重さがあった。
ライオスはこの時、離れていた年月の長さと成長を確かに実感し、ため息を一つ吐いた。