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    迷宮の主になる少し前のシスルの話。

    灯りが全て消された通路は酷く暗い。
    通路の途中には扉が等間隔で並んでいるが皆一様だ。例え暗闇に目が慣れていたとしても、位置を理解していなければ迷ってしまうだろう。
    シスルは灯りも持たず、慣れた様子で通路を静かに進んでいく。
    途中立ち止まって外を見ると、分厚い雲が月明かりを遮っていた。せっかくの満月なのに、と少しだけ残念に思ったが、今はそれどころでもない。
    シスルは再び歩き出すと、目的の部屋の前で立ち止まる。
    扉に耳を当ててみるが、中からは物音ひとつしない。どうやらすでに眠ったらしい。
    音を立てないようにゆっくりと扉を開き体を滑り込ませると、ベッドに近づく。
    部屋の主はやはり眠っていた。
    悪い夢でも見ているのか、時折苦しそうな唸り声がして、額には汗が滲んでいる。
    シスルはベッドに腰かけると、袖口で額の汗を拭ってやり、赤子をあやすように胸をゆっくり叩いた。
    しばらくして呼吸が落ち着いてくる様子にほっと胸を撫でおろす。
    かつて栄えたこの国も、いまや危機的状況にあった。
    貧困に喘いで、息絶えていく民たちにデルガルはいつも心を痛めている。
    シスルはベッドに腰かけたまま、部屋を見回した。
    一国の王の部屋だとは思えないほど、質素な部屋だ。
    先王から受け継いだ思い出の品も、調度品も、デルガルが生まれる前から壁にかかっていた絵画も、めぼしい物は金を工面するために売ってしまった。
    昔一緒に並んで本を読んでいたソファーは、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
    沸々と沸き上がる行き場のない怒りに頭がどうにかなってしまいそうだった。
    自分がどうにかしなければ。
    シスルはベッドに横たわるデルガルの手を撫でた。
    分厚くかさかさとした手だ。
    デルガルが生まれた日、この手は自分の手よりもうんと小さくて柔らかかった。
    気が付けばこんなに大きくなってしまったが、それでもどうしようもなく頼りなくて優しい大切な友人で、弟のような存在だ。
    「僕が、守ってあげるからね」
    デルガルの手の甲を優しく何度か撫でると、立ち上がる。
    地下で見つけた新しい文献を急いで検めなければいけない。
    部屋を出る前に窓に近づき空を見上げた。空を覆う雲は晴れる様子がなかった。
    全てが落ち着いたら、デルガルとゆっくり月を見上げられるだろうか。
    シスルは振り返り、ベッドで眠るデルガル一度見ると、また魔術の勉強をするために城の地下へ戻っていった。
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