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    本編前のナマリの話。

    「あれ、ナマリじゃない。奇遇ね」
    「買い物?」
    ナマリが背後から掛かった声に振り向くと、数歩離れた場所に行きつけの酒場の店員二人が立っていた。
    「ああ、アンタらか」
    「街中で会うなんて珍しいわねえ」
    二人は傍まで来ると、ナマリを挟むように左右に分かれて並んだ。
    「アンタたちこそ。今日は休みなのか?」
    「夜は仕事だけどね。たまには息抜きしなきゃ」
    「そうそう!息抜きといえばショッピング!」
    二人は顔を見合わせると、楽しそうに笑う。
    ナマリはその様子が眩しくて、思わず目を逸らした。
    普通の友人関係など自分にはないものだ。
    父親が失踪してからというもの、同族に限らず嫌煙されてきたナマリにとって、この二人は以前と変わらずに接してくれる数少ない人間だった。
    だからこそ人目がある場所では距離を置きたい。自分といることで二人が偏見の目で見られることは避けたかった。
    「……私はもう行くから」
    「用事でもあるの?」
    「そういう訳じゃ……」
    「ならたまには付き合いなさいよ」
    「ナマリもたまには息抜きしなきゃ」
    二人はナマリの腕を掴むと、街の中をずんずん進みはじめた。
    ナマリは急なことにつんのめりそうになるが、どうにか耐えると仕方なくついていく。ここで目立つ方が悪手だろう。
    通りをいくつか抜けると、二人は立ち止まった。
    装飾品を多く扱う女性向けの店だ。普段入ることのない店の雰囲気に気圧されて逡巡するが、急かすように背を押されては敵わなかった。
    「ほら早く!」
    ナマリはその場に留まるように足に込めていた力を抜いて、一歩踏み出した。

    店の中は花のようなハーブのような何とも言えぬいい香りがする。
    壁にはレース編みの飾りが掛かっていて、華やかだった。マルシルが好きそうな店だと思った。
    二人は通いなれているのか、すぐに目当ての場所に近寄っていく。
    商品棚に置かれた耳飾りを手に取ってお互いに宛がうと、色がどうだのとアレコレと言い合っている。
    ナマリは手持ち無沙汰に、然程広くもない店の中をゆっくりと見て回る。
    どれもこれも煌びやかで眩暈がしそうだった。
    ナマリが目を逸らそうとしたとき、ふと店の隅に置かれた商品に目が留まった。
    緑色の小さな石が付いたシンプルな髪飾り。
    薄っすらと縞模様の入ったその石が珍しくて、思わず手に取った。
    「それ気に入ったの?」
    「うわ」
    いつの間にか横に立っていたノームの女がナマリのことを見上げていた。
    「ち、ちがう」
    「いいんじゃない?ナマリの赤毛に映えそうよ」
    「私は、こういうのはいいから」
    「たまには髪を結ってみたらいいのに」
    ナマリは首筋に当たる髪のごわついた感触を意識した。
    迷宮に潜ったり、仕事ばかりで碌に手入れもされていない。
    「……いいよ。そういうのは」
    「……そう」
    あとは会計だけだから先に出ていて、と告げられナマリは店の外へ出た。
    結局、この後何店舗か二人に付き合わされナマリは疲れ果ててしまった。

    その夜、夕食を摂りがてら酒場へ行くと、二人はいつも通りエールと料理で出迎えてくれた。
    いつも通りの味に安心しながらテーブルの上の料理を平らげると、ジョッキに僅かに残ったエールを煽る。
    いい気分だった。
    「会計してくれ」
    「はいはい」
    女はテーブル置いた金を取りカウンターへ向かうと、すぐに釣銭を持って戻ってきた。
    「はいこれね。まいどあり」
    ナマリが手を出すと、釣銭と一緒に布製の袋を手渡される。
    「なんだ?これ」
    「開けてみて」
    「なんだよ」
    しかたなく袋を開けると、昼に見ていた髪飾りが入っていた。
    「私たち二人から」
    「どうして」
    「たまには友達に贈り物をしたっていいでしょう?」
    ナマリは驚いて声も出なかった。人並の生活は忘れたつもりだった。
    「次に一緒に出掛ける時につけてきてよ」
    「……うん」
    込み上げる感情に蓋をするのに精いっぱいで、ナマリは一言返事をすることしかできなかった。
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