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    はもん

    @hamon_samon

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    はもん

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    ・「魔法の鏡なんてないよ」の続き
    ・初デートするルシアラ
    ・当て馬ヴォックス

    #ルシアラ

    赤の指先 自身の感情を理解したルシファーは混乱の最中にあった。

    (私が、アラスターを好き? 恋をしていると? まさか、そんな。ハハッ。だって、あのアラスターだぞ? あの……)

     テーブルを挟んだ向かい側。ソファで寛ぎながら、アラスターはロックグラスを傾けていた。
     ルシファーが持ってきたウィスキーは気に入ったらしい。眦を緩めながら、ラジオパーソナリティらしく喋り続けている。

    「……かわいい」
    『何か言いました?』
    「いやっ。この生ハム美味いなって」
    『そうでしょう』

     自慢げに頷く様は幼い子どものようだった。たいそう可愛いらしいく見えて、ルシファーは掌で目を覆う。
     なんてこった。アラスターが輝いて見える。彼の一挙手一投足が愛おしくて仕方がない。なんだか彼の周りにピンクのエフェクトも見えてきた。重症だ。
     いつから、なんて考えても仕方がない。恋とは落ちるものである。いつの間にかスコーンと嵌っているものだ。今のルシファーのように。
     どれだけ疑ったって、ルシファーの目に映るアラスターはきらめいていたし、ノイズがかった声音は胸をときめかせた。認めるしかない。
     ルシファーが心を決めた途端、ミニルシファーが二体現れファンファーレを吹いた。突然のことにアラスターの鹿耳がビクリと天を突く。

    『?? 何です、今の?』
    「祝福のラッパ」
    『……あなたが言うと洒落になりませんよ』
    「大丈夫だ。それに二回だけだし」

     とにかく前進はした。問題は、つい数週間前に“友人になろう”宣言をしてしまったことだ。ルシファーはアラスターと友人じゃなくて、恋人になりたかった。
     アラスターからは、少なくとも嫌われていない……筈だ。初対面ではチャーリー関係で色々あったが──数週間前もゴタゴタしたが──本当に嫌われていたら二人きりの時間なんて彼は作らないだろう。ここからどうやって距離を詰めていくべきか。
     いつにないハイペースでシードルの瓶を空けていくルシファー。鹿肉ソーセージを齧りながら、必死にアラスターへかける言葉を探した。

    「……今日、君のことを色々聞いて回ったんだ」
    『そのようですね』

     アラスターは驚いた様子もなく頷いた。ホテルメンバーの誰かから既に聞いていたらしい。

    「それで、まぁ、人から見たアラスターのことは、それなりに分かった。だから……」
    『はい』
    「……次は、直接君を知りたい」

     赤い目が瞬きを繰り返す。ルシファーは声が震えないよう努めて口を開いた。

    「デートしよう」
    『でーと』

     さも初めて聞きましたと言わんばかりの拙い口調に、ルシファーの心が浮わつく。
     まったく。わざとらしく初々しい反応なんかして。おぼこ・・・じゃあるまいし。上手い男だ。
     ルシファーは盛大な勘違いをしていたが、それを指摘できる者はいなかった。

    「街に出て、お茶でもどうだ? ホテルの業務が落ち着いた頃でいい。ほんの一時間……いや、三十分でもいいから」
    『それは別に構いませんが……あなた、街を出歩くんですか?』

     言われて、はたと思い出す。今の街は、駆除前とは少し異なることを。
     ルシファーはもう数世紀も、まともに罪人の前に顔を出していない。露出は最低限で、メディア出演も地獄生まれの悪魔が運営する方ばかり受けている。先日の駆除で初めて実物を見た罪人の方が圧倒的に多いだろう。
     おかげで現在のペンタグラムシティでは、ルシファーに熱を上げるカルト的集団が暴れ回る事態が発生していた。
     ──何故?
     報道でその事実を知ったルシファーはドン引きした。そんな彼に、アラスターは懇切丁寧に、嫌味と皮肉を交えながら教えてくれた。
     曰く、地獄は“力”に満ちている。弱肉強食の世界で死後を生きている罪人たちは様々な“力”を信奉しているが、圧倒的で分かりやすい故に信者が多いのが“暴力”だ。
     そんな彼らがどうにもならない“暴力”が駆除エクスターミネーションだった。それを退けたのが我らが王と聞けば、熱狂的ファンもできるというものだ。
     やっぱり罪人はろくなヤツがいないな。自分が恋した相手が誰かを棚に上げて、ルシファーはそう思った。(ちなみにアラスターが忙しかった理由の一部はこのファンのリア凸である)
     そんな地獄の王熱狂街ペンタグラムシティに、ルシファーが姿を現す。きっと大炎上するだろう。文字通りに。

    「……日を置いてからにするか」
    『何年後になるでしょうねぇ』
    「それはちょっと……変装するとか」
    『世間知らずな王様に教えてさしあげますね。地獄であなたのようにお行儀のいい悪魔は、滅多にいませんよ』

     つまり、すぐバレるということだ。
     数少ないお行儀のいい方(少なくとも表面的は)な悪魔は、ソファの肘掛に頬杖をついて意地悪く笑った。挑発的な仕草にルシファーは頭がクラクラする。

    「あ、あー、なら……動物に変身する、とか」
    『動物に? できるんですか?』
    「できるとも!」

     ルシファーは軽やかな音をたてて小鳥に変化した。驚くアラスターの肩にちょこんと乗る。

    「どうだ? 凄いだろ!」
    『はい。ただ、地球の生物は地獄にはいませんよね?』

     ルシファーは瞳孔を小さくした後、俯いた。分かりやすく落ち込む黄金色の小鳥の姿に、他者の失敗する姿をなにより愛する悪魔はカカッと笑う。

    『そんなに私とデートしたいんですかぁ?』
    「したい……」
    『おやおや』

     アラスターは上機嫌で小鳥の前に指を持って行った。素直に赤い指に乗り移ったルシファーを眺めて頬を緩める。

    『んふふ。もっと小さな動物にはなれないんですか? 特別に、袖口に隠れるくらいは許してあげますよ』
    「本当か?」
    『ええ』

     ルシファーが顔を上げると、至近距離に楽しそうなアラスターの顔があった。少し身を乗り出すとキスできそうな距離だ。鳥だからこそ許される距離。
     小鳥の身で器用に顔を赤らめたルシファーは、慌てて仰け反り別の動物に変化した。次は真っ白な蛇だ。

    「これなら腕に巻き付いて隠れられるぞ!」

     蛇になっても赤い顔のまま、得意顔をするルシファー。それを手首に巻き付け、ニヤニヤ笑いのアラスターが見下ろす。

    『ええ、はい。そうですね。なら明日、早速出かけますか? ご予定はいかがです?』
    「おお! 大丈夫……だが、アルは? 忙しいだろう?」
    『ホテルの業務は一段落つきました。建物も設備も、なにもかもが新しくなったので、時間はかかりましたが。明日からは時間があるんです』
    「そうか! なら明日行こう!」
    『ええ。楽しみですね』

     柔らかに目を細めるアラスターの眼は潤んでいた。酔ってる姿も色っぽくていいなぁ。好きな子との初デートに浮かれきったルシファーの目は曇っていた。

    ***

     翌日。ペンタグラムシティは今日も快晴。酸の雨の気配もない、カラッとした空だった。
     蛇の姿でアラスターの腕に巻き付き、真っ赤なコートの袖の中に隠れたルシファーは大興奮だった。なにせ全身がアラスターの香りで包まれている。
     服に染み込んだ彼独特の湿った森と土の香りとは別に、手首に付けたであろう香水の香りも堪らない。スパイシーなそれがアラスターらしくて、つい蛇の体を腕に擦り付けてしまう。枯れを知らない体は正直だった。

    『ルシファー、くすぐったい』

     地獄の王の変態行動にピンときていないアラスター。咎める声はからかい混じりだ。ただ単に悪戯としか思っていなかった。
     ようやく落ち着きを取り戻したルシファーとともに、アラスターは今日も罪が蔓延る街へと向かう。

     そして十数分後──ルシファーはグロッキーになっていた。

     飛び交う怒号と悲鳴。舞い散る血飛沫。落ちていく赤とピンクの肉塊。アラスターの行く道はグロテスクで舗装されていた。

    『カカカッ! 元気なお馬鹿さんが多いですねぇ!』

     襲いかかってくる悪魔をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返し、哄笑するアラスター。黒い触手が緑の光をまとい、ブードゥーの印がくるくる踊る。
     先ほどから無謀にもラジオデーモンに向かって来ているのは、ルシファー狂信者の罪人悪魔だった。
     アラスターがプリンセスのいかれ・・・ホテルにいるのは有名だ。同時に、ルシファーが娘のホテルに住んでいるのもまた有名だった。
     結果、ルシファーのファンでありながら、ルシファーに会えずに熱気を持て余した者は、分かりやすいホテルの住人であるアラスターに向かってきた。
     やれ「ルシファーに会わせろ」だのなんだのと喚くだけなら、アラスターも露払い程度で無視した。しかし拳や刃物を振り上げたり、わざわざ重火器を持ち出してまで自己主張してきたのであれば容赦しない。
     そうして一方的な蹂躙が始まり、舞台役者よろしくマイクステッキを振り回し魔術を行使していたものだから、アラスターの腕に体を固定させていたルシファーはすぐに目を回した。

    「アル、アラスター……ちょっ……とまっ……」

     とうとう脱力して袖口から滑り落ちた細長い体を、アラスターはしっかりと掴み上げる。そして、そのまま外套の懐に押し込んだ。内ポケットに尻を突っ込んだ形で目を回す王を放置して、アラスターは衆愚の波が落ち着くまで触手を振るい続けた。

     ルシファーが正気を取り戻したのは、薔薇の香りが舌先を掠めたからだった。舌をチロチロと伸ばし、香りの行方を追うように心地よい場所から顔だけを出す。

    『ご気分はいかがですか?』

     アラスターの静かな声が頭上から降ってくる。顔を上げると、ご機嫌な笑顔で見下ろす赤い悪魔がいた。

    「かなりよくなったよ。あー……アレらは?」
    『ご安心を。ちゃんと追い払いました』
    「そうか」

     ルシファーは安堵の息を吐く。デートは始まったばかりだというのに散々だ。
     しょんぼりしながら辺りを見渡すと、いつの間にか公園に移動しているようだった。木漏れ日がベンチで休むアラスターの体を包んでいる。近くには薔薇が植えられており、誰が手入れしているのか馨しい香りを漂わせていた。

    『そういえばデートと仰っていたと思いまして。それらしい所に来てみました。その姿ではカフェは入れませんしね』
    「そ、そうか。ありがとう」

     本当はルシファーがエスコートしたかった。だが、アラスターがデートを意識してくれたことが嬉しくて、そんな気持ちは空の彼方へ吹き飛んだ。
     人気のない公園で二人きり。やたらとドキドキしてしまうのは仕方がないだろう。

    「……こんな静かな場所があるなんて、知らなかったな」
    『外に出なければ新しい発見はありませんよ、ルーシィ』
    「……そうだな」

     未だにあだ名呼びは照れが出る。特に自身の感情を自覚した今、アラスターのしっとりした声音は心臓に悪かった。

    『面白いものを見せてあげましょう』

     そう言って、アラスターは薔薇を一輪毟り取った。無遠慮に命を摘み取る様に文句を言おうとしたが、その前に薔薇がみるみる萎びていって驚愕する。

    『フフッ。面白いでしょう?』
    「いや、悪趣味だが?」
    『ニャハッ』

     アラスターはご機嫌だ。赤い爪先がルシファーの喉を擽る。完全に愛玩動物扱いだ。嫌ではないのが悔しかった。誰だって好きな人に触られたら嬉しいものだ。

    『ここはカニバルタウンのすぐ側なんです。そこを取り仕切ってる悪魔が、ここを管理しています』
    「ああ、チャーリーが前に弔問に行ってた……」
    『ええ。私の友人です。その内、紹介しますよ』
    「それは……どういう風に?」
    『──さあ?』

     意味ありげに笑うアラスター。彼の気持ちの一端でも知れればと思ったのだが、躱された。なるほど、こういう所がモテた理由だろうなと、ルシファーは複雑な気持ちになる。
     懐から滑り出たルシファーは、アラスターの腕を伝って生い茂る薔薇に近付いた。赤い尾で瑞々しい花弁にちょんと触れる。花の輪郭が一瞬、黄金に光った。
     アラスターと同じように薔薇を一輪、口で咥えて摘み取る。それを、花と同じく真っ赤な悪魔に差し出した。優雅な手付きでアラスターがそれを受け取る。今度は枯れなかった。

    『……ふふ』

     アラスターは一度目を丸くし、次いで柔和に細めて微笑んだ。薔薇に鼻を近付け、香りを楽しんでいる。
     ルシファーは唾を飲み込んだ。蛇の体をくねらせ、アラスターの目を覗き込む。赤い眼の中に、真剣な顔付きのルシファー蛇の自分が映っていた。

    「アル──」
    「これはこれはアラスター! 一人でお散歩とは寂しいヤツだなぁ!」

     ルシファーの言葉を掻き消すように、青白い雷電がアラスターの目の前に落ちた。それは一瞬で人の形を取り、ニヒルな笑みを浮かべながら顔を顰めるアラスターを見下ろす。
     突然気配もなく現れたテレビ頭の男。アラスターは面倒臭そうに半目になり、ルシファーは憤懣を抱えて睨んだ。今いい雰囲気だったのに!

    『あなたこそ、いつものお仲間はどうしたんです? ヴォックス』

     アラスターの声音が先までと変わった。芝居じみた、誰かを揶揄う時によく聞く声だ。座ったまま、見上げているのに見下ろすような態度に、今度はヴォックスが顰めっ面になる。だが、すぐに笑顔を取り繕った。

    「私含めみんな忙しいんだ。なにせ我が社は地獄一の注目株だからな」
    『そうでしょうねぇ。みんな登ったのが滝ではなく坂道だった・・・・・・・・・・・・・・・と知った訳ですから。転落ショー・・・・・は絶好の見世物。転がった先がどんな結果か、誰しも見てしまうものです』
    「なんだと」

     ヴォックスの顔から早々に余裕が消えた。激昂し、スパークする様をニヤニヤ見上げるアラスター。
     そこでようやく、ルシファーはこのテレビ頭が誰か思い出した。
     ペンタグラムシティのメディアの支配者。特に電子に関するほとんどを、彼の会社が牛耳っているのがこの街の現状だ。
     アラスターをライバル視しているらしく、よくラジオ放送に割り込んできてはやり返されている。(アラスターがテレビ放送に割り込むこともあるが)ここ半年ほど停電が頻発している原因は全て彼だそうだ。
     彼の会社は前回の駆除以降、株が下落していた。駆除に関することで色々あったらしい。アラスターが時々ラジオで話題に出しては皮肉っていた。
     火消しなのか業績回復なのかは知らないが、そりゃあ忙しいだろう。ルシファーは若干の哀れみを抱くが、それよりデートを邪魔されたことが腹立たしかった。
     睥睨してくるルシファーに気付いたらしい。ヴォックスが訝しげにアラスターの腕に巻き付く蛇を指さす。

    「何だ? 蛇? ハハッ。老いぼれに可愛いお友達ができたとはなぁ! 帽子を被らせてお洒落気取りか? よくお似合いだぜ!」

     ルシファーは頬を引き攣らせる。無知は罪とはこのことだ。相手が地獄の王とは知らずに好き勝手言ってくれる。
     怒りのままテレビ頭へにじり寄ろうとするルシファーを引っ掴んで、アラスターは溜め息を吐いた。隙のない仕草でベンチから立ち上がる。

    「待て! 逃げるのか?」
    『生憎、デートの最中なんです。邪魔しないでもらえますか?』
    「デッ は」

     ルシファーは目を輝かせてアラスターを振り返った。嬉しさのあまり赤い尾がピコピコ揺れる。
     画面の中で大口を開けたヴォックスが、鋭い指先をアラスターに向ける。青いそれは震えていた。

    「は、ははっ。デートって、誰とデートしてるんだよ。まさか、その蛇と、とでも言うつもりか?」
    『そうですが? ホラ、こんなに綺麗なプレゼントも頂いちゃいました』

     そう言って薔薇にキスを落とすアラスター。ああ、どうせならリボンも巻くべきだった。ルシファーは後悔しつつも、うっとりと想い人を見上げる。

    「ほ、お〜? まさか、あのラジオデーモンに、蛇とセックスする趣味があったとはな。知らなかったぜ」

     動揺がそのまま現れた震え声。だが、アラスターには効果覿面だった。ノイズ音を出しながら、不快だと分かりやすく顔に出す。マイクステッキの石突を強く地面に叩き付けた。

    『その薄っぺらな頭にはろくな記録・・がないようですね。そこらにいる愚か者と言うことが同じだ。ああ、だから顔面から厚みが消えた面白味がなくなった?』
    「私は常に最新のテクノロジーを搭載している。これはその証だ! それに、おまえのことなら全部バックアップも取って記憶・・している!」
    『堂々とストーカー発言する所は変わりませんね。それでも昔の重っ苦しい顔の方が可愛げがありましたよ、あなた』
    「散々、邪魔だ場所を取る鬱陶しいって言ってただろうが!」
    『叩けば直る所が良かったのに。ああ、寝坊してもすぐ分かる所も良かったですよ』
    「直ってねぇ! 何度も壊されて取り替えたわ! アンテナも一本捻じ曲げやがって!」
    『唯一残っている可愛い部分ですね。もう必要ないでしょうに、何故残しているんです? チャームポイントと思ってるんですか?』
    「えっ? 可愛い? いや、これはアラスターが弄ってくれた所だから残して……じゃなくて」

     ──何だこいつら。
     口論(というか口喧嘩)する二人に挟まれたルシファーは、何とも言えない気持ちで成り行きを見守っていた。
     何だろうか、この喧嘩別れしたカップルのようなやり取りは。もしかして本当にアラスターの元彼か? あのバーテン君猫野郎は嘘を教えたのか? 地獄の王に?
     ふつふつと怒りが湧いてくる。時々アラスターが忘れていないとばかりにルシファーの体を撫でてくるので沸点は超えないが、不満は溜まっていくばかりだ。
     アラスターは沈黙を保ったままのルシファーを一瞥する。チャーリーと同じく分かりやすい男の心境はすぐに察することができた。旧友遊ぶのも潮時だ。未だに仔犬のようにやかましいテレビ頭に背を向ける。

    『それではデートの続きがありますので、私たちはこれで失礼します。あなたも、雑音だらけな箱の改良に勤しみなさい。まっ、無駄でしょうがね』
    「ちょっと待て!」

     ヴォックスは立ち去ろうとするアラスターの腕を咄嗟に掴んだ。が、すぐに指先が空を掻く。影に溶けたアラスターが、ヴォックスと十分に距離を空けた場所に姿を現した。

    『……本当に学習しない男ですね、おまえは』

     ザザッと耳障りなノイズ。ヴォックスに掴まれた腕を、汚れでも拭うかのように何度も擦る。

    『私は何度も、触られるのは嫌いだと言いました。下品な話も不快だと』
    「それは……っ、なら、その蛇はいいって言うのか」
    『当然でしょう。だって彼は──』

     アラスターは一瞬、目を泳がせた。しかしすぐに取り繕い、下から睨めつけるようにテレビ頭に笑いかけた。

    『──デートの相手ですから』

     ルシファーは喜んでアラスターの細い首に巻き付いた。溢れる想いのまま土気色の頬に顔を擦り寄せる。尻尾は器用にハートの形を作っていた。
     スベスベな蛇肌が思ったより気持ちよくて、アラスターの顔が微かに綻ぶ。それを捨て犬のような顔で見つめるヴォックス。
     アラスターは既に旧友から興味をなくし、機嫌よくヴォックスの前から姿を消した。

     その夜。テレビでは新たなニュースが怒涛の勢いで報道されていた。
     『あのラジオデーモンの衝撃の性癖!』『鹿の悪魔は蛇をしゃぶるのがお好み!』『鹿と蛇の衝撃の交尾映像』
     下品な見出し。倫理観のない合成写真。モザイクなしの合体映像。実に地獄らしい報道だ。
     傷心なヴォックス渾身の嫌がらせは見事成功し、怒り狂ったラジオデーモンによりペンタグラムシティ中のテレビが破壊された。勿論、テレビデーモンの頭も例外ではない。
     一人城に戻り、初デートの思い出を自作のアヒルちゃん人形相手に惚気けていたルシファーだけが、騒動とは無縁の夜を過ごしていた。
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