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    mumumumumu49

    @mumumumumu49

    4スレは信仰

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    mumumumumu49

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    4スレ。前回の続き。本編前4号くんと本編後スレッタちゃんが同居してます。追記しました。

    遡行ifその3 エランの伝手で杖や車椅子、そして食事メニューの決定権を手に入れたスレッタ・マーキュリーは、料理に凝るようになった。
     スレッタ・マーキュリーについて、いくつかわかったことがある。透明人間となり家にはすぐに帰れなくなった、親しくない男の部屋から出られずに一日を一人で過ごす、という状況にあるにも関わらず日々を明るく過ごせる程度には能天気、もしくは空元気に慣れていること。この現象の原因に心当たりがありそうなこと。それをエランに隠していること。声を上げて笑うときに両手を添える癖があること。朝は寝ぐせがなかなか取れないこと。母親を尊敬していること。今年で二十歳であること。アスティカシア学園のOGであること。そのとき、学園で『エラン』と出会っていたこと。元は水星近傍のフロントでパイロットをしていたこと。働くことが好きなこと。あとは、トマトが好きなこと。ガンダムのことや彼女の伴侶のことは、まだ彼女の口からは触れられていない。
     ペイル社の監視カメラや稀に訪れる他の寮生にもそれとなく尋ねてみたが、やはりスレッタの姿は観測されなかった。
     その日の夕食はボンゴレパスタだった。ごろごろとした貝が絡まった金色の麺に、パセリの緑色が目に華やかだ。湯気となった貝の甘い海の香りとニンニクの香ばしい香りが混ざり合ってエランの人間味のない部屋の中に立ち込めている。調理の様子を見ていたが、備え付けの簡易キッチンで車椅子を操りながらくるくると動く手際はなかなかのもので、現役時代の彼女の実力を髣髴とさせた。
    「もらうね」
    「はい、どうぞ!」
     スレッタはエランが食事を口にするまで自分のぶんには口を付けずにエランの様子をじっと伺う。まるで、餌を前に待てを命令されている犬のように、青い目を期待に輝かせて。視線の密度に耐えかねて、エランは口を開く。
    「……美味しいよ」
     その途端、スレッタは花が咲くような笑みを浮かべた。
    「ホントですか!? あ、そのサラダのソースは隠し味にトマトペーストを使ったんです!」
     そうしてようやく、自分の口に料理を運んで心から幸せそうな顔をする。あまりに一口ごとに緩ませるから、赤い頬がとろけて落ちてしまいそうだ。食べることが本当に好きなのだろう。そうしてふたりで食べ終えると、今度は小さな冷蔵庫からカップ型の器を取り出してまたふにゃりと笑った。
    「エランさん、今日はデザートにレモンのゼリーを作ったんです。よかったら、一緒に食べませんか?」
    「……じゃあ、もらうね。ありがとう」
     受け取った容器の中で薄黄色のゼラチンがふるりと揺れる。冷えたゼリーを一口食べて、スレッタは楽しそうに身体を左右に揺らす。
    「ご機嫌だね」
    「えへへ、晩ご飯のデザートってなんだか特別なかんじがしませんか? 一日を終えたご褒美みたいな」
    「『ご褒美』?」
    「んふふ、はいっ! 今日をいっぱい頑張ったエランさんに『ご褒美』ですっ」
    「……そう」
     強化人士にも一応、対価はある。人としての尊厳を削り落とされて代わりにと宛がわれた、寝食には困らないこの生活、この日々、この安寧。命にも時間にも意味はなく、他者の停滞と悦楽のためにただ無為に消費される偽りの報酬だ。エランには、それに尊厳や未来と釣り合うほどの価値があるとは思えない。選択肢もなかった。ならば、報酬とは名ばかりの搾取に違いないのだ。
     だから、記憶にあるかぎりこれが初めて。初めてもらったご褒美は、甘酸っぱくて喉が渇くゼリーだった。
     エランが食器を洗っていると、タブレットを抱いたスレッタが緊張した面持ちをして車椅子でやってきた。皿を拭く手を止めてエランが視線を送ると、細い喉をこくりと鳴らす。そして、勢い込んで切り出した。
    「あの! 今度、お誕生日のお祝いしませんか!」
     エランは無表情のまま何も言わずに視線だけで次を促す。
    「わ、わたし。前にエランさんと誕生日のお祝いする約束をしてたんです」
    「言ってたね」
     それは自分ではないけれど。行為も願いも一般的には好ましいと呼べるものだろう。そのエランにとってはどうだったかはわからないが、きっと。
    「それは、ぼくが思い出したあとにしたほうがいいんじゃない?」
     存外に、声音が刺々しくなった。良くないことだ。スレッタの笑顔が強張っている。
     けれど、他の誰かの代わりに祝われたくなどなかった。特に、彼女からは。
     スレッタは食い下がる。
    「でも。わたしも、いつまで居られるかわかりませんから。できるときにしたいです」
    「しないよ」
     エランには誕生日がない。ないものを、だれも望んでいないものを、どう祝えというのだ。
     善良なひとは、ひどく、衝撃を受けたという表情をした。
    「……しないよ」
     目をそらして繰り返す。
    「明日は帰りが遅くなるから、先に休んでて」
     その場に居たくなくて、最後の皿を棚に収めて脱衣所に向かう。スレッタは何も答えない。幸いにも、そのまま自動ドアは閉められた。

     ペイル社の薄暗いラボの中で、実験体であるエランは様々な検査や処置、実験を受ける。結託されることを恐れてか、社内でエランが他の強化人士に会うことはなく、すべては個室で行われる。エランを観察する研究者すら多くはマジックミラーの奥で、実際に会うのは一人だけ。ベルメリア・ウィンストン。強化人士とGUNDについて、ペイルで最も詳しいのは彼女だろう。冴えない風貌に反し、保身と夢のために悪魔と契約した魔女なのだから。
    「……ねえ」
    「えっ、な、なにかしら」
     実験台からエランが呼びかけると、光る画面に目を向けていた女は処刑人に声をかけられたようにびくりと大げさに肩を揺らした。いつものことなのでエランは気にせず言葉を続ける。
    「強化人士が透明人間になる……他人から見えなくなるということはある?」
    「……それは、まさか。今のあなたのことを言ってるの?」
     常に彼女の内にくすぶっている罪悪感のせいで深読みをしたらしい、ベルメリアはあからさまに傷ついた顔をして俯いた。面倒だ、という感情が珍しくエランに過る。彼女は終始この調子で、一方的な連絡報告以外、建設的な会話ができたことはない。もっともそれは極端に無口なエランにも同じことが言えるわけだが。
     とはいえ、今の話題で思い当たらないのなら彼女は知らないと考えていいだろう。スレッタの身に起こっていることはベルメリアにとっても予想外なのだ。それを解き明かすことがガンダムの開発や強化人士の意義を果たすことに役立つとも思えず、彼女のことは黙秘しようと決める。たとえ自分にだけ見える透明人間がいると主張しても、部品の替えどきと判断されるのが目に見えていた。
     話す意義を失ったため、そのままふいと視線を外す。できれば、会話などしたくない。実験する側だって、モルモットとは話したくないだろう。だというのに、ベルメリアは誤魔化すように明るい声でエランに話しかけた。
    「あなた、なにかあった?」
    「は? ……なんで」
     虚を突かれたエランは、思わず聞き返してしまう。
    「口数がいつもより多いもの。それに少し、雰囲気が明るいようだから」
     呆れが勝って閉口した。罪悪感を軽くしたいのか忘れたいのかこの女は、強化人士に対して時折無害な母親のように振舞うのだ。そんなことをしても、実態は自分の代わりに貧民の子供を生贄に差し出す卑しい魔女から何一つ変わらないというのに。現実の自分を直視しない、自らは本当は善人なのだと信じてやまないその愚かな姿がひどく、不快だった。
    「でも、無駄遣いはダメよ。上に見咎められたら……」
     きろりと視線をやると、話したがりの口は閉じる。もう何もかもが無意味に思えて、実験台の上で目を閉ざす。
     瞼の裏で炎が燃えている。いつかエランの身を焼く破滅の炎だ。深い深い闇の中では、炎は眩い星にも似ていた。

     深夜、ペイル寮に戻ると、エランの部屋のライトは消され暗いままになっていた。スレッタはもう寝たのだろう。もう夜も更けている、起こさないように気を付けながら部屋を歩くと、突如空砲のような軽い音が鳴った。身構えるエランの前に小さな明かりが灯り、色とりどりの紙切れが目に映る。
    「お誕生日、おめでとうございます!」
     声とともに、机の陰に隠れていたスレッタが現れた。膝の上の小さなホールケーキが蝋燭の火に照らされている。
     暗闇にぼうと浮かび上がったスレッタの穏やかな表情は、エランの目の奥をひどく軋ませた。自分の内腑、触れてはならない深くを掻き回されているようだった。見ていたくない。
    「ハッピバースディ、トゥーユー、ハッピバースディ、トゥーユー……」
     すべてを無視した澄んだ歌声に、無性に腹が立った。
     壁のパネルに触れて照明をつけ、衝動のままに蠟燭の火を握りこんで消す。
    「ぼくは、しないと言ったはずだ」
     掠れた、低い声だった。
     ケーキも彼女も見ていられなくて、自己嫌悪に塗れながら顔をそらす。早く、いなくなってしまいたい。ここから。世界から。
    「片づけてくれる」
     それだけ告げて、脱衣所へと足を向ける。慌てたのはスレッタだ。
    「ま、待ってくださっ、あっ!」
     べしゃり、と重いものが床に落ちる音が聞こえた。数瞬迷って、ゆっくりと振り返る。床に散らばる無残なケーキの残骸、足を抱え蹲るスレッタ。
     どこか、打ちどころが悪かっただろうか。ひやりと肝の冷える思いでそばに片膝をついて見えない顔を覗き込んだ。
    「怪我は?」
     差し伸べた手は強く引かれ、エランはバランスを崩して床に転がった。騙されたと気が付いたのは、胴にしがみついたスレッタの赤い頭を見下ろしてからだ。油断していた自分に歯噛みして引き離そうと肩に手をかけるが、胴に回った両腕は力強い。無理に引き剝がせば、彼女を突き飛ばしかねない。
    「離してくれ」
    「イヤです」
     スレッタは自分の歳を忘れたのか、ぐずついた子供のように鼻をエランに埋めたまま首を左右に振る。
    「今日はぼくの誕生日じゃないよ」
    「今日にしましょう。エランさん、誕生日がないって悩んで、困ってるんでしょう? 誕生日がないなんてさみしいです」
     どうして、それを。動揺は表には出なかったはずだ。それでも生まれた沈黙に、スレッタはなおも言い募る。
    「お祝い、させてください。今までしてもらえなかったぶん、わたしがたくさん祝います。あげます。プレゼントも、ケーキも、思い出も」
    「いらないよ」
    「エランさんだって、お祝いのことうれしいって言ってくれました!」
    「ぼくは言ってない」
    「エランさんには誕生日を祝ってくれるひと、居るんです。エランさんも居たことを思い出せたって、前にわたしに教えてくれて」
    「──うるさいな!」
     目の前が真っ赤になった。知らない。わからない。何を言っているんだ、このひとは。
    「エランエランって、鬱陶しい。誰のことなんだ、それは」
     それは、今ここに居るエランではない。親愛を向けるべきは、同情を寄せるべきは、祝福を授けるべきは。自分では──。
    「あなたです!!」
     強い眼差しがエランを捉える。睫毛が絡まるほどに近く。青い星が燃えている。エランを、見ている。
     なぜ。音にならない疑問に、強い意志を宿した碧眼がしとりと色濃い情に濡れる。
    「わたしが好きなのはあなたです。あなたなんです」
     視線が、指が、手のひらが。柔らかな温度がエランの輪郭をなぞって確かめていく。エランが、スレッタが。ここにいることを教えるように。
    「優しくしてくれたのも、喧嘩したのも、仲直りしたのも何度でも、助けてくれるのも。あなたです。他のエランさんのことは知ってます。事情も、全部。でも、わたしの知ってる『エランさん』はあなたです。エランさん、あなただけ。エランさんが忘れても、だれが忘れても、わたしは覚えています。絶対に、あなたのこと」
     数年分の慕情が込められているのだろう、近づく眼差しにエランは見惚れた。
     濡れた感触が唇に触れて、離れる。
     それで、充分だった。
    「イヤ、ですか?」
     エランは知らない。スレッタの言っていることは何一つ、記憶にも記録にもないことだった。ズレている。矛盾している。けれど、信じたい。その心に、嘘をつきたくないと願った。直視しなければならない。愚かで甘えた自分のことを、彼女が見てくれたのだから。
    「……イヤじゃない、よ」
     そう、『うれしい』と呼ぶのだ。この感情は。

     小さなソプラノが、少し物の増えた部屋に響く。それはただただ純粋に存在を祝い喜ぶ始まりの歌だ。エランも掠れた声であとを追う。拙くて、音もあまり取れていない。けれどスレッタは嬉しそうにはにかんでくれた。
     歌い終わると気が抜けたのか、大粒の涙が朱い頬にぼろぼろと零れ落ちた。彼女はエランと誕生日を祝う約束をしていたのだから、ようやく肩の荷が下りたのだろう。その優しさが、肩に埋めた嗚咽までもがうれしくて、いとおしい。
     歌よりもずっと長い時間をかけて、スレッタはようやく泣き止んだ。
    「は、ぁ。ごめんなさい、離れますね」
     エランの負担を考えたのだろう。わずかに浮いた背に、回した腕に少しだけ力を込めて引き留めると、スレッタは意外そうな顔をして、それでも再びエランの膝に腰を落とす。
    「……ケーキ、台無しにしてごめん」
     鼻をすするスレッタに呟くと、彼女は慌てて首を横に振った。
    「いえ、うっかり落としたわたしが悪いんです。また、作りますね」
     やはり、手作りだったようだ。それを知ると床で潰れたケーキが途端に勿体なく思えた。スレッタを抱えたまま腕を伸ばして、食べられそうな箇所を掴んで拾い上げる。
    「ちょっ! エランさん、汚いですよ!」
     生温くなったクリームは焼け付くように甘く、やはり喉が渇く。潰れたイチゴの酸味が舌を焼いて、溶けたクリームとほどよく混ざり合っていく。うん。
    「美味しいよ。ありがとう」
    「でも……」
     不安そうな、どこか不服そうなスレッタに、どうすればこの気持ちが伝わるだろうか。少し考えて、エランは素直にお返しをすることにした。
     柔らかさにも甘さにもしびれるような幸せを感じる。頬を真っ赤に染めて硬直するスレッタに、エランは問い直す。
    「ね?」
    「わ、わかんなひ、れす……」
     その様子に、ふ、と頬が緩む。
     いとしい身体を抱き寄せて薄い肩に顔をうずめると、動脈がとくとくと時間を刻んでいる音が聞こえた。吐息も鼓動も、衣擦れも。彼女の存在のすべてが祝福の歌だった。
     その夜、エランはだれかに祝われる夢を見た。魘されることはもうなかった。
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