聴覚センサーがとてとてとてという非常に軽い音を拾う。
振り返ると、入口から丸みを帯びた小さな司令官が元気に駆けてきた。
転んだ。
こちらが近寄り手を差し伸べる前に、スクっと起き上がりまたとてとてと走り寄ってくる。
その後二度の転倒の危機を乗り越え無事足元に到着した司令官は、今度はもちもちもちと音を立てながら左脚をよじ登ってくる。
手を差し伸べると、首をふるふると振り拒否を示された。
自力で登攀することに意義があるらしい。
三度の落下の危機を乗り越え、腕をそろそろと伝い机の上に降り立った司令官はパァァァと後光を纏いながら満足げに排気をした。
「こちらでお仕事をされますか?」
床に柔らかい布を敷き、その上に司令官のサイズに合わせた机と椅子を用意しているがそちらが使われることはあまりない。
司令官として、私達と同じ視点に立つことを己に課しているようである。
机の上に仲間達全員の名前がプリントされた地球製の紙と、サイバトロンマークのスタンプを並べる。
「さあ、どうぞ。お仕事をよろしくお願いします」
司令官は気合を入れるように、小さな手をぎゅっと握りしめた。
タシッ、タシッ、とスタンプが押される小気味良い音がする。
司令官の仕事は、仲間達が元気かを確認することである。
元気であることを確認したら、名前の横にサイバトロンマークのスタンプを押す。
最初はパッドを用意したのだが、タッチパネルが司令官の手に反応してくれなかったので地球方式の紙とスタンプが採用された。
三度の往復で、一ヶ所を残しスタンプが押し終わる。
私の視界に入っている間だけでも、10回の横転と15回の落下の危機があった。
最近は、手が空いているもの達が自らこの部屋を訪れて「元気ですよ」と教えてくれるのでこの回数で済んでいる。
司令官がこちらをじっと見つめてくる。
「私も元気ですよ。司令官がいつも頑張る姿を見せてくださるおかげです」
『マイスター』と書かれた名前の横に、タシッとスタンプが押された。
「お仕事お疲れ様でした。甘いお菓子を用意してありますよ」
エネルゴンのグミを盛った皿を差し出すと、司令官の聴覚センサーがぴょいんと嬉しそうに立った。
小さな手で一つだけグミを取りそれを机の上に置くと、ぐいぐいと皿を押し返してくる。
「私にもくださるのでしょうか?」
司令官がこくりと頷いてくれたので、一緒に食べながら休憩をする。
もちもちと音を立てながらグミを食べる司令官の体は、立派に任務をこなした戦士さながらに汚れている。
「今日はお風呂に入りましょう」
そう言うと、司令官は眉間に皺を寄せてじりじりと後ろに下がった。
水に濡れると動けない程に体が重くなるため苦手であるらしい。
「怖くありませんよ。綺麗に優しく丁寧に洗って差し上げますから」
乾燥まで終わった後の司令官は、奇跡かと思うほどにふわふわでもちもちになる。
「楽しみですね」
笑いかけると、司令官は諦めたようにもちもちとグミの咀嚼を再開した。
いつもより更に小さく丸められた体をふわふわと撫でると、気持ちよいのか体を手に擦りつけてきてくれる。
この小さな司令官の平和を守り続けなければいけないと強く思うのだった。