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    メノウユキ

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    メノウユキ

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    三話 白い少年と深緑の配達員 二十分ほど私は異形や男たちに警戒しながら歩き続けた。短い時間のはずなのに、精神的負担が大きいのかひどく疲れてきた。空もだんだんと暗くなっていっている。早く大通りに出て家に帰らないと、異形が増えていく。
     今まで歩いていただけでも、ちらほら異形の姿を見た。幸い、私を追っている角ありの異形ではなかったけれど、油断は禁物。いつ襲い掛かってくるかわかったものではない。
     壁にもたれかかって地面に座り込む。周りはやや背の高い建物が立ち並び、人気はない。丁度西日が入って地面は今オレンジ色に染まっていた。
    「はぁ……」
     何度目かのため息をつく。今日はことごとくついていない。路地裏に入ったのは自業自得だったとしても、それ以外は運がなかったとしか言いようがない。
    「表通り、どこからなら出れるのかな……」
     高校生にもなって迷子になるとは思わなかった。この町はそんなに広くはなかったはずではあるが、周りの景色がほぼ変わらないせいでどこに行けば出られるか皆目見当もつかない。
    「とにかく歩くか……」
     膝を抱えて文句言っているより、まだ動いていた方がマシだろう。それに、私はなぜか男たちと異形に追われている。人通りの多い表通りにさえ出れば、少なくとも男たちはしばらく追ってこないはずだ。
     焦る気持ちを抑えて、私は駆け出した。もう数十分も経てばが落ちて辺りは真っ暗になる。街灯があったとしても、人通りのない路地裏で一人駆け回るなんて絶対に無理だ。
     ――早く……早くここから出ないと。
     焦燥感に突き動かされるように駆ける。さっきのように全力ではなく、一定のペースを保ってただ走る。追われているという自覚があったけれど、周りを警戒するより、私はいかに早く表通りにつながる道をどうやって見つけるかを考えていた。
    「!?」
     だから、道の曲がり角から急に飛び出した小さな影を避けることができなかった。
     小さな影も、それなりの速度があったため急に止まることができず、私達はそのままぶつかった。
     鈍い痛み、すぐ後にしりもちをつく。
    「いたた……」
     腰あたりをさすりながら、激突してきた小さな影を見た。
     小さな影は白髪の少年だった。年齢は小学生低学年くらい。大きくクリっとした目に、天然パーマのはいった少し長めの髪が印象的だ。
     少年はぶつかった直後、私と同じくしりもちをついていたが、私と視線が合うとすぐに立ち上がり、心配そうにこちらを見た。
    「あ、えと……君、大丈夫?」
     そう声をかけると少年は大きな目を見開き、一瞬驚いたような表情をしたあと、にぱっと笑顔になった。大丈夫と伝えたいのだろうか。
     確かに見たところケガはなさそうだし、問題はなさそうだ。
     私は一度立ち上がって少年に数歩近づき、彼と視線を合わせるためにしゃがんだ。
    「その、ぶつかってごめんね。急いでるから、これで」
     小さな子供を一人、この裏路地に置いていくのはまずいかと一瞬思ったけれど、正直自分自身のことで精いっぱいだ。
     ひとまず、謝罪だけして早く表通りを探さないと。
     私は少年に対して怖がらせないように作り笑顔をしたあと、立ち上がって歩き始めた。
     その時だった。
    「いたぞ!」
     野太い叫び声が後ろから聞こえた。
     私はすぐ後ろを振り返る。そこには脳裏によぎった今出会いたくない人間が立っていた。
    「ヒッ……」
     私は後ろに数歩歩いて、少しでも距離を取ろうとするがうまく体が動かない。
     ――早く逃げないと!
    「追え! 逃がすな!」
     男の一人がそう号令をかけると、複数人こちらに向かって走ってきた。私は震える体を何とか抑えて駆けだそうとするが、向かう先にも男たちが壁のように立ちはだかる。
     どうしよう、逃げ道がもうない。
     走ろうとした場所にも、来た道も全部囲まれている。
     何か方法がないかと周りを見回していると、先ほどぶつかった少年を捉えた。
     彼も私のせいで、男たちが敷いた包囲網の中にいる。
     ――ごめんなさい。
     謝っても仕方ないことではあるけれど、内心謝らざるを得なかった。こんなに小さい子を守れずに、私は何をやっているんだろう。
    「おい、道をふさぐな。通れないだろ」
     唐突に響いた知らない声が男たちを立ち止まらせた。
     声の聞こえた方を見ると、深緑色の作業着にキャップを目深にかぶった人がいた。その人は小脇に段ボールを抱えている。見たところ配達員の人だろうか?
    「配達の仕事があるから、この先通りたいんだが? 通っていいか?」
     男性にしてはやや高く、女性にしてはやや低い中性的な声が壁役の男に向けられた。あまりにも突然のことだったので数秒間時が止まったかのようにそこにいる全員は動かなかったが
    「はぁ? 何言ってるんだお前。別の道を通ればいいだろ。今取り込み中だ。見てわからねぇのか?」
     と壁役の男は言った。
    それを聞いた配達員はぐるりと周囲を見る。私はその場を動かず、ただ瞬きをしてその場に立っていることしかできなかった。
    「取込み中? 見たところ寄ってたかって女子高校生を追い詰めることがか? そんな悪趣味なことをしている暇があるなら、まっとうに働けよ。そもそも、未成年の子供を追い詰めるのにこの人数いるのかも疑問だが」
     そこまで言ったとき、一人の男が配達員に向かって殴りかかった。だが、その拳は当たることなかった。配達員はしゃがみ、拳を避けていたからだ。
    「危ないな、そう怒るなよ。事実を言っただけだろ」
     配達員は立ち上がり、感情のない声でそう言う。
    「おちょくってんのかてめぇ!」
     男は激昂し今度は下から上にかけて拳を振り上げた。いわゆるアッパーというものだろう。しかし、配達員は段ボールを小脇に抱えたまま数歩動いて再び拳を避け、男の腹部を蹴った。
    「てめ!」
     それを見た他の男たちは配達員に向かって殴りかかりにいく。しかし、配達員はのらりくらりと拳を避け、蹴り技だけで男たちを制圧した。
    「で……? まだやるのか? ワタシは配達の仕事があるからできれば早めに行きたいんだが?」
     終始変わらない態度で配達員は包囲網の壁として立っている男と、指示を出している男に対して視線を送る。
    「チッ、いけ! お前ら! やっちまっても構わん!」
     その号令と共に男たちはそれぞれ警棒やナイフを取り出した。
     血の気が引く光景だ。当然ではあるが、命のやり取りなんて今まで経験ない。どうするのだろうと配達員に視線を向けると、彼はこちらに向かって近づき
    「悪いがこの荷物預かって壁側に下がっててくれ」
     と持っていた荷物を差し出した。
     半ば無意識で受け取り、言われた通り壁側に下がると男たちはいっせいに配達員に向かって襲い掛かる。各々ナイフや警棒をもって襲い掛かってきだ。たとえあの配達員が強くても多勢に無勢、苦戦は強いられるはず。
     咄嗟に目をつぶってみないようにするが、聞こえたのは鈍い音と男たちの断末魔だった。
     恐る恐る薄目を開けてみてみると、配達員が複数人の男相手に攻撃をさばいてどんどん制圧している姿だった。
    「この!」
     一人の男が警棒を、もう一人の男がナイフを持って振りかざし、挟み撃ちの形で配達員に襲い掛かるが、彼は涼しい顔でナイフを持った男の足を蹴って体勢を崩させ、男の手から落ちたナイフを拾って、警棒の攻撃を受けた。
     警棒の男は一度引いて、もう一度攻撃を加えようと一歩踏み込むが、配達員は一気に間合いを詰めて、男の首元にナイフを押し当てる。
    「何度も言わせるな。ワタシはまだ仕事がある。こんなことに付き合ってる暇はないんだが? まだやるっていうなら、もう少し痛い目見るか?」
     配達員は少し低い声でそう言う。
    「チッ、一度引くぞ!」
     一人の男が号令をかけると、ほかの男たちはよろよろと立ち上がってその場を去った。

     ◇

     数分、茫然としていたが
    「おい、アンタ」
     と、配達員に声を掛けられはっと正気に戻る。
    「あ、えぇっと、はい、どう……しましたか?」
     帽子を目深にかぶっているせいで相手の表情は見えない上に、頭一つ分自分より相手が身長高いので少し怖い。
    「すまなかったな、小型の荷物とはいえ重かっただろ」
    「へ?」
     間抜けな声を出した後、持っていた荷物が急にずしっと重くなったように感じた。
    「あ!」
     バランスを崩し、荷物を落とす寸前で配達員が段ボールの上の方を両手で瞬時につかんだおかげで落とさずに済んだ。
    「大丈夫か?」
    「す、すみません。大事な荷物を……」
    「いや、いい。落としたとしてもそう簡単に壊れない奴だから気にするな。ところでアンタ、こんなところでなにやってたんだ? 見たところ、追われていたみたいだ……」
     言葉はそこで途切れ、ドンッという鈍い音が聞こえた。直後目の前にいた配達員は横へ倒れる。先ほどの男たちが何か攻撃したのかと最悪な考えが脳裏によぎったとき
    「ヒスイ! いた!」
     という幼い声がすぐそばで聞こえた。倒れた配達員を見てみると、先ほど一緒にいた少年が満面の笑みでしがみついていた。
     よろよろと配達員が上体を起こして少年を見ると
    「ミド? なんでお前こんなとこに?」
     と少し困惑した声色でつぶやいた。
    「ヒスイ、おいていった」
    「置いて行ってない。仕事に行ってくるってちゃんとメモ書きで伝えただろ。あとお前は毎度毎度ワタシを見つけたら突進してくる癖を直せ。一歩間違えれば大けがするだろうが」
     配達員は少年を持ち上げてどかし、立ち上がる。
    「あーあ……荷物落ちたし……中身は、まぁ無事だろ」
     彼は段ボールを持ち上げて、再び小脇に抱えた。
    「アンタがコイツ拾ったのか?」
     ミドと呼ばれた少年を指しながら少し面倒くさそうに配達員は言った。
    「ええっと、道の角でぶつかってしまって……」
     どういった関係かは知らないけれど、親子……にしてはあまり似ていない気がする。親戚の子? 年の離れた兄弟? いずれにせよ、かなり親しい仲に見える。
    「道の角でぶつかった? そういえば聞きそびれてたが、あの連中はなんだったんだ? 通行の邪魔だったから、つい流れで手を出してしまったが」
    「それが、私にもわからなくて……」
     視線を落として、絞り出すように私はそう言った。
     これは嘘だ。何なら男たちも言っていた。
     彼らが追っていたのは、私が異形を見ることができるから。しかし、これは今初めて会ったばかりの人に打ち明ける内容ではない。
    「……そうか、災難だったな」
     少しの間のあとにきた淡白な返答。踏み込んではいけないと察知したのか、それとも単純に興味がなかったのか。どちらにしても助かった。根掘り葉掘り聞かれるよりはるかに気が楽だ。
    「今回はワタシが通りかかったからよかったが、基本的にこの通りはなるべく近寄らない方がいいぞ。人通りが少ないから表通りより治安が悪いし、運が悪ければさっきの連中みたいに面倒な奴もいる。自分を守るためにも、ここにはなるべく来ないことを勧める」
     配達員と一瞬だけ目が合う。帽子を目深にかぶっているせいで、彼の目が鋭く見える。しかし、過去に見た親戚たちの嫌な目とは違う。
     親戚たちの目は粘着質で不快感があるような目だった。こちらを探り、値踏みをしているが、それを隠すように取り繕っている目。
     しかし、眼前にいる配達員はまっすぐ私を見ている感じだった。取り繕うこともなく、こちらを値踏みすることもない。物珍しそうにも、不気味がることもない、嘘偽りのない瞳。だけれど、どこか空虚さを感じる瞳でもある。
    「ココノ、さがしてた。かえろ?」
     唐突に少年が配達員の服の裾を引っ張ってそういった。
    「あぁ、それを聞いて余計に帰るのが嫌になったよ」
     配達員はうんざりした様子でそう返し、少年に視線を合わせるようにしゃがんだ。
    「大体、なんで路地裏にいたんだ? 髪色目立って変な奴に絡まれるからあまり通るなって言っただろ」
    「ここにいるっておもった」
    「よし、とりあえずお前が何も考えていないことはよくわかった」
     深いため息をつきながら、配達員は立ち上がる。
     少年は何もわからないというような感じで首をかしげていた。
     思えば、この子も髪色がこの地域の人間とはかけ離れた色をしている。もともとそういう色なのか、それとも後から染めたのか? どちらにせよ、この町に住むのであれば嫌でも人の目を引くだろう。配達員も目立つから出歩くなと言っていた以上、過去にそれでトラブルがあったとしてもおかしい話ではない。実際、目の色が違うというだけでのトラブルは過去に何度もあった。そういう意味ではあの少年に親近感がわく。
     配達員がそばにいるのは、保護者として彼を守るため? 私の場合だと、両親のような存在に近いかもしれない。なんやかんや言っても、配達員は少年のことを心底嫌っているようには見えないし、何より少年があんなに配達員に懐いているのであれば、普段からの扱いが酷いとは思えない。

     ーーソラ、帰ろう?
     ――うん! お母さん、晩ごはんってなに?
     ――そうね……ソラは何が食べたい?
     ――えー? そうだなぁ、じゃあハンバーグがいい!
     ――わかったわ、ちゃんとニンジンも食べなきゃだめだからね?
     ――はーい!

    「おかあ……さん?」
     突然聞こえた母の声に私は一瞬動揺する。しかしそれが幻聴だとわかり、意識が現実に戻る。その時、なぜか視界が歪んでいた。
    「おい、大丈夫か? 目にゴミでも入ったのか?」
     配達員がそういったとき、初めて自分が泣いているということに気づいた。
    「あ! そ、そうなんです。ごめんなさい、すぐ引っ込むので!」
     苦笑いしながら制服の袖で涙をぬぐった。
     一体どうしたんだろう。最近人前で泣くなんてことなかったはずなのに。
     配達員と少年を見て、昔を思い出してしまったのかもしれない。まだ自分がどう言われているか知らなかった頃の自分を。
     感傷に浸るのはよくない。早く表通りに行って家に帰らないと。
    「ところでアンタ。この辺に用事がないなら早々に帰った方がいい。さっきの奴らみたいなのに絡まれたくないだろ。表通りまでの道、わかるか?」
    「ええっと……その」
     言葉に詰まる。
     彼の質問に対して正直に返すなら、わからないが正解だ。だけど、この人を本当に信用していいか迷っている自分がいる。
     助けてくれたのに、どうして素直になれないんだろう。どうしてこんなに疑い深くなってるんだろう。
    「まぁ、さっきの面倒な奴らもうろついてるかもしれないし、表通りまで案内する。そこからなら帰り道わかるか?」
     言い出せずにいたのを読み取ってくれたのか、彼はそう言った。
    「は、はい。ありがとう……ございます」
     そう返答すると配達員は踵を返して、私が来た道を歩き始めた。ぼーっとそれを見ていると、少年が私の手をつかみ引っ張り始める。
    「あ、ちょっと!」
     バランスを崩しそうになるが、何とか踏みとどまり、少年の歩幅に合わせて歩きだす。
     少年はこちらを振り向き、またにぱっと笑う。私を安心づけるために笑ってくれているのかもしれない。
     私が微笑み返すと彼は正面を向いて歩き続ける。無意識に私が不安だということに気づいたから笑いかけてくれたのかもしれない。

     ◇

     路地裏を歩き続けて五分くらい経った。配達員は振り返らずに無言で荷物を小脇に抱えて歩き続け、私は少年に手を引かれながらその後ろを歩いていた。
     重苦しい雰囲気というわけではないけれど、気まずい……。でも、何か話題を提供できるほどの話術は持っていない。
     悶々と考えていると視界の端に異形の姿が見えた。
     一瞬体が硬直する、目が合った途端こっちに来る。しかし、こっちが目をそらす前に異形と目が合ってしまった。
     ――しまった……。
     また朝のように追いかけられて、この人たちにも迷惑をかけてしまう。
     脳裏に思い描いた最悪な出来事が今現実になると、恐怖を押し殺していると異形は消えていった。
    「あれ……?」
     想像していたのとは全く違う結果になってつい声に出してしまった。
    「何かあったのか?」
     前に歩いていた配達員が軽く振り返って声をかける。
    「あ、いえ。野良猫が通ったのでつい。ごめんなさい、なんでもないです」
     定型文のようにそう返すと
    「そうか」
     と言って再び前をむく。
     近くにいた少年も頭をかしげて不思議そうにしていた。
    「本当になんでもないよ」
     なるべく笑顔でそういうと、少年は笑顔でうなずき何事もなく前を向いて歩く。
     内心ほっとして、先ほどのことを少し振り返った。
     さっきの異形の行動は今までで初めて見た。どうして追いかけてこなかったのだろう。
     普段であれば目が合った途端、話しかけるか追いかけるかのどちらかは必ずしていた。今日の朝だってそのせいでひどい目にあった。
     だけど、先ほどの異形は違う。目が合った時は私が相手のことを見えるかどうか確かめるかのように近づいてきていたけれど、途中で何かに気づいて逃げるように姿を消した。
     異形にとって、怖いものが近くにあったのだろうか?
     例えば、今目の前を歩いている配達員や手を引いてくれている少年だとか?
     ――まさかね
     思考を振り払って、私は仮説を一度否定する。
     異形が襲ってこなかったのは偶然。それ以上でもそれ以下でもない。
     そう言い聞かせて、彼らのあとについていっていると人通りの多い通りへ出た。
     裏路地を抜け、表通りに出たのだ。時間も日が落ちたので制服姿はほぼなく、仕事疲れの社会人が帰路へ向かっている姿が多く見える。
    「ここまで出れば、帰れるか?」
     配達員は立ち止まって振り返ると、無表情にそう言った。
    「はい、大丈夫です。送ってくれてありがとうございました」
     何とか言葉が詰まらないように気を付けながら私がそう返事をすると、少年は手を放して配達員の近くへ行く。
    「何回も言っているかもしれないが、路地裏はあんまり近づくなよ。今回みたいに運よく助かるなんてこと、そうそうない。面倒ごとに巻き込まれてこの先の人生台無しにしたくないだろ」
    「はい……」
     配達員は無機質な声でそう言った。注意してくれているのは心配してくれているからではあるけれど、やっぱり素直にその言葉が受け取れない。それが申し訳ない。
    「じゃ、説教くさくなるのは嫌だし、この辺で。ワタシもまだ仕事が残ってるし」
     配達員はかぶっている帽子のつばを軽く持ってため息をつく。
    「ヒスイ、まだ仕事?」
     近くにいた少年は無垢な声でそう言った。
    「ココノと出くわす前に早めに切り上げないと後が面倒だし。後のことは考えたくないな」
    「ココノ、呼ぶ?」
    「呼ぶな。頼むから」
     彼はそう言いながら来た道を戻り始めた。
    「また会う機会があるかわからないが、今度はこういう形じゃない出会いだとありがたい」
     配達員はそう言って軽く手をあげると、路地裏へ速足で歩いて行った。
     少年はそれを見て慌てて追いかける。しかし、途中で立ち止まってこっちへ手を大きく振り、再び配達員の後を追った。
    「私も帰らなきゃ」
     そういって表通りへ数歩進んだとき、妙な胸騒ぎがして路地裏へ視線を向けるとそこにはもう二人の姿はなかった。
     いくら早歩きでも、こんなに早く姿が見えなくなるなんてあるだろうか?
     首をかしげるが、きっと見えない位置に曲がり角があってそこを通ったのだろうと自分で納得させた。何より、彼らは私を助けてくれたのだ。これ以上疑っては彼らに対して失礼に当たる。
     私は表通りを早歩きで進み、人の波に従ってそのまま家へ帰った。
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