刑事パロ(クロスオーバー作品)〈特異六課〉
それは警察における組織図の端に存在するもので、主に凶悪事件を取り扱う特別な存在。
構成されているメンバーは少数精鋭。各々個性がある優秀な人物で協力し、事件を解決へ導くために奔走する。
……なんてことは肩書だけだ。
ワタシからしてみれば、それは組織で動くのに不要あるいは不都合なものであるかつ、もみ消すには面倒な危険因子を追いやるための詭弁だ。
〈凶悪事件を取り扱う特別な存在〉なんて言えば聞こえはいいが、それは裏を返せば〈基本的に面倒ごとはお前たちに押し付ける〉と言っているようなもの。
組織の上はメンツを気にする。だから基本的に速攻でクビにされるということはないが、その分いろいろと動きにくくなる。
――心底うんざりする。
ワタシは廊下を歩きながら小さくため息をついた。
「おはよー!」
憂鬱な気分の中、背後から大きな声が聞こえた。
自分じゃないと一瞬思ったが、この廊下にはワタシ以外の人間はいない。それに、ワタシはこの声の主が誰か知っていた。
「あれぇ、聞こえてないかな? おっはよー!」
そういいながら背後から走ってくるような足音が聞こえた。
――なんでアイツは毎朝元気なんだよ……。
「セン、言いたいことは二つだ。一つは廊下を走るな。そしてもう一つ」
そこで言葉を切ると、ワタシはさっと右に移動し、それと同時に左足を後ろに払うように動かした。
すると、勢いよく何かがワタシの足に引っ掛かり、前のめりにこけかけた。しかし、そのまま片手を床につけて側転の要領で着地する。
「そのガタイでワタシに突っ込んでくるな。ケガをしたらどうする?」
「なんだぁ、聞こえてるじゃん。挨拶は大事って課長も言ってたでしょ?」
声の主、〈セン〉はそういいながら立ち上がって笑った。
癖があり、メッシュがかかった短髪、左目の下には二つほくろがあり、Tシャツにパーカー、ズボンにスニーカーといった全体的にラフな印象を受ける服装をしている。
身長は173センチあるワタシよりも頭一つ分大きく、目を合わせて話すとなると首が辛くなる身長差だ。
「じゃあ三つだな。おはよう。そしてその挨拶方式は今後やめろ、心臓に悪い」
「おはよー。大体、ヒスイがケガをするわけないよぉ。心配しすぎだよぉ」
「周りを見ろと言っている。大体、課長はともかく……後輩の奴らがいたら面倒……いや、これに関しては後でいい。とっとと出勤の処理をしないとまた変に突っかかられるからな」
ワタシはそういいながら歩き始めた。
「あ、そういえばさぁ、ヒスイ。今日の昼どこに行くか決めてるのぉ?」
切り替えるように彼は後ろからついてきて話しかけた。
センとは職場は同じ。そのため行く方向も同じだ。
「いや、決めていないが……まぁ、適当に済ませるつもりだ」
「あ、じゃあさ、昼一緒に行こうよぉ。最近結構よさそうなラーメン屋ができててさ
ぁ」
「時間が空いてたらな」
そうやりとりしながら廊下を進む。
すると五分もしないうちに〈特異六課〉と書かれたドアが見えた。
ワタシはドアノブをひねり、部屋の中に入る。
部屋は複数のオフィス用の机と椅子があり、それぞれ机には書類やペンなどといったもので散乱しているものや、何も置かれていないものもある。
奥には課長室と書かれたドアがあり、壁はガラスで中の様子が見えるようになっていた。
部屋にはすでに何人か人がおり、それぞれ自分の席に座って作業をしている。といっても、まともに仕事をしている奴なんていないと思うが。
「おはよう」
「おはようございますぅ!」
ワタシとセンは部屋に入ると同時にそう挨拶し、自分の席へ向かう。だが、その途中で
「ヒスイさん、センさん。ちょっといいですか?」
と声をかけられた。明らかに不機嫌そうな声。若く、落ち着いているがどことなく怒りが滲んだようにも聞こえる。
声の方向を見ると、一人の男がこちらを睨んでいた。彼は髪色が明るい茶色をしており、左右の目の色が違う整った顔立ちをしていた。服装はスーツを着てネクタイを絞めており、全体的にきっちりと着こなしている。手には複数枚の書類を持っていることから、これから言われることは大体予想ができた。
「どうした? 綿糸(キンシ)。朝から険しい顔だな」
「勘がいいヒスイさんなら……今から僕が話す内容は大体察しているのでは?」
「そうか? 案外的外れなことを考えているかもしれないぞ?」
「じゃあはっきり言っておきましょうか」
そういうと彼は持っていた書類をワタシに押し付けるように渡す。
無言で受け取り、書類の内容に目を通すと予想通りの内容が書かれていた。
「何ぃ? 何が書かれてるの? それ」
「ワタシ達がぶっ壊した物品の詳細と被害額だ」
センは興味ありげに首をかしげていた。彼に書類を渡すとぱらぱらと開いて読み始める。
「よくもまぁ、ここまで細かく書かれてるねぇ。あ、これ最近の奴じゃん」
センは間延びしてそう言ったからか、ワタシの態度に気に入らなかったのか、あるいはそのどちらかの理由でキンシは怒りを爆発させた。
「先輩二人のせいで! どれだけ特異六課が苦労しているかわかりますか⁉ センさんは以前に暴走車を止めるためだけにパトカー一台駄目にしましたし! ヒスイさんは凶悪犯を捕らえるためとはいえ、トランシーバーを投げて破損させましたよね⁉」
「あー……」
「そんなこともあったねぇ」
「本当に自覚あるんですか‼ いくら先輩方が結果を出したとしても! 損害が大きければ意味がないんですよ⁉」
――これは長くなりそうだな……。
ワタシはそう直感し、センの方を見るとニコニコとした笑みを浮かべていた。
あの表情は聞き流しているときによく見せるものだ。
その間もキンシはこちらに対して怒っているも、感情的になっているからかおそらく注意力は少々おざなりになっているはずだ。
「しれっと課長室に逃げるか」
小声でそういうと
「おけい」
と短く返し、センは持っていた時計を外して手元が見えないように私達が入ってきたドアの方向へ投げた。
時計は音を立てて落下し、一瞬だけキンシの注意が入口の方へ向く。
その隙にワタシとセンは素早く課長室へ向かった。
「ってちょっと! 話聞いてるのか問題児‼」
背後から怒号が聞こえるも無視して課長室のドアを開けて素早く閉めた。
◆
課長室はさっきのオフィスとは違い、広い空間の中に一つだけデスクがあるといった感じだった。
デスクの上には書類やファイルが山積みになっており、その書類の山で突っ伏した状態で黒い長髪の人物が気絶していた。
「「……」」
思わず無言でセンと顔を見合わせる。
「どうする? ヒスイ。気絶してるっぽい」
「まいったな……口うるさいキンシをなだめてもらおうと思ってたが……この調子だと無理そうだな……」
ワタシはそういいながらデスクに近づき、置かれている書類の一部を手に取った。
書かれている内容は過去に起きた事件について。どれもが凶悪犯罪の未解決事件でびっしりと詳細が書かれていた。
「勝手に見ていいのぉ? これ」
「見ようと思って見たわけじゃない。たまたま目に入っただけだ」
ワタシがそう返すと
「なるほどぉ? たまたま目に入った、いいね。じゃあ俺もこっちを見よーっと」
と嬉々とした声でセンが返した。
彼はおかれているファイルを一部手にしてぱらぱらとめくる。
「おぉー、すごいこれ。過去の犯罪者リストだぁ。揃いも揃ってすごい内容だなぁ」
凶悪犯罪の未解決事件に犯罪者リスト。
これがデスクの上に大量に置かれているということは、課長は何か調べ物をしていた可能性が高い。
だが、これだけではどの情報を調べていたかという肝心な部分がわからない。書類を見た限り、それらしい書き込みはない。
「あれ? もしかして面白そうなこと考えてるぅ?」
「面白いか面白くないかという尺度で考えるな」
「そうは言っても、ヒスイの考えることや行動って結構ぶっ飛んでて面白いこと多いからさぁ? ついね?」
「ワタシは無駄を省いて行動しているに過ぎない。別段おかしいこともないだろ。ただ、その方法の多くがルールに合わないだけだ」
ワタシは書類を読み終えてデスクにある別の書類を読もうと探しているとき、ふと手帳のようなものが目に入った。だが、手帳は一部課長の下敷きになっているため、取るのはいささか工夫がいる。
「セン、あの手帳を読みたいんだが……アンタならどうやってとる?」
「おぉ? どれどれ?」
ワタシは指をさす。
するとセンは首をひねり唸った。
「うーん、普段ならこう……引きはがしたりするけど、流石に課長にそれをやるのもなぁ……あ、一つ、方法あるかも?」
そういうとセンはポケットの中から音楽プレイヤーとイヤホンを取り出した。
「……それを使ってどうするんだ?」
「まぁまぁ、百聞は一見にしかずだよぉ? タイミング見て取ってねー」
彼は笑顔でそう返すと課長の後ろに回り、イヤホンを課長に着けて音楽プレイヤーを操作した。
「ヒスイ、そこの前に立って。チャンスは一瞬だからねぇ」
「あぁ、なるほど。わかった」
ワタシはセンのやろうとしていることを理解し、言われた通りにする。
手帳からの距離が一番近い位置、丁度課長の正面の位置に立った。
「いくよぉ」
センはそういうとカチッと音楽プレイヤーのボタンを押した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼ なになになになに‼‼」
直後、絶叫と共に課長、キセキが飛び起きる。
彼の風貌はシンプルな黒のスーツにネクタイといった服装だ。しかし、片目は眼帯をしており、その理由を聞いても彼は頑なに話してくれなかった。
興味はあるが、別段話さないのであれば知る必要がないこと。彼が話す気になるか、偶然その真相を知るまでワタシはその情報を知る気はない。
「鼓膜がイカれる‼‼ 何‼ 災害か‼」
いまだに動揺している課長はそういいながら頭を振り、やや呆然としていた。
そのタイミングで下敷きになっていた手帳を素早くかすめ取った。センの作戦はうまくいったようだ。
ワタシはすぐに手帳を開き、パラパラと読み始める。
――……結構呼び出しくらってるな、この人。
「おはよーキセキ。今日も元気そうだねぇ」
「何事かと思ったらお前か‼ セン‼ いたずらも大概にしろよ‼」
「いたずらなんて人聞きの悪い。キセキが寝てたから起こしただけだよぉ?」
「起こし方を考えろって言ってるんだ! 鼓膜がイカれるかと……あれ? そういえばヒスイはどうした?」
二人の会話が途切れたと思い、妙に思って視線を上げるとキセキがこっちを見て凝視をしていた。
「ん? あぁ、おはようキセキ。今日もよろしく頼む。ところで、この手帳の最後の方なんだが……」
「人の物を勝手に見るんじゃない‼‼」
「待て、もう少しで読み終わる」
そう返しながら必要なページを読み終え、ぱたんと手帳を閉じてデスクに置いた。
「よし、読み終えた。ありがとう、今後の参考にするとしよう」
そう返すとキセキはがっくりと肩を落とし、
「なぁ、聞くけど……俺ってお前らの先輩かつ上司だよな?」
と呟くように言った。
「あぁ、そうだな」
ワタシは頷きながら返す。
「で、俺はこの〈特異六課〉の責任者であり、お前たちの総まとめ役でもあるよな?」
「そうだねぇ」
センもにこりと笑ってそう返した。
「じゃあなんでお前らは‼ 尊敬のその字もない行動ばかりするんだよ‼」
キセキはそういいながら激昂する。
「尊敬はしているぞ? ただ、ワタシはそれが行動に出ないか……あるいはアンタがその行動を見落としているかのどちらかというだけで」
「そういうのは伝わっていなかったら意味ないんだぞ? ヒスイ。というか‼ 人様の物を盗っちゃいけませんって初等教育でやっただろ‼ その手癖の悪さはどうにかならないのか‼」
「見える位置に置いていたかつ、アンタの私物っぽかったからな。別にいいかと思ってな」
そう返すとキセキはデスク前に置いている椅子に座り込み、頭を抱えた。
「俺の指導が間違っていたっていうのか……? いや、でもここは先輩としてちゃんと言わないといけない……でも、ああいえばこういうでわかってくれない。どうすればいいっていうんだ……」
キセキはそう一人反省会を始めた。こうなるとこの人は長い。
「あーあ、ヒスイがキセキを追い詰めちゃったぁ。悪いなぁ」
センはキセキの後ろからワタシの隣へ移動してそういう。
確かに必要な情報が欲しかったとはいえ、少々言い過ぎたのかもしれない。
「そうか、それは悪かったな」
ワタシがそう謝ると
「ごめんですめば警察はいらん‼」
と激昂された。
「職がなくなるのは困るな」
「そういう問題じゃないと思うよぉ? ヒスイ」
「違ったか?」
そう返すとセンは噴き出したかのように笑う。
――そんなに笑うことか?
困惑していると、センは
「課長室に入った理由はキセキにちょっかいかけるためじゃないよぉ?」
と切り出した。
「本当だろうな?」
一人反省会を始めてしまったキセキは頭を抱えた状態のままそういった。
「あぁ、頼み事があってだな。これはアンタにしか頼めないことだ」
そういうとキセキははっと立ち上がり、真剣な表情になった。
「何か……あったのか?」
「まぁ、大したことじゃないよぉ。ただどうしても俺たちには手に負えなくてねぇ?」
「手に負えない……?」
センが言ったことに対し、キセキは首をひねって考えるしぐさをする。
「キンシを怒らせてしまってな。課長室に入ったのは避難のためだ」
「え?」
説明を始めると、キセキは困惑したかのようにそう声を漏らせた。しかし、ワタシは話を続ける。
「今この場所を出るとたぶん、キンシからさらに文句を言われる可能性が高い。そうなるとワタシとセンは仕事ができないし、キンシの時間も無駄になってしまう。そこでアンタにキンシの説得を頼みたい」
「えぇ?」
説明をしたあとも困惑した表情だった。
――説明が下手だっただろうか?
しかし、今話したことが全てだ。追加で言うこともない。
「ええとつまり……お前ら二人に対してキンシは怒ってて、それをなだめるために俺が説得しろってことか?」
「そうだな」「そうだねぇ」
「俺は小学校の担任じゃないんだぞ……? 俺にしか頼めないことか……? それが」
また頭を抱え出したのを見て、センは機転を利かせて
「頼めないことだよぉ? 仕事が円滑に進むようにするのも上司の役目でしょ?」
といった。
「……なだめにはいくがちゃんと後でキンシに謝れよ? 毎度のごとくお前たちは後輩を怒らせて……」
キセキは文句ありげにそう呟きながら早足で課長室を出る。
「で、大体目途が立ったんでしょ? これからどうするの?」
彼が出たタイミングでセンがそう話しかけた。
「どうしてそう思う?」
「キセキの手帳を読んだ後、タイミングを見てしれっと必要そうな情報抜いてたでしょ? 君なら見て覚えるだけで済むから証拠は残らない」
センを見ると彼はこっちを見て笑っていた。
だがその笑顔はさっきまで見た笑みとは違い、何か根底を見抜くような。あるいは、どことなく圧を感じるような鋭い目をしていた。
「言ったはずだぞ? たまたま目に入っただけだ」
「へぇ? そっかぁ。でも」
センはそこで言葉を区切る。
そして表情を一変させ、急に真顔になった。
「抜け駆けはなしだぞ?」
普段のような間延びをしたものではない。低く、重い言葉。
ワタシはそんな彼に対し、ふっと笑い
「そんなに威嚇するな。怖くて手元が狂ったらどうする?」
と返した。
すると一瞬でセンは今までの表情へ戻し
「あぁ、ごめんねぇ」
と普段通りになる。
「まぁ、善処はするよ、善処はな。キンシが落ち着いたら動くとしよう」