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    メノウユキ

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    メノウユキ

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    明日から二話一気に投稿します(見直しが間に合えば)

    四話 不幸は突然に「ただいま」
     玄関のドアを開けると同時に真っ暗な家へそう挨拶した。
     挨拶は昔からの癖だ。おかえりといってくれる存在はいないとわかっていても、帰ってきたらかならず「ただいま」という。
     特別な意味はない。ただ、自分の中にある負の感情を少しでも外に出したいからそうしているのかもしれない。
     理屈をつけたって、結局やっている行動の意味はないから考えたってかわらないだろうけれど。
    「はぁ……食欲ないな……」
     玄関をあがってリビングへ向かう。冷蔵庫の中に何か残っていただろうか。
     カバンをリビングにある椅子において、冷蔵庫を開ける。中身はほぼ空っぽに等しいくらいの量しか入っていなかった。最近買い物をサボっていたからだろう。
    「……今日もいいか」
     ぱたんと冷蔵庫を閉じ、カバンを持って自室へ向かった。

     ◇
    「疲れたなぁ」
     自室のベッドの上に突っ伏してそう呟いてみる。
     特に意味はない。今日は確かにいろいろとあって体力的にも精神的にも疲れているけれど、疲れたから言ったというよりは、自室の沈黙に耐え切れずに漏れ出したというものに近い。
     朝から災難だった。どうして自分がこんな目にあっているのかもわかっていない。昔から運がいい方ではなかったけれど、これだけいろいろとあった日もなかなかない。
     朝から異形と目が合ったせいで追いかけられ、学校でも反応してしまったせいで周囲から不思議に思われた。挙句の果てには帰り道で知っている顔と出会うのが嫌だからという理由で路地裏に行ったせいで、変な男たちに絡まれる。
     最後の方は半分自業自得かもしれないけれど、だとしても運が悪い。
     そういえば、男たちはなぜ私をさらおうとしていたのだろう。あれは無差別に攫っていたわけではなく、私だとわかってて声をかけて襲おうとしていた。あの配達員の人がいなければ今頃どうなっていたかわからない。
     本来の私の目の色を知っている時点でどこからか私の個人情報が洩れているのは確かだけれど、心当たりが全くない。
     私は起き上がり、机の上にある鏡を見た後、両目に入れているカラーコンタクトをとる。
    「……お母さんと、お父さんはきれいって言ってくれたのにな……」
     鏡に映っている自分は苦笑いをしてそういった。
     両親以外にこの瞳をほめてくれた人はいなかった。
     気持ち悪い、他と違う、不気味。かけられる言葉はこの辺が多い。自分だって好きでこの色の瞳を持って生まれたわけではない。なのに、周囲の人たちはそれをわかってくれなかった。
     今思えば当然だとは思う。不気味と思うのは自分とあまりにも違うと感じたから。わかってくれなかったのは、その人自身が当事者じゃないから。他人の痛みをわかる聖人なんてこの世にはいない。いたとしても、他の人に消費されて終わるだけ。
    「やめやめ、こんな思考」
     頭を振って部屋にあったクローゼットを開き、制服をハンガーにかけてしまい、代わりに部屋着を出して身に着ける。
     最近は特にマイナス思考が多くなってきた。あきらめがついていたはずなのに、割り切ったと思っても引きずっていることが多いからだろう。
     相談できる存在がいないから、当然自分ひとりで抱え込むことになる。それがつらいから、思考がどんどん淀んでいくのかな。
    「せめて、相談できる友達とかほしかったな」
     ないものねだりなのはわかっている。自身が誰かに歩み寄り、話しかける能力があればこんな悩みも抱かなかったかもしれないけれど、こんな瞳を持っていると知れば誰もが気味悪いという。
     私は自分自身で精一杯なのだ。人を気にかけている余裕はない。その時点で友達が欲しいというのは傲慢だろう。
    「……お風呂入って寝よ」
     じっと考えるだけで嫌なことばかり脳裏に浮かぶ。こういう時は早くやることを済ませて寝た方がいい。
     私は今までの思考を振り払い、部屋を出た。

     ◇

     お風呂から上がり、自室へ戻って明日の準備をする。
    「はぁ……」
     また朝が来る。そう考えるだけで気持ちが重かった。朝は嫌いだ。いつも以上に嫌なことばかり連想する。
     窓の外をちらっと見ると、自分が住んでいる家と形が似ている家が立ち並んでいた。家には明かりはすでについておらず、町が眠っていると錯覚するほどしんとしていた。
     視線を下げると街灯が照らされている通りが見えた。通りの道には足丈まである黒コートを身に着けた人物が速足で歩いていた。フードを深くかぶっているため、顔は見えないがどこか目的があって移動しているらしい。
    「こんな時間にどこへ行くんだろ」
     時計を見ると日付が変わろうとしていた。仕事帰りにしては、荷物がなさすぎる。あんなに急いでどこへ行くんだろう?
    「まぁ、いいや。私には関係ないし」
     カーテンを閉めて布団に入る。
     今日はちゃんと寝られますように、 明日は異形たちを見ませんように。変わらぬ日々を送れますようにと願いながら私は目を閉じて眠りについた。

     ◇
     
     どれくらい眠っただろう。数分かもしれないし、数時間かもしれない。
     ズキッとした痛みを感じ、私は目が覚めてしまった。
    「今……何時……?」
     目覚まし時計を見ると、深夜の一時を過ぎたところだった。
     それにしても……頭が痛い……。
     睡眠不足ではないはずだ。いつも決まった時間に寝て、決まった時間に起きている。
     何かの病気……? それだとまずい。今私には保護者がいない。仮に病気で倒れれば最悪この家に住めなくなるかもしれない。
    「常備薬はどこだったかな……」
     ふらふらとした足取りで私は自室を後にした。
     頭を紐できつく縛り上げたような痛みがする。確か、一階のキッチンの近くにある戸棚に常備薬が入っていたはずだ。
     私は階段の電気をつけ、おぼつかない足取りで下に降りる。一歩踏みしめるごとにガンッ、ガンッと木槌で殴られているかのような痛みを感じた。
     明日の学校どうしよう……無理に学校に行っても、体調崩すと周りに迷惑がかかるし、かといって休んだりしたら後々言われるかもしれないし……。
     ぼーっとした頭でそう考えていると、不意に玄関が開くような音が聞こえた。その音を聞き、私は足を止めて息を潜める。
     最初は気のせいかと耳を疑ったが、
    「探せ、青い瞳のガキはここにいる」
     という声が聞こえ、誰かが家に不法侵入したという事実を突きつけられる。
     嫌な汗が額に浮かぶ。
     あの人たちは誰?
     どうして家の中に?
     わからないことはたくさんあったが、少なくとも自分が危機にさらされていると言うことは本能的にわかった。
     私は足音を立てないように、しかし早足で上の階に移動して電気を消し、こっそり自室に戻って部屋の鍵をかけた。
     部屋は暗く、何があるか薄っすら見える程度の明るさしかない。そんな中、私は部屋のドアにもたれかかって、震える体を必死に両手で押さえつける。
     見つかるのは時間の問題だろう。家に入ってきた人物が誰かはわからないが、少なくとも複数人なのは確かだ。「探せ」と指示をしていた以上、独り言なのは考えにくい。
     どうしよう……どうしようどうしよう……。
     落ち着かせようと自身に言い聞かせるが、体の震えは治まらない。部屋の鍵をかけたところで複数人男がいるのであれば、簡単に突破できるだろう。
     かといって部屋の中に隠れる場所なんてない。家具も必要最低限しか置いておらず、クローゼットの中に隠れたとしても開けられればおしまいだ。
    「なんで……? どうしてこんな目に……?」
     半泣きになりながら私はそう呟いた。
    「おい、上の階を探して来い。なるべく傷つけるなよ、商品としての質が落ちる」
     下の階からそう声が聞こえた。そんなに大きな声ではなかったが、深夜だからか、よく声が通るのだろう。
     男たちが来る。だが、なす術がない。部屋を見渡して必死に武器になるものを探す。すると、机の上のペン立てにあるカッターナイフが見えた。
     恐怖に飲まれないように必死に自分を落ち着かせながらカッターナイフをつかみ取ると、部屋のドアノブが動いた。
    「!?」
     心臓が飛び上がるほど驚き、叫び声をあげそうになるが片手で口を押さえ、声を飲み込む。
    「おい、鍵がかかってるぞ。怪しいな。蹴破るか?」
    「そんなことしたら周りにばれちまうだろ。合鍵があったはずだ。探して来い」
     扉の外でそういう会話が聞こえた。
     怖い。
     頭の中ではその言葉で埋め尽くされていた。日ごろから人ならざるものが見え、怖い思いはしていたが、知らない男たちに不法侵入されるなんてことは今までなかった。親戚から奇異な目で見られたとしても、直接的な被害のあることなんてなかった。
     どうして自分がこんな目にあっているか、わからない。何故今こんなことになっているのかわからない。
    「もう……嫌だ……」
     そう呟いたとき、景色が一変した。何故か体が引っ張られるような感覚と共に部屋が遠のいていく。
    「え……?」
     困惑の声をあげたときには、私は窓の外へと放り出されていた。内臓が浮いたような感覚がした後、重力に従って地面へと落ちていく。
     ぶつかる。
     私はそう思い、ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えた。
    「ガッ」
     しかし、想像よりも衝撃は軽く、奇跡的に私は無傷で済んだらしい。薄っすら目を開けると、何かがクッション材になって衝撃が軽くなったみたいだ。
     下を見るとそこには人が倒れていた。
     私は急いで立ち上がって、その場を離れる。街灯に照らされた人物は全く知らない男だった。手には鉄パイプを持っており、物々しい雰囲気を感じる。
    「ご、ごめんなさい……」
     小声でそう言って、私はその場を離れようと振り返った。
    「!?」
     私は目を疑った。きっとこれは悪夢だと叫びたかった。しかし、現実は非情だった。
    「いやだ……来ないで……」
     私の視線の先には、首から上がない少女の姿をした異形が幽霊のように浮遊していた。先ほど私を部屋から引っ張り出したのは、コイツだろう。
     じりじりと後ろに下がるが、相手もじわじわと近づいてくる。
     距離が一向に離れない。
    「いたぞ! 外だ」
     それと同時に男の声が家の玄関の方から聞こえた。男は仲間を呼び、こちらに近づいてくる。
    「なんでガキが外にいるかはわからねぇが、見つければこっちのものだ。捕まえろ」
     男の一人がそう指示出すと、他の男たちが大きい麻袋のようなものを持ってこちらに近づいてくる。
    「ににに、逃げ……なきゃ!」
     半ば狂乱になりながら、私は素足でその場から必死に走って逃げた。
    「逃がすな! 追え!」

     ◇

     足を止めたら死ぬ。振り返れば死ぬ。
     その恐怖心が私の心を占めていた。
     異形を見てここまで怖いと思ったことはなかった。今までも怖かったが、慣れたと錯覚していた。でも違った。
     だから逃げなきゃ。立ち止まったら……振り返ったら……。
     必死に、がむしゃらに走る。
     苦しい……でも、早く逃げないと。
     でも、どこに?
    「あ!」
     暗い道をがむしゃらに走っていたので、躓いて前に倒れる。
    「痛い……」
     裸足で走っていたせいで擦りむいたのかもしれない。だが、早く逃げなければ追い付かれてしまう。
    「でも、どこに逃げればいいの?」
     私はこの町に来たばかりで知り合いなんていない。いたとしても今の時間は深夜。大抵の人は寝ているはず。そんな非常識な時間に訪ねても怪訝な顔をされて追い払われるだけだ。
     頼れる相手はいない。だけど、朝まで走り続けるなんて無理だ。そんな体力ないし、何より精神がどうにかなってしまいそうだ。
    「あら? こんな夜更けにどうしたのですか?」
     女性の声が聞こえ、すぐに起き上がる。
    「大丈夫ですか?」
     前を向いてみると、街灯に照らされた一人の女性が心配そうにこちらを見て歩み寄っていた。長い髪を後ろにまとめ、浅黒い肌を持った女性。服装は白いシャツの上に黒いパーカーを羽織り、下は黒ズボンといったシンプルなものだ。
    彼女は首をかしげて
    「何かありましたか?」
     と言葉を重ねた。
    「あ、えっと、その」
     なんて説明をすればいいかわからず、言葉が詰まる。
     今の状況を話しても信じてもらえるかわからないし、何より話している時間も精神的な余裕もない。
     不意に近くで怒声が聞こえた。言葉は聞き取れなかったが、指示を出していた男の声に似ている。
    「いたぞ!」
     見つかってしまった。肩をびくりと震わせ、無意識に一歩踏み出す。
    「ひ、ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
     私は謝りながらその場を駆ける。
     目の前の女性を巻き込んでしまった。だけど、かばう力なんてない。謝ることしかできない。
     自身がなんでこんな状況におかれているかもわからない。
    「ごめんなさい……ごめんなさい……」
     視界が滲む。自分は無力だ。解決策が見つからないうえ、逃げることしかできない。後ろ盾がない私は誰も守ってくれる人がいない。

     ◇

    「はぁ……はぁ……」
     どれくらい走っただろうか。辺りが暗いのもあり、適当に走っていたら全く知らない道に出てしまった。
    「ここ……どこ?」
     あたりを見回すが、頼りない街灯が淡く照らしているだけで、あとは何も見えない。
     全く知らない道に出てきてしまったことで不安がどんどんこみあげてくる。
    「大丈夫……大丈夫……」
     恐怖を抑えながら、ゆっくり一歩一歩歩く。頭痛も相まって頭がおかしくなりそうだ。
     どうしてこうなったんだろう? どうして知らない男たちが家に入ってきたんだろう? どうして私はこんな目に遭っているのだろう?
     さっきからそういうマイナスのことばかり考えてしまう。昔からの悪い癖だ。いつもこうなる。いつも悪いことばかり起こる。
     この瞳を持っていいことなんてなかった。
     泣き言を言いそうになった時、正面から複数人の人の気配がした。
    「!」
     思わず私は裏路地に入って身を隠す。
    「おい、この辺に走っていったって聞いたがいたか?」
     前からきた人間たちの声が聞こえた。
    「いや、いない。門番に見つかる前に終わらせねぇと」
     私は息を潜めて見つからないように身を隠す。声からするに人数は二人以上の男性みたいだ。
    「青い瞳のガキだっけ? ガキ一匹であそこまで金を出すなんてうまい話が本当にあるのか?」
    「馬鹿、だったらこんな大掛かりなことしねぇだろ? ただの青い瞳じゃねぇ、化け物を見ることができる特別なガキだ。それが本当だったらあの金額もうなずけるだろ」
    「嘘くせぇな。だが、金が稼げればそれでいいか」
    「わかったらとっとと探すぞ。今は門番や管理者の目をごまかせているが、時間の問題だ」
    「へいへい」
     男たちはそう言うとその場から立ち去る。足音が全く聞こえなくなるまで私は恐怖で体が硬直して動くことができなかった。青い瞳のガキ。私以外に青い瞳を持つ人間は今のところ見たことがない。他の人を探しているという可能性もないわけではないが、化け物を見ることができるということから青い瞳のガキというのは私以外ありえないだろう。
     もし、町中に私と同じ境遇を持っている人間がいるなら、何かしらの形で出会っていてもおかしくはない。
     どうしよう、逃げ場がない。こんな深夜の町中で助けを求めても誰も相手してくれない。でも、もう戻れない。どうしようという問いに対してどうしようもないという返答が返ってくる。
     一晩中逃げ回るしかない。どこにも味方がいないのだから。
     でも一晩中走り回るというのは現実的な話ではない。どこか隠れなければ……でも私には土地勘がない。適当に走り回ったって隠れる場所が見つかるかどうか……。
    「そうだ、路地裏」
     あそこなら隠れる場所は多いし、人目にもあまりつかない。まだ表通りを走っているよりかはマシだろう。
     気づけば私は走り出していた。男たちの具体的な人数はわからないが、もっと大勢いてもおかしくはない。先ほど見た異形たちもどこから出てくるかわからない以上、立ち止まっていてはすぐに見つかってしまう。
    「早く……早く逃げなきゃ」
     自分に言い聞かせるようにつぶやきながらカッターナイフを握りしめて走る。
     その時の私はすっかり忘れていた。別れ際に配達員が言っていた言葉を。

     ◇
     
    「はぁ……はぁ……」
     必死に走る、足が痛くとも振り返らずに。必死に駆ける、倒れそうになろうとも止まらずに。
     立ち止まって休みたいという気持ちを押し殺してただただ私は恐怖から逃げるように走った。
     隠れなきゃ、逃げなきゃ。
     辺りを見回すが暗くてぼんやりとしか見えない。早く身を隠さないと、見つかってしまう。
     がむしゃらに走り続けて数分経った。
    「いたぞ!」
     真正面に複数の人影が見え、こちらを指さして叫ぶ。
     見つかった。見つかってしまった。
     怖い。怖い怖い怖い怖い!
     考えるより私は方向転換をして走り出していた。足がもつれるが構わずなんとか駆けだす。
     暗い路地裏を必死に駆けるが土地勘もない私が闇雲に走れば当然追い詰められる。
    「どこか……隠れる場所……」
    「青目のガキがそっちに行ったぞ! 追い詰めろ!」
     男の叫ぶ声が聞こえる。仲間がまだいるみたいだ。
     頭が痛い。足が痛い。疲れた。帰りたい。
     でも、私を出迎えてくれるものもいない。帰る場所もない。
     私が……私が何をしたというの?
    「どうして……?」
     抑えていた感情が口に漏れる。今まで我慢していた、そして放棄していた考えだ。だけど、もう我慢ができなかった。
     誰も手をつかんでくれる人はいなかった。それどころか、いつも私を蔑むように笑ってくる。
     目から熱いものが零れ落ちる。我慢していたものが、ついに流れ出てしまった。
     流れ出る熱いものを拭いながら、引きずるように必死に走って逃げる。
     嫌だ! 絶対に嫌だ! よくわからないまま終わるなんて考えたくない!
     呼吸が乱れても、横腹が痛くても、足がもつれそうになっても走り続ける。
    「なぁ、そろそろ捕まえようぜ? できるだけ無傷で捕まえろって言ってたしよぉ」
    「そうだな。門番に見つかる前に早めにやるか」
     男たちは私を追い詰めるように仲間たちと連携してじりじりと逃げ道をふさいでいく。
    「あぁ……ああ」
     絶望とはまさにこのことだろう。男たちの一人が大きめの麻袋を持ってくる。あれに入れられたら終わりだ。もう、抵抗することができないだろう。
     考えろ。何か打開策はないか、逃げ道を無理やり作って一点突破すれば逃げ切れるはず。助けが来ないなら自分でどうにかしないといけない。
     考えろ……考えろ考えろ……。
    「どうして……?」
    「は?」
     私の問いに対して男たちの一人が反応した。その反応をみて私の中にある怒りとも悲しみともいえない感情をぶつけた。
    「なんで? どうして? ねぇ、どうして? 私が何かしたっていうの? 生まれたことがいけなかったの? 私が親と違う瞳の色を持つというだけでどうしてこんな目に遭わないといけないの!? 人と違うことのなにがいけないっていうの!?」
     昔から思っていたことだった。だけど、誰にも打ち明けることができなかった。返ってくる答えがわかり切っているからだ。
    「知るかよ」
     男たちの一人が嘲笑を浮かべてそう返す。
     当然だろう。今までだって不幸な女と同情はされても助けてはくれなかった。ましてや眼前にいる男たちは、私を捕まえて金に換えようとしている連中だ。同情なんてしてくれるわけない。
     悔しくて仕方がない。悲しくて仕方ない。
     このまま麻袋に入れられて終わるの? 嫌だ……そんなこと、望んでいない!
    「うわぁ! なんだ!」
     突如男たちの一人がそう叫びだした。よく見てみると鉄パイプが数本浮かび、男たちに襲い掛かっていた。
     一体何があったんだろうか? 目を凝らしてよく見てみると、首なしの異形は男たちが持っている鉄パイプを数本浮かし、彼らにぶつけていた。そのおかげか、男たちの包囲網は崩れつつある。
    「ここまで追いかけてきたんだ……」
     しかし、チャンスは今しかない。これを逃せば私は……。
     決意を固めて駆けだす。
    「あ! このガキ!」
     男たちは私が駆けだしたのを見て鉄パイプを振り下ろすが、寸でのところで私は躱す。
    「ガキが逃げたぞ! 追え!」
    「この! おとなしくしろ!」
     ガンッ
     鈍い音とともに背中に重い痛みが全身に響き、そのまま地面に倒れこむ。
     痛い……。動けない……。 呼吸が……しづらい。
    「コイツ、多少痛めつけてわからせてやった方が……」
    「やめろ! てめぇ、商品に傷をつける奴があるか!」
     バキッ
     今度は何かが折れるような音がした。痛みは感じなかったということは私を殴った男が殴られたのだろうか。
     体が動かない、背中の痛みで思考が極端に遅くなる。もう、打つ手がない。
     冷たい路地裏の道に横たわり、上を見ると、三つ足のカラスがこちらを覗いていた。
     ――カラスの足って三本だったっけ……?
     思考がまとまらない私はそんなことを考える。男たちは何か言っているようだったが、正直痛みで意識もおぼろげだ。
    「おい! ごたごたやってる暇はねぇぞ! 書斎の鍵の門番は鼻がいいんだ。とっとと仕事すませちまおう」
    「あ、あぁ。そうだな。まずは仕事だ。おい、小娘。暴れやがったら承知しないぞ?」
     一人の男がそう言うと私の腕を乱暴につかみ、麻袋に詰めた。
     これからどうなるんだろう。今までろくなことがなかったけど、これから先も、死にたくなるようなことが多くあるのかな。
     こんなことになるくらいなら……。
     私は自身の手にあるカッターナイフの刃を限界まで出して首にあてる。
     この先の人生に希望がもてないくらいなら……。
     私はぎゅっと目をつぶって恐怖を押し殺す。痛みなんて一瞬だ。怖くない。
     ――なんだその目の色。気持ち悪い。
     ――変なことばっかり言ってないで勉強しなさい。全く、気味が悪いわ。
     ――近づかないで、変なのがうつるじゃない!
     走馬灯のように思い出すのは辛かった記憶しかない。みんなこの瞳を見て言うことは同じようなものだった。
     でも……だけど……。
    「誰か……誰か一人くらい、本当の意味での友達が欲しかったな……」
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