見慣れきった怖いカオ「……っ、うぅ……、」
どれだけ逃げたのだろう、走りすぎたせいで息が苦しい。そのくせ深く呼吸するのすら恐ろしくて、口元に手を押し当て必死に呼吸を押し殺す。
辺りに漂う空気は、明らかにいつもと違っていた。ぬるいのに寒気の走るような温度が皮膚を撫で、頭が今までにないくらいの危険信号を発している。
「マリオぉ……」
大好きなヒーローの名前を呟くももちろん返事は無い。知らない世界にひとりぼっちなのがどうしようもなく心細くて、ガタガタと震える腕をぎゅっと掴む。
進まなきゃ。ここにいたって誰も助けてはくれない。
力の入らない足でなんとか立ち上がって一歩踏み出した、その途端。
「わひゃっ!?」
べしゃり。足首を後ろに引かれて、地面へと盛大に鼻をぶつけてしまった。
いたた、と擦りむいた鼻をさすりながら後ろを見れば、
髪の隙間から覗く目は、多分、絶対に目を合わせちゃいけないものだった。
「うわあぁっ!!」
咄嗟にそれを蹴飛ばしてがむしゃらに走り出す。どこに行けばいいのかも、いつまで走ればいいのかもわからない。怖い。怖くて怖くてどうにかなりそうだ。誰か、誰か───
「わぷっ!?」
ぼよん。突然弾力のある何かにぶつかって、思い切り尻もちをつく。慌てて顔を上げれば。
「Boooo!!」
視界いっぱいに、よく見知った顔が広がった。
白い体に紫色の目、キラキラの王冠。ぽかんとするボクを見て大笑いするその姿は、紛れもなく。
「キングテレサ…」
言った途端、ボロ、と涙が零れた。一度溢れてしまえばもう止まらなくて、次から次へと涙が落ちる。
知らない世界、知らない空気、知らないオバケ。そんな場所で知ってる顔に出会えて、どんなにほっとしたか!
「うわーん!キングテレサ、怖かったよーーーっ!!!」
「ハァ!?おまえ何言って、ちょ…離れろッ!!!」
そのまま思わず大きな体に抱きついてしまう。
ひんやりした体温が、今のボクには何よりも安心できるものに思えた。
___
「…どこだァ?ここ…」
キョロキョロと辺りを見回すも、知っているものは何も無い。ただ空気の中に色濃く漂う死者の怨念が、この場所のタチの悪さを物語っていた。どうやらおかしな場所に迷い込んでしまったらしい。
「めんどくせェ…」
ようやく研究所からの脱出に成功し、今度こそあいつを絵に閉じ込めてやろうと思ったのに。
この場所に渦巻く怨念の濃さは、テレサの王であるオレ様さえも一瞬怯んでしまうほどのものだった。余程の恨み辛みが一箇所に溜まっているのだろう。とても一筋縄では帰してくれなさそうだ。本当にめんどくせェ。
とにかく帰り道を探さねば、ともう一度見渡せば、ふと見知ったミドリ色が見えた。
なんだ、あいつも迷い込んでたのか。必死で走るその姿に、うず、と悪戯心が疼く。どうせ会いにいってやるつもりだったんだ、少々怯えた顔を見てやろう。
姿を消して進行方向に陣取れば、案の定そいつは勢いよくぶつかってきて尻もちをついた。
「Boooo!!」
そこを思いっきり脅かしてやる。
「グワッハッハ!こんな場所で会うとは奇遇だなァ、ルイージ?今日こそおまえを…」
そう言いながらそいつの顔を見て…思わずギョッとする。
アワワと怯えるいつもの顔の代わりに、青い両目からはポロポロと涙が落ちていた。
「なっ…おまえ、」
「うわーん!キングテレサ、怖かったよーーーっ!!!」
オレ様が言葉を続けるよりも早く、そいつは勢いよく飛びついてきた。あまりにも予想外の事態にハァ!?と声を上げてしまう。
「おまえ何言って、ちょ…離れろッ!!!」
「不気味なオバケばっかりだし兄さんもいないし、ボクずっと怖くて…キングテレサがいてくれてよかったよー!!」
「オレ様を怖がれ!!!!」
振り落とそうとぶんぶん頭を振るも、そいつはがっしりとしがみついて離れない。
ああクソッ、調子が狂う!!