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    野田佳介

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    野田佳介

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    次回本編

    人間界に降りたヒトツメは、ただゴミのように日々を浪費していた。
    死ぬつもりだった。
    けれど、いざ天使の元へ向かおうとすると、足がすくんだ。
    結局、偶然見つけたゴミ箱に潜り込み、そのまま何日も何日もただ時間が過ぎるのを待つだけの生活を送っていた。
    外の世界には何の興味も持てなかった。
    やりたいことも、話す相手もいない。
    食事すらどうでもよくなり、ただ意識が朽ちるのを待つような日々だった。
    ——エミエルがいれば。
    そんな考えが脳裏をよぎったのは、何日経った頃だったか。

    エミエルを、作ってしまえばいい。

    あまりにも馬鹿げた発想だった。
    死んだ者は戻らない。
    そんなことは、誰よりも理解していた。
    だが、一度浮かんだ考えは決して剥がれ落ちることはなかった。
    まるで呪いのように、ヒトツメの思考を支配した。
    エミエルはもういない。ならば、自分で生み出せばいい。
    そう思った瞬間、暗闇に閉ざされていたヒトツメの世界に、かすかな光が差した気がした。
    幸い、魔界には「自動人形」と呼ばれるロボットがある。
    本来は業務用の無機質な存在だが、改造すればどうにでもできる。

    エミエルそっくりの姿をした自動人形を作る。

    ヒトツメはいつの間にか、その計画に夢中になっていた。
    それがどれほど狂った考えかも分からぬままに。

    そうしてヒトツメは人形を組み立て、エミエルの体が完成した。
    ヒトツメは、その仕上がった人形の顔をじっと見つめた。
    記憶を失えないことが、ここで役に立った。
    顔も、背丈も、手の形も、声を発さぬ唇の形も——すべてがエミエルそのものだった。
    目を閉じた姿は、まるでただ眠っているかのようで——
    今にも、あの飄々とした声で「ヒトツメ」と呼びかけてくる気がした。
    だが、それはありえない。
    目の前にいるのは、ただの人形だ。
    呼吸もなければ、心もない。
    その目が開かれることはないし、あの軽薄な笑みを浮かべることもない。
    ヒトツメは、伸ばしかけた手を宙で止めた。
    震える指先が、そっと人形の手に触れる。

    あの時——
    差し伸べることのできなかった手。
    もし、自分があの瞬間に手を伸ばしていたら、エミエルは助かっていたのだろうか。
    いや、そんなことはありえない。
    分かっている。
    けれど、それでも。

    「……すまない……」

    その言葉は、自分に向けたものなのか、目の前の人形に向けたものなのか。
    それすら分からないまま、ヒトツメはただ涙を流し続けた。
    —やることは、やり遂げた。
    だが、その果てにあったのは、より深く重い喪失感だった。
    まるでエミエルの死を、もう一度突きつけられたかのようだった。
    その後のヒトツメは、より無気力に日々を過ごした。
    食事も取らず、言葉も発さず、ただただ静かに時をやり過ごすだけ。
    夜が明け、また沈む。
    何も変わらない、ただの繰り返し。

    そんなある日——
    ふと外に出たヒトツメは、一人の人間を見かけた。
    ヒトツメの視界の先にいたのは、一人の青年だった。
    黒髪に整った顔立ち。
    そして、張り付いたような笑顔。
    だが、ヒトツメは直感的に理解した。
    それは作られたものではなく、生まれつきの病によるものなのだと。

    彼は、塵芥という名だった。

    ——崩れることのない笑顔。
    しかし、それは決して彼の心の内を表しているわけではなかった。
    この病のせいで、彼は生まれてからずっと周囲との関係に苦しんでいた。
    誰もが彼を「楽しそうだ」と誤解し、本当の気持ちを汲み取ることはなかった。
    悲しみも、怒りも、苦しみも——すべて「笑顔」の中に埋もれ、見えなくなる。
    どれだけ悩んでも、どれだけ訴えても、周囲の人間は彼の心を理解しようとしなかった。

    「……こんな、こんな顔……っ!」

    そう呟くと、塵芥は頭を抱え、その場に蹲った。
    ——ヒトツメは、それをただ見ていた。
    通常ならば、目の前の人間は「食事」だ。
    ここで喰らえば、それで終わる。

    だが——なぜか、この時ばかりは、食べる気になれなかった。

    「……その顔は、生まれつきそうなのか?」

    考えるより先に、ヒトツメの口が動いた。
    深い考えなどなかった。ただ、聞いてみたかった。
    蹲っていた塵芥は、驚いたように顔を上げた。
    そしてヒトツメの姿を見て、さらに驚く——が、それは目の前に悪魔がいることへの驚きではなかった。
    どうやら彼は、独り言を聞かれていたことに驚いているらしい。

    「……あぁ、まぁ、そうなんだ……」

    呟くように返す塵芥。
    その声には、どこか諦めが滲んでいた。
    沈黙が流れる。

    ——ヒトツメの脳裏に、ある考えが浮かぶ。

    この人間の魂を、エミエルの人形に入れることができたらどうだろうか?
    誰も試したことのないことだ。
    成功する保証はない。
    しかし——試してみる価値はあった。
    これは、この人間のためではない。自分のためだ。
    エミエルを「取り戻す」ために。
    ヒトツメは、静かに口を開いた。

    「……契約をしないか」

    低く、冷静な声だった。

    「俺は悪魔だ。お前の願いを叶えてやる。その代わり——魂をもらう。」


    「……契約?」

    塵芥は戸惑ったように呟いた。
    馴染みのない言葉だった。
    ヒトツメは淡々と続ける。

    「お前の魂を人形の体に移せば、表情も自由になるはずだ」

    そうすれば、もうあの生まれつきの笑顔に悩まされることもない。
    自分の意思で、喜びを笑顔にできる。悲しみを涙にできる。
    ——塵芥は考えた。
    どれほど望んでも手に入らなかったもの。
    どれほど憎んでも消えなかったもの。

    「……それで、本当に自由になれるのか?」

    「さぁな。でも、今このままでいるよりはマシなんじゃないか?」

    ヒトツメの声音は冷めていた。
    まるでこの契約に、何の感情もないかのように。
    沈黙。
    やがて、塵芥は小さく息をついて——頷いた。

    「……いいよ。分かったやるよ」

    契約が、結ばれた。



    ヒトツメは塵芥の魂を人形の体へと移した。
    そのまましばらく待つ。
    やがて。
    ゆっくりと、その瞼が開く。
    目の前にいるのは、人形の体を持った”元”人間だった。
    ヒトツメはそっと彼に近づき、魔術を唱える。
    そして人間だった頃の記憶を、すべて消し去った。

    契約は破っていない。
    望んだ「自由」は与えた。
    その代償として魂をもらった。
    ただ——彼は、そのことを覚えていないだけだ。

    ———

    新たな体で目覚めた人形は、ゆっくりと上体を起こす。
    戸惑いに満ちた瞳。

    「……ここは、どこだ?」

    そして、ヒトツメを見上げる。

    「……私は、誰だ?」
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    「……俺は、ヒトツメだ」

    目の前の人形に名乗る。
    本名ではなく、彼に貰った偽りの名を。

    「お前は俺が作った人形だ」

    人形はただ黙ってヒトツメを見つめていた。

    「……お前の名前は、エミエル」

    その瞬間、人形の表情が僅かに揺れた気がした。
    こうして、ヒトツメは新たなエミエルを手に入れた。
    しかし…
    エミエルに似せようとすればするほど、どこかが違った。
    何が違う? 何が足りない?
    顔も背丈もエミエルそのものなのに、“それ”はエミエルではなかった。

    ——失敗作だ。

    まず、一人称が違った。
    本物のエミエルは「オイラ」と名乗っていた。
    しかしこのエミエルは、「俺」と言った。
    自分の真似…影響かもしれない。
    そして
    ヒトツメは彼の性格に、自分が知っているエミエルの要素を埋め込もうとした。
    しかし、ある程度は反映されたものの、どうしても違うものになった。
    エミエルのように、自分の言ったことを曲げない。
    しかし、その自我が強すぎた。
    ヒトツメは、エミエルの「優しさ」を持たせようとしたのに、彼はどうにも冷酷で自分勝手だった。それこそ、作り物の無機物のように。
    これじゃ、ダメだ。

    元の魂がそうだったのかもしれない。
    もともと、こういう存在だったのかもしれない。
    ヒトツメは頭を抱えた。

    「……違う。こんなはずじゃなかった」

    これは、自分が作りたかったエミエルではない。
    まるで、別の誰かだった。

    でも。
    それでも。
    愛着が湧いてしまった。

    「……チッ」

    舌打ちする。
    なんで、こんな偽物に——。


    白い肌、白い髪、赤い目。
    それは間違いなく、エミエルの姿だった。

    だが、その名を冠した人形はその姿が気に食わなかった。

    「……目立ちすぎる」

    ふと、呟く。
    当たり前だが、周りは人間ばかりなのだ。
    その中でここまで目を引く存在になることが彼は不快だった。

    ヒトツメはそれを聞きながら、遠い目をしていた。
    本物のエミエルなら、そんなことは気にしなかった。
    それどころか、堂々と「オイラは天使だったんだぞ!」なんて言いふらしていたはずだ。

    「俺は、こんな見た目で生きていくつもりはない」

    その言葉通り、彼は自らの姿を変えた。

    肌を、人間のように肌色に染める。
    髪は、それでも人間と区別するために鮮やかな青緑に変え
    目を、光を通さない黒にした。

    それはもう、どこにも”エミエル”の面影はなかった。
    ヒトツメはただそれを見ていた。
    何も言わなかった。
    文句を言う気にもなれなかった。
    もはや諦めに等しい感情だった。
    初めから無理だったのだ。
    故人の代わりを作るなんてことは。
    ヒトツメは、目の前の”人形”を見つめる。
    これはもう、エミエルではない。

    まるで——別の存在。

    だったら、名前を変えよう。
    もう、エミエルと呼ぶことはない。

    「……garbage」

    ヒトツメは、低く呟くように言った。

    「それがお前の新しい名前だ。」
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