<ありし日の・壱>最初はただの白蛇だった、遠い昔のことだが覚えている。
たまたま森近くの村で発見されたことで、人間が勝手に神の使いと崇めて社を作った。
そこを根城にして、供え物で食いつなぐうちに。
五十年もすると、村の周りに雨を呼ぶくらいの能力が備わっていた。
干ばつがないため村は安泰だった、覚えている限りで二百年ほどは。
旅人が運んできた流行り病で、次々に村人が死んでいった。
社に願っても、俺にそこまでの力はなく。
村にネズミ一匹、残らなかった。
祈る者がいなくなると通力も弱まるらしく、俺はゆるゆると弱っていく。
もういい、蛇にしては長く生きた。
そう思って死を待っていたある日、村に白い衣を着た人間が現れる。
気配が人とは違う、不思議な男だった。
「間に合わなかったか…」
村を見て人間はそう言い、手に提げていた壺の口を開けて酒を村に撒いて回る。
酒の気で少し力を取り戻し身じろぐと、藪がガサガサとなった。
白い衣の男と共に来たらしい、武官のような黒い衣の男が音に気づいて近づく。
「おいセイメイ、白蛇がいるぞ」
黒い衣の男は、俺の様子を伺いながら躊躇いなく膝をつく。
蛇の俺でも、衣の素材が村人と段違いなのがわかった。
「ヒロマサが見つけたのなら、普通の蛇ではあるまい」
セイメイと呼ばれた男が寄ってきて、俺をじいっと見つめる。
手にしていた壺を右手の指で撫で、何事か唱えたあと俺の口元に酒を垂らした。
ついえる前に一口、と舌を伸ばす。
途端に体中に気がみなぎり、意識がはっきりした。
「お前、言葉はわかるな?」
セイメイに声をかけられ、身を起こして頷く。
「おお、利口な蛇なのだな!」
感心するヒロマサの声が子供のようで、微笑ましい。
「俺たちと共に都に来ぬか?」
村を離れる…と考えたとたんに、亡き人間たちの面影がよぎった。
毎日社に供え物をしにきた老婆、社に止まるトンボを取りに来た坊。
いい夫を持ったのは蛇神さまのおかげだと、報告にきた娘。
己が思っているよりも、村に思い入れがあったのを自覚した。
それでも、今はもう誰もいない。
その虚しさに腹が冷たくなり、セイメイの誘い応じた。
「まだ人型にはなれぬな、蛇のまま持っていくか」
セイメイが言うと、ヒロマサが
「俺が見つけたのだから、俺が抱えていこう」
と言って慎重に俺を持ち懐に入れる。
じんと伝わる暖かさに、じっと目をとした。
「ヒロマサは、いい男だな」
セイメイの声が告げ、言い返すヒロマサの懐に揺られて俺は都にのぼった。