気づいた気持ちもういい!家出する!
この言葉ははるか昔、フリーナが水神としてパレ・メルモニアにいた頃一度だけ私と酷い口論になったことがあり、私に放った言葉だった。
はるか昔の話だがその時の記憶は私には鮮明に残っている。
「ヌヴィレットの馬鹿!キミはどうしてそこまで堅物なんだい?だからこの審判の犯人は違うって言ってるだろ!?」
「だが物的な証拠もある。彼が犯人だ」
「だから違うんだって!彼ははめられて……」
ある裁判があった。
よくある男女絡みのもので被告人は若い男性。物的な証拠もある
だがフリーナは被告人は犯人ではなく、別に犯人がいると歌劇場で言い出した。
そして公判は後日となったのだがその事で口論となった。
「ヌヴィレットの馬鹿!!もういい!家出する!」
そう言って出ていったフリーナだったが、彼女は夜になると帰ってきた。
その為、私の中で家出というのは夜には戻る休暇だと思っていた。
なので先日、仕事が捗らず、休暇を取るときに家出すと休暇届けに書いたら大騒ぎとなった。
人の言葉はよく分からないものだ。
そう思い、自分で書き、自分で通した休暇届を見ると下の方に何か書いてある。
「ヌヴィレット。家出は休暇と違うよ。もうこんな事したら駄目だからね」
フリーナの文字で書かれたその言葉に小さな笑みが零れた。
まさかこうしてまた言葉を返してくれるとは……
フリーナが上司だった頃。私が休暇届を出すと彼女は必ずこうして言葉を返してくれた。
それが私は楽しみだった。
彼女の美しい文字で書かれたコメントは微笑ましいものばかりだったからだ。
パレ・メルモニアの職員もフリーナのコメントが好きなのは同じらしく休暇届を出す度にフリーナのコメントを楽しみにしているものさえいた。
するとドアがノックされフリーナが入ってきた。
「こんにちは。ヌヴィレット」
「フリーナ殿」
「なんだい?」
今日のフリーナは黒の衣装ではなく、水神の頃の白い衣装を身に纏っており美しい。
職員の元気付けに来てくれたのだろう。
名前を呼んだので不思議そうな顔をフリーナはしている。
「いや、なんでもない。それよりこないだはすまなかった」
「家出のことかい?全く、あれは驚いたよ。これからは休暇にしてよ」
「そうしよう」
私はフリーナに近づき、彼女を抱き上げる。
「ちょっ、ぬ、ヌヴィレット!?」
そのまま椅子に座り彼女を膝に乗せる。
「ヌヴィレット…その、何か悪いものを食べたかい?」
「食べてはいない」
「なら体調不良とか?」
「龍に体調不良はない」
「じゃあなんで、僕を膝に……」
フリーナは私を見る。その顔は少し赤みが指している。
「何故か分からないがこうしたかった」
「あ…あ……そう……」
家出の後から私はフリーナを見ると何故か彼女に触れたくなる。
彼女の表情一つ一つがとても愛おしい。
きっとこの胸の中にある愛おしさが恋なのだろう。
フリーナの髪の毛を手で梳くとくすぐったいのか、反応を見せる。
「ヌヴィレット……」
フリーナの表情が泣きそうになり、体を私の方に向け、彼女の目尻にたまった涙を唇で掬い取ると、彼女の感情が伝わる。
戸惑いと嬉しさ……
「君も私と同じ気持ちなのだな」
「え?ど、どういうこと……」
「私は君に触れられて嬉しいと思っている」
するとフリーナはまた顔を染める。
本当に可愛いらしい。彼女のコロコロと変わる表情は何百年見ても見飽きない。
彼女を他の人には見せたくないと思ってしまう。
「僕もヌヴィレットに触れて貰えて嬉しい」
「フリーナ」
「だからその、もっと触って?撫でて?」
フリーナの甘く可愛らしい願いに私は答えようと思い彼女の頭を撫で、頬を触る。
「ヌヴィレット……」
「フリーナ」
そして私達は惹かれ合うようにキスをする。
キスは好意を持つものがするのだと教えられたが、私とフリーナの間には言葉は必要なかった。
互いに同じ気持ちだとわかってしまう。
「フリーナ。私は君のことが愛おしい」
「ありがとうヌヴィレット。僕もね、同じ気持ちだよ。キミのこと……好き……」
その言葉が聞けて嬉しくなる。
「両思いだね。僕達……」
「そうだな。私も君のことが愛おしいくてたまらない」
そして私達はもう一度キスをして、二人きりの幸せな時間を過ごすことにしたのだった。
end