ロマリタイムフラワーの祝福その日、フリーナはフォンテーヌ廷を歩いていた。
手には花束を持っており、フリーナは花束を見る度に嬉しい気持ちとなる。
「今日の公演素晴らしかった」
「ありがとうヌヴィレット」
今、フリーナが持っている花束は今日あった公演が終わった後にヌヴィレットから花束を贈られたものだ。
ロマリータイムフラワーの花束
この花は水に触れたり、水中で咲く花であり、水がない今は固くその花を閉じている
「ヌヴィレットは今も僕に忠誠を誓ってるのかな?」
フリーナはロマリータイムフラワーを見ながら小さく呟く。
ロマリータイムフラワーの花言葉は忠誠、不変の誓いというものであり、ヌヴィレットが花言葉を知っているのなら、なんと言うか少し恥ずかしくなる。
神であった自分はもう何処にもいない。フォンテーヌは今はヌヴィレットが護っている。なのに彼はまだ僕に忠誠を誓っているなんて、おかしな話だと思ってしまう。
「フリーナ様」
「ん?」
狭い路地に入った時、名前を呼ばれ振り向くとそこには一人の男性が立っていた。
知らない人だ。しかしこうしてフリーナの事を様付けで呼ぶということは、フリーナのファンの可能性は高い。
今のフリーナは人としての人生を歩んでおり関わった人物には様付けで呼ばないで欲しいと頼んでいるからだ。
「フリーナ様。私はあなたの事を愛しています」
男性はフリーナに告白をする。フリーナは男性の目を見て言葉を紡ぐ。
「ありがとう。キミは僕のファンなのかな?」
「はい。大ファンです。貴方が水神で在られた頃から貴方様の舞台は全て拝見しました。今日の舞台も感激しました。だからこそ私は貴方にこうして愛を伝えようと思ったのです」
フリーナの熱狂的ファンはフォンテーヌには多い。それは彼女が素敵な役者であった証拠でもある。
今でこそ舞台には上がることは少なくなったが、時折フリーナが舞台をすることもある。今日の舞台はまさにフリーナが主役として上がったものであった。
しかしフリーナは幾ら熱狂的ファンに告白されても付き合う気はない。
「フリーナ様。私とお付き合い頂けませんか?」
「すまない。それは出来ないんだ」
フリーナは男性を見つめ、視線をロマリータイムフラワーの花束に落とす。
フリーナには好きな人がいる。だが叶わぬ恋でもある。しかしそれでも好きでいることはできる。
だからこそフリーナは誰とも付き合わない。
「フリーナ様。貴方は好きな人がいらっしゃるのですね?その方はヌヴィレット様ですか?」
「っ!?」
図星を突かれてフリーナは顔を上げ男性を見る。
「今日の公演の後、歌劇場からヌヴィレット様が出てこられました。本日の公演はフリーナ様の舞台のみ。その理由など分かりきっています」
「っ……」
「その花束もヌヴィレット様からの贈り物ですか?嬉しそうに眺めながら歩いていましたね。まるで恋をする少女のような顔をして……」
男性はフリーナに近付く。
フリーナは後ずさりするが、狭い路地のためあまり身動きが取れない。
最初からこの男はフリーナが狭い路地に入るのを確認してから声をかけたのだ。
フォンテーヌ邸にはメリュジーヌや警備ロボなどもおり大通りで揉め事を起こすと直ぐに騒ぎになる。だからこそフリーナが狭い路地を抜けて家に向かうのを知り、この路地で話しかけた。
フリーナは怖くて体が震え出す。
男の表情がフリーナを捉えている。気持ち悪い視線だ。
足が震えて逃げることも出来ない。
「フリーナ様」
「っ!!」
「まて!」
「あぅ!!」
男に名前を呼ばれ体を奮い立たせて、踵を返し男から逃げようとした。しかしいつも着ている服の長い部分を捕まれ前向きに転んでしまう。
幸い、花束がクッションとなり痛みは少なかったがロマリタイムフラワーの花の蕾が転がってしまう。フリーナはそれを見て涙が零れた。
まるでヌヴィレットに対する己の恋心が壊れたようなそんな気がしたからだ。
「フリーナ様…フリーナ様…」
「いや…やだ、たすけて…やぁ…」
男はフリーナの気持ちなど関係ないと言ったように転んだフリーナの背に覆いかぶさり、首筋に顔を埋める。逃げたいが男が乗っているせいで身動きが取れない。
『気持ち悪い…気持ち悪い…たすけて……』
思いを声にしたいが上手く声が出ない。
「フリーナ様…私の愛を受け入れてください」
「ひっ、や、いやぁぁぁ!!」
剥き出しの足を触られ、太もものベルトの間に指を入れられ、気持ち悪く、フリーナは大きな声を出し涙をボロボロと零す。
「なぜ泣くのですか?ヌヴィレット様より、私のことを愛して……」
「泡沫となるがいい!!」
「ぐぁ!!」
男がフリーナの腰を触ろうとした瞬間、大量の水が降り注ぎ、男がフリーナの前に吹き飛んだ。
「え?な、なに?」
「フリーナ殿、大丈夫か?」
「ぬ、ヌヴィ…レット…?」
体に掛かっていた重みが取れ、フリーナの目の前にはヌヴィレットが現れた。
夢でも見ているのかと思いヌヴィレットを見つめると、ヌヴィレットはフリーナを起こし抱きしめてくれる。
ヌヴィレットの香りでいっぱいになり、フリーナは自然とヌヴィレットの背中に手を回すと涙が溢れて止まらなくなる。
「助けるのが遅くなりすまなかった。怪我もしている。直ぐにシグウィンに診てもらおう」
「ヌヴィレット…ヌヴィレット…ひくっ…ひくっ…怖かった…それに花束…ぐちゃぐちゃに…」
「花束は気にしなくていい。ロマリータイムフラワーなら群生地もある。君の傷が治れば見に行こう」
ヌヴィレットはフリーナの頭を撫でて、フリーナを抱き上げ路地を出る。
「ヌヴィレット様!フリーナ様!」
「クロリンデ。すまないがそこに倒れている人を運び裁判にかけるようにして欲しい」
「わかりました。フリーナ様、怪我を……」
クロリンデは抱き上げられているフリーナに手を伸ばし頬を触る。
「クロリンデ…ありがとう」
「いえ。フリーナ様こそ大丈夫ですか?」
クロリンデの問いかけにフリーナは頷く。
「傷はシグウィンに見せるので大丈夫だと思う。すまないがあとの処理は頼んだ」
「わかりました」
クロリンデは男を抜いた剣で突き、何かを言い始める。
フリーナはヌヴィレットの胸に顔を埋める。
泣きたくなるような温かさでフリーナは涙を零したのだった。
フリーナの傷はかすり傷であり、頬と足にガーゼを貼ってもらった。
「これでいいと思うわ。フリーナ様、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「怖い思いをしたのだから無理は駄目よ。何かあったらヌヴィレット様に話して?ウチすぐ来るから」
「ありがとう。シグウィン」
フリーナはシグウィンの耳を触る。
シグウィンは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうシグウィン。これはお礼だ。リオセスリ殿と食べて欲しい」
「ありがとうヌヴィレット様。公爵と一緒に頂くわ」
シグウィンはお菓子の缶を手に持ちヒラヒラと二人に手を振って部屋を後にする。
フリーナがいるのはかつてフリーナが使っていたスイートルームだ。
シグウィンが部屋から出ていき、部屋にはヌヴィレットとフリーナだけになる。
何を話せばいいか分からずフリーナはヌヴィレットを見つめる。
「フリーナ殿」
「なんだい?」
「しばらくはここで暮らして欲しい。君を襲ったものは捕まえたが、模倣犯が出てくる可能性もある」
「そ、そうだね。今回はお言葉に甘えるよ」
神の目があるにしても今日みたいなことになるとフリーナは怖くて何も出来ない。元来、フリーナは臆病な性格だ。怖いことは嫌いで、体が動かなくなる。
「ねぇ、ヌヴィレット聞いてもいいかい?」
「何を?答えられることなら答えよう」
「ロマリータイムフラワーの花言葉…キミは知ってるの?」
こんな事が起こった時に聞くことでは無いかもしれないがこのまま重い空気もフリーナは耐えられなかった。
「知っている」
「っ!?じゃあキミは僕のこと…まだ……」
「花言葉の意味通りに思っており、そして私は君の事を愛している」
「え?」
ヌヴィレットはベッドに座るフリーナの前に立ち、彼女と同じ目線になるようしゃがみ込み頬を撫でる。
「ヌヴィレット……」
「君のことが愛しい。だからこそ君を守りたいと思う。だが今日のことはすまなかった。助けるのが遅くなってしまった…」
フリーナはヌヴィレットの告白と謝罪にフリーナは戸惑いながらも添えられた頬の手に擦り寄る。
「フリーナ?」
「助けてくれてありがとうヌヴィレット。あと告白の返事だけどね……」
フリーナはヌヴィレットを見つめる。
今まで恋をする人の役は何度も演じてきたのに、いざ好きな人を目の前にするとこんなにも緊張するのだと思う。
けど、伝えなきゃ……ヌヴィレットは伝えてくれたんだから……
「ヌヴィレット。僕はキミのことが好きだよ。恋の好き」
「そうか。それはとても嬉しい」
ヌヴィレットはフリーナの頬から手を離し、額を合わせる。
ヌヴィレットの香りが近くなる。
そして額が離れるとフリーナはヌヴィレットに抱きついた。
自分もヌヴィレットを愛していると伝えるために……
その後フリーナを襲った男性はクロリンデ、リオセスリに寄って、フリーナについて色々と白状させられ、ヌヴィレットによって法廷で裁かれたがこの事件は闇に葬られ二度と表に出てこないようにしたのだった。
end