ある夏の思い出これは忘れることが出来ない恋の話
夏の間の恋物語だ。
フリーナという少女に出会ったのは、私がまだ小学生の頃だった。
家族で毎年別荘に行くのだが、その別荘の近くに湖がある。
小さな湖で水遊びには最適な場所。
そこは私の密かなお気に入りの場所であり別荘に行けばそこで遊んでいた。
そんなある日、私は美しい少女に出会った。
白い髪に華奢な体を持つ少女。歳は十四歳程であり幼かった私にとっては大人だった。
綺麗な姿に見惚れていると彼女が私に気づいた。
「キミは、この辺りの子?」
私が頷くと少女は水に体をつけて微笑む。
「少し後ろを向いてくれないかな?服を着るから」
「す、すまない!」
慌てて後ろを向くと彼女は陸に上がったらしく、その後白のワンピースを着た姿で私の前に立つ。
色の違う二つの目がとても綺麗で、まるで本の中にいる水の妖精のようだと思った。
「改めてまして。僕はフリーナ。この森から少し離れた屋敷に住んでるんだ」
「ヌヴィレットです」
「ヌヴィレットか。ヌヴィレットは何歳?」
「十二歳……」
「じゃあ僕の方が少しお姉さんだね」
そう言ってフリーナは微笑んだ。
その笑顔は本当に美しく、私はすっかり彼女に惹かれてしまった。
フリーナと出会ってから私は毎年、夏休みになるのが楽しみだった。
夏になると別荘に行き、彼女と過ごす。そんの毎日は普段の学校生活より楽しい。
宿題をしたり、フリーナの歌を聴いたり、話したり……
そのような日々は私の中では宝物となっていた。
しかし大学生になった頃だ。私はある違和感に気がついた。
フリーナが成長しないことだ。
学校での女子は背もフリーナより高く、顔つきも大人だ。
しかしフリーナは私が最初に出会った頃から変わらない。小柄な体格と言えばそれまでだが、それでも私より歳上の筈なのに何も変わっていない。
それにフリーナの家にも行ったことはないし、彼女が私の家に来ることもない。家に招こうとすれば彼女は嫌がる。
今まで疑問にすら思わなかったがどう考えてもおかしい。
フリーナには何か秘密があるのかもしれない。
そう思い私は今年の夏休みは彼女に理由を聞こうと決めたのだった。
大学生になったため、別荘で過ごすのも一人となった。
両親にフリーナの事を聞いても良かったが、躊躇ってしまい、聞くことはせず勉強に集中する為だといい別荘に向かった。
思えば、両親にフリーナの事を話したことはなかった。何故かは分からないが、彼女のことは誰にも知られたくないという思いがあった。
私にも子どもじみた場所があったのだな
そう思いながら、別荘に付き、荷物を置いて湖に向かうとフリーナが木陰にいた。
「フリーナ」
「ヌヴィレット。今年も来てくれたんだね」
そう言って微笑むフリーナは何処か寂しそうに見えた。
「フリーナ。一年ぶりの逢瀬だが私は君に聞きたいことがある」
するとフリーナは頷く。
「分かってるよ。ヌヴィレット。キミが言いたいこと……」
「フリーナ?」
「僕が歳を取らない理由でしょ?」
そう言って微笑むフリーナはとても悲しそうだ。
「何故……気がついて……」
「分かるよ。キミはもう大学生だ。子どもじゃない。いつまでも騙し通せる訳がないんだよ」
「フリーナ…君は一体何者なんだ?」
するとフリーナは私を見つめる。色の違う美しい瞳が涙で濡れている。
「幽霊だよ」
「ゆう…れい?」
「そう。僕は死んでるんだ。ずっと昔にね……」
フリーナは空を見上げる。
「僕の親はね、とても酷い人だった。酒を飲んで暴れて、僕に暴力を振るうような……彼らは子どもは親の所有物だと思ってた。僕は両親から沢山殴られて蹴られて最後は売られた。物好きな貴族にね」
フリーナの言葉に私は何も返せない。
「僕の生きていた時代はそういうのは良くあることだった。
僕の売られた先の屋敷での仕事は毎日、旦那様のお相手をして……そして最後は無理が祟り死んでしまう。僕もそうだった。僕は確かに死んだ。なのに目を覚ましたらこの場所にいた。未練があったんだね」
「未練……」
「そう。僕は恋をしたかった。愛されてみたかった。本で読んだ素敵な恋をしてみたかったんだ」
それがフリーナの未練……誰もがするものを彼女は出来なかった。
彼女が生きていた時代が今から何年ほど前か分からないがとても昔のことのような気がしてしまう。
「だからね、ヌヴィレットといてすっごい楽しかったんだ。毎日が楽しくて、けど僕は幽霊だからいつかキミに存在がバレる。それが怖かった。とても怖かった」
「フリーナ……」
「だって僕、キミのこと大好きだから……けど僕は幽霊で、幽霊が人を愛するなんて気持ち悪い。正体がバレたらキミに嫌われる。それが嫌で……だからずっと騙して……」
フリーナの瞳から涙が落ちる。
だから私はフリーナを抱きしめる。
「ヌヴィレット」
「フリーナ。私は君の事を愛している」
「っ!!」
「大学を卒業し、弁護士になったら君にプロポーズをしようと思っていた」
「プロポーズ……」
「ああ。私の妻になって欲しいと……」
フリーナは泣き出してしまう。
分かっている。この願いは叶わない。フリーナは死んでいてここにいるのは魂のみ。叶うわけもない。
「もっと早く生まれていたら良かった」
「ヌヴィレット?」
「そしたら君を救えたかもしれない。フリーナと同じ時に生まれたかった」
フリーナが居た時代に生まれていたら私は彼女を救えたのかもしれない。
そう思うと胸が痛い。
私はフリーナの指に自分の指を絡め、額を合わせる。
「私は君を愛しているフリーナ」
「っ…僕もヌヴィレットが好き…大好き…同じ時を生きたかった。キミと同じ時間を生きていたかった」
「私もだ」
するとフリーナの体が光り始める。
きっと未練が無くなったのだろう。
私はフリーナを抱きしめる。
「約束する。来世では君を幸せにする」
「けどきっと覚えてないよ」
「ではこの場所で待ち合わせをしよう」
「待ち合わせ?」
「ああ。来世でこの場所で待ち合わせをしよう。ずっと待っている」
フリーナは体を離し私を見つめる。
「約束?」
「ああ」
「忘れない?」
「忘れない。必ず覚えている」
フリーナは涙を零す。
「僕も忘れない。絶対にこの約束だけは忘れない。ここにくる。来世で必ず来るから……」
「待っている」
「ありがとうヌヴィレット。大好きだよ」
私たちは初めてキスをした。
フリーナは幸せそうに微笑みそして光の粒となり消えた。
「フリーナ。この約束だけは忘れない」
そう言って私は湖を見つめ、そして別荘へと帰ったのだった。
私のその後の人生は平凡だった。
弁護士となり、裁判官となり、両親の決めた相手と結婚をし、子宝にも恵まれた。
だが毎年夏になると、一日だけ別荘に行き、湖の傍でフリーナの事を思い出していた。
これは世の中では不倫になるのかもしれないな
等と思いながらも一年に一日だけ、過去の時間に思いを馳せた。
時折、フリーナの夢を見ることがあった。
夢の中では私とフリーナは夫婦になったり恋人だったりした。
幸せな時間だった。
しかし目を覚ますと現実に戻り、また平凡な日々が始まる。
そうして私は本当の思いを秘めたまま、生活をし人生に幕を下ろしたのだった。
目を開けると白い世界にいた。
「ここは……」
「ここは死後の世界だよ。キミをねずっと待ってる人がいるんだよ。ヌヴィレット」
声がして振り向くとフリーナに似た少女が鎌を持って立っていた。
しかし彼女はフリーナではない。
「君は……?それに待っている人とは……」
「あの子だよ」
少女が顔を向ける方を見ると、私の目の前にフリーナが現れた。
「フリーナ!」
「わっ!?ヌヴィレット…」
私はフリーナを抱き寄せる。
「なぜ君がここに……」
「それは……」
「その子ね、約束を忘れるのは嫌だってずっとキミを待ってたんだ」
「そうだったのか…すまない。長く待たせた」
するとフリーナは首を横に振る。
「いいよ。それにヌヴィレットが幸せならそれでいい……」
どこまでも彼女は優しい。そう思いながらフリーナの額にキスをする。
「今の私はもう自由となったから君を愛せれるのだが、やはり転生してからの方がいいだろう。すまないがフリーナと同じ時間に転生したい。なんなら近くに住みたいのだが……」
すると鎌を持って少女は微笑む。
「キミたちは本当に愛し合ってるし、その辺はボクが上手くしてあげる。約束があるらしいけどどうする?」
「約束も覚えていたい」
「僕も…」
「分かった。じゃあキミたちの転生先はお金持ちのお家。幼なじみにしてあげるね。約束も覚えさせて……よし出来た。この玉を飲み込んだら転生出来るよ。来世は幸せにね」
少女から渡された小さな玉を私たちは飲み込む。
そして私とフリーナの意識はそこで途切れてしまった。
長い夢を見ていた。
私の前世の夢だ。
隣を見ればフリーナがいて彼女も目を覚ました。
「ヌヴィレット……変な夢みた…僕が幽霊でヌヴィレットが貴族ぽくて……」
内容からして私と同じ夢を見たのだろう。
「きっとそれは私達の前世の記憶だろう」
私達は幼なじみとして育った。出会ったのは幼い頃。夢の中にでてきた湖で出会い、ここで待つという約束をしているのだと互いに知りそして仲良くなった。
なぜそんな約束をしたのか分からなかったが、記憶が戻った今ならわかる。
あの約束は大切なものであり私達の前世からの記憶なのだと……
「ヌヴィレット……僕…ずっとキミのこと大好きだったんだ。その前世から……だからずっといて?」
「もちろんだフリーナ。君は私のものだ」
私達はキスをし、そして愛を確かめ合うように深いキスをしたのだった。
end