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    ΦωΦ゛

    @catea_0c0

    ほぼ二次創作用。
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    ※ストーリー更新分のその後、🦚が謹慎か療養かなんやかんやあって🗿宅に引き取られてる設定です。

    レイチュリ🗿🦚 デート日和と言える晴れやかな陽気のなか、ひとりでベンチに腰掛ける。街ゆく人は喜怒哀楽様々に通り過ぎて、そのどれもが眩しく感じた。だって自分の気持ちを赴くままに発露している。
     恋人に放っておかれたから不貞腐れて家を出てきたというのに、ここでも自分の居場所が見つからないような途方のなさを覚えて重い腰を上げて引き返した。
     帰ってみれば「おかえり」の言葉さえない。さして期待はしていなかったにしろ淡白だ。やれやれと家主のいる広い部屋へ足を向ける。
     大きな窓から差し込むやわらかい日差しを浴び、ゆるやかな風を受けてソファで本を読む男はとても絵になるが、その優雅さにどうしても文句を言ってやりたくなって声を荒げた。
    「レイシオ! 僕が家を出る前から少しも、何も変わっていないんだけど!?」
     いい加減にしろと吠えてみせても思索中の彼は眉ひとつ動かさない。
     これが目を覚ましてからずっとだ。声をかけても邪魔をしてみても一瞥もされず、ついに痺れを切らして食事と憂さ晴らしに外へ出てみたが追いかけて来ることさえない。もちろん想定通りだが。
     つまらない。何もかもが退屈で、意外性が何もない。だからといって思い通りになるわけでもないのだから不愉快だ。
     大して良心の呵責も期待できないが、これ見よがしに深く溜息を吐き出した。帽子とコートをソファに放り投げて本を持つ逞しい腕と体の隙間にするりと滑り込む。今朝もこれは許された。
     空いたもう片方の手のひらが頭を撫でてくる。これは恋人扱いというよりは犬猫へのそれじゃないだろうか。ここに滑り込むことを許される程度で納得してはいけない。
    「ねぇ、レイシオ。君は恋人を満足させられないような、つまらない男じゃないだろ?」
     ペットとでは醸し出せない昨晩の甘い空気を思い起こさせるように首筋に口付ける。それでも微動だにしない柳眉や、鼻梁にも。
     最後に唇に触れようとした途端、レイシオの大きな手のひらに防がれた。
    「僕は思索の邪魔をされるのが大嫌いだと、恋人なら当然知っているはずだが?」
    「この野郎……」
     苦々しく吐き出しても視線は本に注がれたまま。
    「なら勝負をするのはどうだい?」
    「僕に何のメリットがある」
     素気なく返される言葉に「ないのかい……」と弱々しく零す。ここまで邪魔をしても彼が石膏頭を被らないというのはかなり存在を許されているからだということは分かっている。それにしたって取り付く島もない。
    「くだらない勝負を仕掛ける前にその全身に浴びた体臭隠しをバスタブで洗い流してくるといい。濁ったものが詰まりきった頭がスッキリするだろう」
    「近寄るなって言いたいのかい。はぁー……分かったよ」
     気怠く立ち上がってバスルームへ向かう。
     麗らかな午後には不釣り合いな派手な装飾品を一つずつすべて外して、華美なシャツを脱ぎ捨てた。
     鏡に映るのはみすぼらしいとまでは言わずとも若干の頼りなさを感じる男の身体。鎖骨の辺りに残された情事の痕を撫でて息をつく。何も着飾らないただの男に昨晩は情熱的な視線を向けていたくせに。
    「いいのかい教授! 無防備になった僕がここに居るのに本なんかに夢中になって!」
     最後の悪あがきにも返ってくる答えは静寂のみだ。
     あまりの遣る瀬なさに嘆息して湯を張ったバスタブに身を沈めた。
     膝を胸元に引き寄せて、頭痛がするみたいに頭を押さえて深く息を吐く。
     何をしているんだろう。
     何もしていない。
     何もしないでいるなんて贅沢があっていいわけがないのに。
     頭も手も動かさないでいる罪悪感に突き動かされてスマホを手に取り、すぐにニュースサイトやアングラなスレッドにかじりついた。
     どこかに一歩間違えれば大きな損失を生むような出来事はないか。カンパニーが介入して、それ以上の利益を生み出しそうな出来事はないか。どんな些細なことでもいい。自分の幸運を、価値を知らしめられるような何か。
     一通り頭の中にリストアップして、それからスマホを放り投げた。
    「今の僕にはそれさえ許されていない」
     湯に浮かべたアヒルのおもちゃをピンッと指で弾く。翻弄されるようにくるくると回転したアヒルはバスタブの壁にぶち当たって動きを止めた。
     ずるりと体が滑って湯に沈むことに抵抗もしないで、目を閉じた。もうどうにでもなれ。
     ぺたりと裸足だと分かる足音がした。目を閉じてから眠ってしまっていたかどうかさえ定かじゃない。けれど低く呆れた声の持ち主は目を開かなくても分かる。
    「ようやく静かになったと思えば……このバスタブで眠っても理想の夢は見られないぞ」
    「夢が見たかった訳じゃないさ」
     バスタブの底に手をついて体を持ち上げ、ふちに首を持たれさせるとその顎を捉えられて、キスでもされるのかと思いきやレイシオは鼻先を髪に埋めてきた。
     まだ香水の匂いが残っていたのか彼は大好きなはずのバスタブに入らないで髪にシャンプーをつけて洗い始める。微睡みを邪魔しない手つきが心地良くて、文句を言う気分は削がれてしまった。
    「レイシオも入りなよ」
    「もうこの湯は清潔ではないんだがな」
    「僕の濁りが滲み出てるんじゃないかって? バカ言わないでくれよ。それは今洗ってもらってるところなんだ」
     ひとりで風呂に入ったって無力さに撃沈するばかりで、ちっともスッキリしない。気分が上向いたのはたった今しがた、恋人の大きな手に包まれてようやくだ。
     体から少しずつ力が抜けてくる。
    「僕にはこのバスタブは広すぎる」
    「……泡を流してからだ」
     言って、シャワーを浴びせかけられた。
     ねだるまでもなく一緒に入るつもりだったらしい男が学者に似つかわしくない均整のとれた体を惜しげもなく晒して向かいに腰を下ろすと、湯のかさが増して揺らめいた体が少し浮いた。体格差を見せつけられたような悔しさに、その澄ました端麗な顔に手で水鉄砲をお見舞いしてやる。
    「っおい、何をする」
     鬱陶しそうに顔を拭っているあいだに、浮かぶ体を彫像のようにどっしりと構える身に寄せた。レイシオの胸にとんっと背が触れると、繋ぎ止めるように腕が体に回ってくる。
     これでようやく浮かび上がらずに済む。彼に身を預けて足を伸ばした。
    「君は僕を本当の丸裸にしてからでないと構ってくれないのかい?」
    「虚勢ばかりで本心を覆い隠すような奴を相手にするのは時間の無駄だからな」
     嫌味ったらしく言いながら、レイシオはまた蜂蜜色の髪に鼻を寄せて満足気に頷く。
    「散歩はどうだったんだ」
    「どうもこうも退屈だったよ。人気の店で食事をして、話題のアイテムを見つけにウインドウショッピングするのもすぐに飽きた。だから手持ちの全額でスクラッチを買ってみて、一等が当たった。スマホゲームをやってそうな若者に当選金額からいくらか出すからガチャを引いて最高レアが出るか試させてくれって声をかけて、……知ってるかい。今はチョコレートにもギャンブル要素があるんだ。欲しいオマケが出ないんだって泣きつかれたから代わりに買ってあげたんだ。もちろん、欲しかったものを引き当てて泣いて喜ばれたよ! 良いことをしたなあ!」
     軽薄に並べ立てた言葉が上滑りしていることには自分でも気が付いた。善行をしたというのに賛辞はなく、耳元で盛大な溜息をつかれる。
    「君という人間は自分の幸運を逐一確かめていないと気が済まないのか。何もかもが無駄だ。僕なら即刻やめる。もっと有意義なことに時間を使うほうがいい」
    「今は有益な活躍の場を取り上げられているとはいえ僕のアイデンティティだ。君にどう言われようとやめられる気がしないな」
    「だが、退屈だったんだろう」
     レイシオは呆れた声で指摘した。それは嫌味でもなく、ただの事実だ。
     強がりも剥がされて「まぁね」と自嘲するように力なく返した。
     視線を落とした水面に自分の顔が映る。羽をもがれて無力なくせに見栄っ張りで見掛け倒しな自分がそこにいて、水面をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。けれど水面に歪む自分も見ていられなくて目を閉じる。
    「やっぱりぬるま湯のような場所は僕には似合わないな。誰もすべてを賭けようとしなくてつまらない。そんな場所にいて何の意味があるんだろうね」
     どこにも自分の力を発揮するべき舞台がない。
     焼き切れそうなほどに頭を全て使って出来うる限り最善の策を導き出し、肌がひりつくほど全身の感覚を研ぎ澄ませて場の空気を感じ取って最善の結果を掴み取るのが自分が歩む運命だ。他人の金も命も何もかもを犠牲にしてきた自分の存在意義だ。
    「凡人の人生というのはつまらない事の連続だ。そして凡人は天才よりもそれを謳歌している。これからは君も自分の命を賭ける計略などに頭を使っていないで凡人らしく、無為に過ごすことを覚えるといい」
    「ご高説をありがとう、教授。学生が講義中に眠くなるっていうのはこんな気分なのかな」
     レイシオの忠告は尤もだ。多くの凡人は気を休められることだろう。
     けれど教授からの教訓よりも先に神の祝福を受けてしまっている。何もしなければルーレットがいつ誰を無作為に選び出すか分からない。それならルーレットが回り始める前に自らギャンブルに身を投じて、できるだけ傷や損失が最小限で済むように頭を使わなければ。
     神の祝福を持て余しているだなんて、どれだけ努力や研鑽を積んでも知恵の星神に認められずにいる彼に言えるわけがない。
    「ああ、君がいなかったから退屈だったんだとでも言えば恋人らしい雰囲気になったかもしれないね」
     わざとらしい言い方にレイシオが眉を顰めた。
    「君がギャンブルをやめられないように、僕も僕が存在する限り思考することはやめられない。僕の頭脳がこの銀河にどれだけの恩恵をもたらしているか知っているだろう」
    「十分理解しているさ。でももう少し僕に時間を割いてくれたっていいんじゃないか?」
    「だから今ここにいる」
     事も無げに放たれた言葉に表情が固まる。
     そんなことも分かっていなかったのかと言いたげな呆れた声音。
     あのベリタス・レイシオが本も持たずにバスタブにいるだなんて彼を知る人からすれば驚天動地の出来事だ。
     きっとこれはどんな愛の言葉よりも甘いもの。
     返す言葉が見つからない。受け取っていいものじゃない。
    「っ、レイシオそろそろ上がってもいいかな。お湯も冷めてきたし」
    「……そうだな。君が風邪でも引いたらまたうるさくなりそうだ」
    「うわっ!?」
     逃げるように立ち上がったというのに、レイシオが追従してきていとも簡単に抱き上げられた。水面が激しく揺れてアヒルのおもちゃがコンコンとくちばしを打つ。
     間もなくバスマットに足がついたと思えば、やわらかなタオルで包み込まれて彫刻のような滑らかな手がまるで宝石を手入れするみたいに丁寧に水分を拭った。
    「自分でできるよ、っレイシオ!」
     そんなに大事に扱うようなものじゃない。
     抗議の声を上げて男の手が止まると、じっと全身を見つめられる。
    「……今度はなんだ。君と比べて貧相な体だって嫌味でも飛んでくるのか?」
    「卑屈になるな。傷がついていないか確認しているだけだ」
    「ああ? 傷?」
     傷なんていくらでもあるだろう。不可解さに眉を寄せるとレイシオはややバツが悪そうに答えた。
    「昨晩は無理をさせただろう。悪かったと思っている」
    「昨晩……ってセックスのこと? あんなのはただの恋人同士のセックスじゃないか。無理やりでもなければ、過激なプレイでもなかったのに君が何を気にするって? 残したのなんてこの痕ひとつくらいなものじゃないか」
    「僕にだって相手が乗り気ではなかったことくらい分かる」
     あらかたの検分を終えたレイシオに服を投げつけられる。拗ねさせてしまっただろうか。
    「君でもあんな顔をするのかと知れたのは悪くなかったけどなぁ」
    「良くもなかったのだろう」
     ズバッと返される言葉に今度はこっちのバツが悪くなる番だ。
     良くなかったと正直に答えるのは気が引ける。何も彼のテクニックにケチをつけたいわけじゃない。キスもセックスも特に好きだと思えない自分の欠陥だ。
     それでも恋人ならキスやセックスに耽るのが普通なんだろう。
     さっさと服を着てしまったレイシオの腕に、シャツを一枚羽織っただけの体をぴたりと沿わせた。
    「今からやり直すのは有意義な時間だって言えるかい?」
     唇をしならせて、とびきりの視線で微笑んでみせる。自分の顔の良さも、表情の魅せ方だって知っている。
     誰だって落としてきた有用な笑顔が癪に障ったのか煩わしげに腕を払われた。
    「よせ。僕は好きな相手を蔑ろにしてまで抱きたいとは思わない。ただ僕はいなくならないと伝えておきたかっただけだ。時期とやり方を見誤ったのは僕の過失だが」
    「いなくならないって?」
     どういうことだと片眉を釣り上げて問い返すと、レイシオは腕を組んでふぅーっと深く息を吐き出した。
    「たとえ君がすべてを賭けて負けたとしても、残念ながらすべて失うことにはならないだろう。僕はいなくならないからな。変わらず、ここにいる」
     不遜な態度で、不敵な言葉に思わずたじろいだ。
     さすが神に認められなくても自己研鑽を怠らない男は違うなと自嘲する。
    「……それじゃあまるで、身ぐるみを剥がされてボロボロになってもここに帰ってきてもいいみたいな言い草だ」
    「そう言っている。まぁ君がそうするにはまだ度胸が足りないようだが。僕は変わらないとだけ覚えておくといい」
     言うだけ言って満足したらしいレイシオは下を穿けと指図した。今しがた告げられた言葉が上手く飲み込めないまま、ぼんやりとズボンを穿いてシャツのボタンも閉めると蜂蜜色の髪がドライヤーで乾かされていく。レイシオは空気を含んで艶が出た髪の毛を手ぐしで整えると、また抱えあげられた。
     すたすたと向かう先は寝室だった。昨日の情事を感じさせない、シワひとつないシーツで整えられたベッドに丁重に下ろされて、なんだと鼻白む。
    「結局やる気なんじゃないか」
     離れるレイシオの首に腕を絡めて引き寄せようとすると、指先でピンッと額を弾かれた。
    「そんな訳があるか。昨日は僕が隣に居たせいで満足に眠れなかったか」
    「今から寝ろって?」
    「そうだ。僕はまた思索に戻るからゆっくり体を休めるといい」
     レイシオの指が目の下のクマを撫でて、下まぶたをめくる。そうだ。彼は医者だった。
     色気も何もあったものじゃない。
    「こんな昼間から惰眠を貪るなんて時間の無駄だとは言わないのかい?」
    「眠気に抗って活動するほうが非効率だ」
     開け放たれた窓からそよぐ風が裸足を撫でて、足を引っ込めるように身に寄せる。
    「……そんなのは、許されないよ」
    「誰が許さないと言うんだ?」
    「誰かさ」
     幸運の神か、雇い主か、運が尽きて地を這う様を願っている誰かか。誰だっていい。まだ日の高いうちからふかふかの布団で惰眠を貪るような平和なんて、きっとこの身に許されていない。
     広くて清潔なベッドに漠然とした不安と居心地の悪さを覚えるなんて。膝を抱えて身を丸めるように縮こまらせるとレイシオが溜息を零した。
    「特定も出来ない誰かの許しがないと眠れないなんて君はおかしな奴だ。自分のことは自分で決めればいいと言いたいところだが……誰かでいいのなら僕が許そう」
     さっさと眠ってしまえ、と縮こまる体を転がして布団をかける。およそ自分には似つかわしくない陽だまりの匂いがした。
    「君は今、僕のお陰で清潔に保たれているからきっと良い眠りにつけるだろう」
     そう言って、レイシオが背を向ける。部屋を出て行ってしまう。途端にからからになった喉が、待ってと言いたい声を塞ぐ。
     傷付けたくないからと遠ざけるくせに、置いていかれたくない。さみしい。ひとりにしないで。けれど手を伸ばすのはあまりにも恐ろしい。
     それでも手を伸ばせば、この優しい男は受け入れてくれる。
     慌てて体を起こしてみっともなくてもその背中に追い縋った。ベッドの端から落ちそうになりながらも何とか指先がシャツの裾を掴んで間に合った。
    「どうした?」
    「……違うんだ。君が居たから眠れなかったんじゃない……広い場所にひとりなのが苦手なんだ」
     銀河でたったひとりきりなのだと自覚させられるようで。あたたかいものに包まれれば、いつか失くしてしまうのにとどこかで誰かが嘲笑っているようで恐ろしい。
     それでもいなくならないと言った言葉に、変わらないと言った彼に縋りたい。傍に居ることを許されたい。
    「……お願いだレイシオ、一緒に眠ってくれ。君に抱きしめられたい」
     声が震えるのを上手く取り繕えなかった。
     けれどそれを揶揄されることもなく、嬉しそうな声がする。
    「ようやく素直になったな」
     震える指を優しく握られて布団に逆戻り。けれど今度はレイシオが隣に入ってきた。ベッドが沈み込んで、自分以外の存在を感じる。
     レイシオの挙動をじっと見つめていると、彼が腕で布団を押し上げて隙間を作った。来いと無言で呼ばれている。てっきり抱き上げられる時のように強引にされると思ったのに。
     おろおろと手を彷徨わせながら体を寄せる。すると布団が体に降りてきて背中に大きな手のひらが触れた。
    「腕枕もご希望か?」
    「う、うん」
     戸惑いながら答えれば言下に腕が伸びてきて頭を持ち上げる。他人の体温がすぐ傍にある。それでも何だか、遠い。
     原因に気付いて、丸めていた体を恐る恐る開いていく。そうすればすぐに引き締まった脚が絡んで、ぐっと体が近付いた。
     とくとくと落ち着いた鼓動が伝わってくる。
     畳んでいた腕をそろりと伸ばしてみるが背中にまで回し切れそうになかった。けれどレイシオの体の上に乗せて、服を握る。
     息を吸い込めば同じ匂いがした。何度か呼吸しているうちにうつら、と瞼が重くなる。
     震えはもうなくなった。
    「おやすみ、――」
     やわらかい日差しのようなあたたかな声が呼ぶ名前が魔法の言葉のように体に響き渡る。たったそれだけのことで喜ぶちっぽけな体をレイシオはぽんぽんとあやした。
     次に目を開いた時、ちゃんと隣に居るのだと包み込む熱が教えてくれる。そのことに安心すると穏やかな一日がほんの少しだけ怖くはなくなって、眠気に身を任せて目を閉じられた。
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