おはよう。監督生氏 【イデ監】 あれだけ騒がしく声を掛けてきた監督生氏はあの日を境にピタリと止んだ。
「良かったじゃないですか、イデアさん。貴方の望んだ平穏でしょうに」
近くで監督生氏の声が聞こえるとタブレットを止めてしまう癖がついた。
「監督生さんは声が大きいですからねぇ……」
監督生氏の声が聞けずに終わるとなんだかやる気が出ない。
「それは……いえ。そんな言い訳で寮長会議をタブレット出席……なんて言い訳、あの人達に通用しませんからね?」
「そりゃそうだし、言うわけなくない?あんな訳分からん1年の声が耳に付いたとか……いや、知らんしってなるでしょ」
ボードゲーム部で駄べりながらチェスの駒を動かす。あれから1週間程経ち、拙者に日常が戻った。
「僕はならないと?」
「拙者の事笑ったから徹底的に愚痴を聞かせてやろうと思って」
「そうですか……」
ため息を吐くアズール氏は駒を進め、ターンが回りさっさと置く。
「本当、イラつかせますね」
「フヒヒ、ほらほらアズール氏。長考しやすい様に置いてあげましたぞ」
「慈悲深い僕が親切に教えてあげようと思いましたが止めです」
指でメガネを押さえる仕草がもう胡散臭い後輩は弱みを得たと言わんばかりの顔をする
「え〜何の話?」
「その貴方が抱えているモヤモヤですよ」
ニヤリと笑うアズール氏に、肘をついて面白味がない。といった顔を全面に出す。
「あー。恋とか言うバグだって言う気でしょ?知ってる。オルトにも言われたもん、それ」
監督生を目で追ってしまうとベッドに突っ伏しながらオルトに相談した所。
「監督生さんの事を考えている時の兄さん、心拍数上昇、瞳孔の開き具合を考えると恋だと思うよ!」
なんて結果を出して来た。
「恋なんてナンセンス!度重なる厄介事を起こしてくれる監督生氏がこっちにまた来るんじゃないかってヒヤヒヤしてるだけですし、監督生氏に気を使いすぎて疲れてるだけですし?」
「はいはい。もうそれでいいですよ。僕に関係ないので」
ちゃんと分かっているのか。と不服だが、置かれた駒の位置でこの雑談が終わりを告げる。
「この不具合は疲労ゆえ、OK?」
「そーですか。……せっかく後輩からの親切を無下にするなんて……」
「親切ってそこからモスラに連行でしょうに……ふくれっ面しても相談も、もう1戦もしませんぞ。今日は終わりです」
にしてもまさかアズール氏にも同じ事を言われるなんて……この世界は本当に愛だ恋だと大好きですなぁ。
何だか気疲れをしたと、足を引きづるように日暮れの鏡舎へと向かった。
夜が更け、冷たい風が吹く中、部屋着に体操着のジャージを来てふらりと外へ出る。
何となく寝たくない気分だった。
何となく寮に居たくない気分だった。
……異質な自分を認識したくない気分だった。
キックボクシングを中学まで習っていて、高校からは部活必須だからと、脚を使う部活があればいいな。なんて思っていて、もし遠かったら一人暮らしとか?寮のある学校が良いんじゃないか、一人暮らし用の家具とか必要かな?高校生になるんだからちゃんとしないとねって。
気が付いたら此処に居た。
お母さんもお父さんも友達もいない世界。
それでも気を取り直してやってきた。友達も出来た。先輩も勉強を教えてくれる。ちゃんと挨拶をして、ちゃんと授業を受けて、ちゃんと、ちゃんと。
「ちゃんと、ここの生徒になれてるかなぁ」
夜が好きになった。どんな人間でも受け入れてくれている気がする。異世界人だろうと、魔力無しだろうと、女だろうと。
そう、発光していようと……
「ん??」
購買の方を見ると神々しい髪と麗しい横顔。
「綺麗……」
獣人に人魚に角の生えた種族と見てきたけど、少し此処に飛ばされて良かったかも……なんて思ってしまう。
「あの……」
「ヒィ!?な、なななに!?」
居ても立ってもいられずに声を掛けるとその大きな身体を跳ねさせ一気に距離を取られる。
「あ、こんばんわ……」
「嗚呼監督生……なん……そも……」
「?」
運よく此方を知っているようで自身を表す名が聞こえたが、それ以降が小さ過ぎて聞こえなかった。
「すみません、こんな夜更けに」
「それはそう……な、なんで呼び止められたの……てか音量下げられるんじゃん君」
その言葉に初めて会ったこの人にも聞こえる程の声なのかと今更ながらに恥ずかしくなる。
「いやぁアハハ、やっぱりうるさいですよね。早く馴染まないとって思いで、誰だろうと挨拶してやる!って勢いだけで挨拶してたらちょっと前に挨拶が嫌いだって人……ひと?に会いまして」
その話をし始めると、頑なに合わなかった視線があい、月のような目が自分を射抜く。
長話になると思ったのか、近くの椅子に座って荷物を私との間になるように置いた。
座る直前、中身を見たら駄菓子がミッチリと入っていて、何だか口の中が甘くなった気がする。
「えっと……タブレットだったんですけどね?最初授業道具が浮いて移動してくれるのかと思って、あー!これぞ魔法学校!って思ったんですよ」
「フッ……君の魔法学校への偏見なんなの?自動追尾機能……確かに欲しいですな。変な教師についでとばかりに手伝わされなくて済む」
「ですよね!先生も楽になるし良い案だと思うんですけど……あ、そのタブレットが先輩で!」
「毎日挨拶してたら嫌われた……と」
知っているかのように続きを言われ目を見開いて神々しい彼を見る。
「凄いですね!やっぱり妖精は何か能力でもあるんですか?」
「は?妖精?」
麗人が眉間に皺を寄せると怖さが1000倍する事を知った、
「え、だって」
その髪。と夜空に浮かぶ青い炎を見ると下がった口角からギラリとした歯が覗いた。
「あーはいはい。これね、これでもニンゲン。妖精族に言わない方がいいよ。あんな呪われた不気味なもの妖精な訳が無い!って言われるから。異世界は妖精も居ないの?こんなのと見分けがつかないとなんて……」
空のような輝く髪がうねり、月のような目が諦めを写し、白すぎて青くなった唇から深い溜息が出る。
「こ、こんなのじゃないです!」
よく分からないけど此処で流しては行けないって思い、ベンチから立ち上がり踏み堪える。
「ぼ、僕にはその髪が綺麗に見えるし、夜空に消える火花が美しいって思う。そ、それに落ち込んでいた今、その髪が見られただけで此処に来てよかったって思いました!」
「綺麗って……大袈裟じゃないの?物珍しものが見られたってだけ。でしょ?」
「そ……うかもしれません」
ほら、やっぱり。小さいながらも今回は聞こえた声。
「でも!今の思いは無かったことにしたくありません。どれだけ異質だって言われてもその髪を思い出していたいんです」
感情の文章化、先生に鍛えておけって言われたけど全然上手くなれる気がしない……何を言ったのかも分からない。落ち込み、下を向く。
……と、目の前が明るくなった気がしてゆっくりと前を、彼を見た。
轟々と青い炎が燃え広がりパチパチと火の粉が舞い踊る。
昔のキャンプファイヤーを思い出す、うだうだと文句を言っていたけど、やっぱりやって良かったのかも。こうして異世界で思い出せるのだから。
「ッ!み、見ないで!」
「あ、はい!」
バッと下を向く。でも、もう脳裏に焼き付いてしまった。今後、燃える炎を見れば蒼炎を思い出すんだろうな。今日のキャンプファイヤーの様に。
光が小さくなり、良いよ。という声で見ると、髪はフードの中に隠されてしまった。
「なんでそんな残念そうな顔をするの?」
「だって……綺麗だったから」
落ち込みながらもベンチへ戻る。そんな言葉昨今のギャルゲーでも稀ですぞ。とか聞こえた気がするけどなんの事だか分からない。向こうで友人になりたかった朝倉さんなら分かったんだろうか。
「お、落ち込むとか、君に無縁だと思ってた」
「落ち込みますよ。でも落ち込んで、座り込んだら立てなくなっちゃうんで。足腰には自信がありますから。きっと大丈夫。ちゃんとやれます」
膝に置いた手が震えていたなんて気にしている余裕は無いんだ。
紙袋が鳴り、目の前にコーンパフスナック菓子……美味しい棒が差し出される。
「きっと……とか、ちゃんと……とか。別にそこまで気負わなくて良い……1年が出来る程度なんてたかが知れてますし?」
少しトゲのある言葉にムッとする。確かに上級生からしたら1年なんて……
「だから、さ。君には頼れるオトモダチがいるでしょ。頼りなよ」
「……貴方には頼っちゃダメですか?」
「えっ、なん、で?」
「夜。たまにエース達にも会いたくない日があるんです」
手の中で駄菓子を回す。粉々になっちゃったらどうしようかな?なんて益にもならない事を考えながら。
「……さっき。異質って言ってたよ……ね」
「?ええ。まぁ」
朝におはようと言った相手から放たれる暴言。悔しいのか、悲しいのか分からない。
「じ、じゃあ、異質同士。此処で」
そうゆうと荷物を抱えていそいそと逃げる様に去っていった。
「じゃあ、異質同士……」
1人っきりのベンチでゆっくり、ゆっくりと駄菓子を食べた。
翌日、エースと会う前にタブレット……イデア先輩と出会った。
「お、」
「お?」
「おは……ざっス。監督生氏」
「おは……よう。ございます……イデア先輩」
余りの出会いに戸惑いが隠せないでいると。
「や、やっぱり陰キャが陽キャにおはよう(。 ・`ω・´) キランだなんてキモかったんだ!で、でも挨拶をやりだしたのは監督生氏からですし?拙者はそれの続きをしたまでですし?拙者悪くないよね?」
「嫌い……何じゃないんですか?」
フォローも何もかもを忘れ、思ったことが口から出た。
「……別に、大声が目立って嫌だっただけで……挨拶が、嫌だって訳じゃなかった……というか、……はい」
その言葉に最近の落ち込みがすっぽ抜けた。
「はい!おはようございます!イデア先輩!!!!」
「だから!声量!」
イデア先輩も自分に負けず劣らずといった声を出し、まるでタブレットに表情があるかのように慌てふためいていた。