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    おわらん 不意に懐かしい声が聞こえた気がして振り返った。だけれども視線の先には誰もいなくて、夜の暗がりの中街灯が寂しげに道路を照らしている。遠くには欠けた月が見えた。そういえば今日は新月から三日目であったかと、ぼんやりと思い出す。それから鷹揚な笑い声が連想されて、一つため息をついた。
     視線を戻すと、目の前には車も人もいない、ただ街灯に照らされた暗い道路が広がっている。空を仰げばうっすらと星が見えて、また先ほど見た三日月も見えた。いつかの日に彼と庭で三日月を眺めたことがある。新月から三日目の月だから三日月なのだと、彼は笑っていた。私はそれを知らなかったから、素直に感心した。じゃあいつも縁側でお茶を飲んでいるあの刀の刀身には、あの月と同じ柄が浮かんでいるのかと言えば、彼は笑って頷いた。そんな私のつまらない会話にも笑顔で答えてくれる、優しい刀であった。
     そこまで考えて、過去を恋しがっている自分に気がついて嫌気が差す。もう彼の声を聞くことも、顔を合わせることもできやしないというのに、なんと未練がましいのだろう。彼への思いを断ち切れない自分自身にどうにも呆れてしまって、またため息をついた。



     私は審神者であった。高校二年生の春にやった健康診断で審神者の才が発覚したようで、その年の六月に徴用された。前日の大雨が嘘のように晴れた日で、水たまりが太陽の光を反射して眩しかったことをよく覚えている。
     もう一人別のクラスで徴用された人がいたらしく、その人は最後の登校日に寄せ書きの色紙や送別会なんかをして盛大に送り出されていたらしい。私に対しては、そういったものは特になかった。ただ担任になった先生に「これから頑張ってね」と言われたくらいで、クラスメイトから何か話しかけられるようなことは何もなかった。
     そのことをもう一人の徴用された人に言ったら悲しくないのかだとか、寂しくないのかだとか言われたけど、特に何の感情も湧いては来なかった。友達はおろか、たまに話す人すらいなかったのだ。そんな私を彼は憐れむような目で見ていた。その視線がどうにも鬱陶しくて、言わなければよかったと後悔した。
     次の日に家まで時の政府の役人が迎えにきた。普通の軽自動車であった。運転席から降りてきた役人の男は、助手席側の扉を開いてくれたのだけれど、なんとなく嫌たったのでそれを断って後部座席に乗り込んだ。彼は特に何をいうこともなく運転席に戻っていった。
     役人は無口な性格らしく、しばらく無言の空間が続いていた。私は特に気にすることもなく、ぼうっと窓から見える外の景色を眺めていた。
     審神者になると『本丸』という場所からなかなか出てくることができなくなるのだと、以前私の家にやってきて審神者の職務について説明してくれた役人は言っていた。なんでも敵対する『歴史修正主義者』たちは、歴史を改編すると同時に審神者にも攻撃を仕掛けてくるらしい。何ともご苦労なことである。まあでも、考えてみれば至極真っ当な行動だ。自分がやりたいことを邪魔してくる人がいる。だから自分がやりたいことと並行してその邪魔者を排除する。当たり前の思考で結論だ。まあ、実行するかどうかに関してはその人次第であるけれど。
     それで何故本丸からなかなか出られなくなるのかと言えば、本丸が審神者にとって一番安全な場所であるからと、そういうことらしい。
     理由は二つ。一つ目は本丸に強固な守りが施されているからだそう。政府直属の術者が、複雑な結界だが何だかを張り巡らせているのだという。それを聞いて私は本丸は一つしかなくて、複数の審神者と共同生活をしなければならないのかと先行きを呪ったのだけれど、本丸は各審神者に一つずつ与えられるものなのだという。その本丸の一つ一つに、術者が丹精込めて結界を張ってくれるらしい。とんでもない高待遇である。時間も労力も金もかかるであろうに。そう問えば一般の兵役とは違い審神者は素質がなければ就くことはできないので、替えが効かない存在なのだという。だから昔とは違い、一人一人ストレスなくのびのびと真面目に丁寧に職務を全うしてもらえるよう、丁重に扱うようにしているらしい。まあ確かに今は産めよ増やせよの時代ではないから理にかなっているのかもしれないけれど、それを堂々と言うのは倫理的にどうなのだろうか。怒る人もいるのではないのかと聞けば、過去のことを反省してないのかと怒る人もいますねとあっけらかんとして答えていた。だけれども反省しているからこの待遇がはじめから実現しているんですよとも言っていた。なるほどなぁと思った。
     それから二つ目は、実際に過去に向かって歴史修正主義者たちと戦っている刀の付喪神たちが住まう場所であるから、例え本丸を襲撃されたとしても迎撃ができるからだそうだ。それを聞いてまた固まった。本丸に一人で暮らすんじゃあないのか。勝手にそう思っていたけれど実際は違ったらしく、人の形をした刀の神様だか妖怪たちと生活を共にするらしい。ちなみに彼らは部下のような立ち位置になるという。つい先日まで偏差値がそこまで高くない高校に通っていた一般人に任せていいものなのかと思ったけれど、審神者というものはそういうものであるらしい。せめて刀の付喪神たちが男神ではなく女神であることを願うばかりだ。流石に男ばかりの中で一人過ごすのはなかなかにキツいものがある。
     窓の外にわたしが好きな和菓子屋の看板が見えた。本丸は別の次元にあって、こちらの世界のことを『現世』というらしいけれど、現世は守りが薄いのでなかなか規制する許可が出ないそうだ。歴史修正主義者の狙いは歴史の改変と審神者だから、審神者以外の人間を狙うことはないらしい。だから特に結界を貼ったりだとか、パトロールをしたりだとか、そういうことはしていないのだそうだ。なのでもうあの和菓子屋の豆大福はしばらく食べることができないだろう。それが少しばかり残念であった。
     あくびがひとつ漏れる。まだ時間がかかるのだろうか。そう思っていると運転席に座る役人がルームミラー越しに私をチラリと見て「まだ時間がかかるので眠いようでしたら眠っていただいても大丈夫ですよ」と淡々とした口調で言った。
     とはいえ流石に初対面の人が運転している中で眠る気にもなれず「いえ…」とだけ返して、また視線を外に戻した。役人も「そうですか」というだけであった。
     再度車内を沈黙が支配する。一度会話が生まれてしまうと、その後の無言がなんとなく気まずく感じられるのは私だけであろうか。変わりゆく窓の外の景色を眺めながら、ようやく口にした言葉は「政府のお迎えの車って、なんかワンボックスカーだとかじゃあないんですね」だった。
    「ワンボックスカー?」
    「あ、なんか社会人の仕事用の車って、ワンボックスカーのイメージがあったので…」
     少なくとも、派手な赤色をした軽自動車の社用車など想像したことがなかった。
    「ああ、ハイエースとか。現場系の人とかだと後ろに仕事用の機材置いてたりしますよね」
     ハイエースとはなんだ。ワンボックスカーの種類なのか。何もわからないけれども聞いたところで詮無い話だとなんとなく察したので「そうなんですね」と相槌を打った。
    「まあこれ自家用車ですからね」
    「そうなんですか」
    「時の政府って、歴史修正主義者にとっては敵対組織の大元なんで審神者と同様狙われがちなんですよ」
     そうだったのか、と思うと同時に確かにそうだろうなぁという気持ちが湧いてくる。時の政府が審神者になる人間を探し出して徴用しているわけで、その大元がなくなれば審神者が増えることもない。

    なんで定期的に本部を変えたりして雲隠れしてるので、今のところ壊滅的な事態にはなったことはありませんけど。それにこうやって審神者候補を送迎したりすることがちょくちょくあるんで、


    ワゴン車だとかじゃあないんですねと言えば、風景に溶け込むために自家用車で来るんですよと説明された。どうやら
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