優しさと真実の色「カキツバタってさ、その、元々……自分より小さい子が好きなんだべか? 」
「…………はい?」
カキツバタは思わず、マメパトが豆鉄砲でも食らったような顔になる。
それもそのはずだ。この場所はリーグ部の部室。会議用スペースとして設けられた長机。いつも通り机と椅子に絶大な信頼を置き、ただのんびりと過ごしていただけなのだ。
人口の空が橙に染まる頃、リーグ部の部室は授業を終えた生徒たちで溢れかえっていた。
部屋の中央から、僅かに左角に寄せて置かれた長机。会議用に設けられたその内の一席に腰を落ち着け、カキツバタは学生たちの喧騒に耳を傾けている。
入り口の側で、寄り合っていた一年生たちが、ブルレク目的で人員を募っているらしい。入ってくる人間を威勢よく口説いている。背後にいる生徒は、別の生徒に基礎ポイントの手解きをしているようだった。砕けた言葉から、それらは後輩に対し、向けられているらしいことを悟る。
――平和だねぃ。
現チャンピオンがハルトに代わった今、スグリの圧制に淀んでいた部内は、風通しのよい南向きの部屋のように明るく澄みきっている。皆が思い思いのペースでポケモンを育て、自己研鑽に努めることができる環境になった。変化、というよりは、以前のリーグ部に戻ったという方が近い。
変わったことといえば、留学生のハルトに代わって、カキツバタが部長を務めることになったことだ。他の四天王たちが受けていた仕事の皺寄せが己に降りかかることになった。今までの不埒な行いを考えればタロたちの判断は妥当なものだろう。ともあれ、カキツバタは再びこの環境に身をおけるのであれば構わなかった。面倒事はタロ指導の下、言われるがままに進めておけばよいのだ。
「お、スグリ~~!! 今からブルレク行かない?」
「あ、ごめん!! 今日は、やめとく」
「ハハ、謝んなよ~!! 次は付き合ってくれよな!!」
「うん!! またな……」
カキツバタはぱちりと目を開ける。聞いていて小気味の良い足音がこちらに近づいてくる。だらけた姿勢のまま、足音の主であるスグリに目を向けた。
――ほぉ。珍しいじゃねぇの。
「カキツバタ……」
「おーす!! 過去のチャンピオン様!!」
「……うるさい」
「ん~、いつもの威勢はどうしたんでぃ!? それにその髪、気合の部活スタイルじゃない日かぁ。珍しいねぃ」
「それは、その……」
カキツバタはスグリをわざと仰々しい声音をあげてからかった。
スグリの身なりは、部活用の赤いタンクトップに、体に釣り合っていないジャージを羽織った姿だ。しかし、髪を下していた。重い前髪の下で、蜜色の大きな瞳が泳いでいる。今となっては、部室でその髪型を見かけるというのは珍しい。例の林間学校後、彼は学内で行動する時は必ずと言っていいほど、髪を結った出で立ちでいる。ゼイユには髪型も、格好も、かなり不評らしい。止めないのか、と再三言われている様子を見かけるものの、それでも彼は止めることはなかった。
先程の生徒たちとのやりとりを思い返す。更に、真っ先にこちらに向かってきたということは、この弱々しい言動も、この姿も、カキツバタに原因があるらしかった。
スグリは返答をせず、立ち尽くしたままだ。心なしか、猫背気味で、おおらかさも鳴りを潜めている。
「カキツバタ……。あん、な……」
弱々しい声で呼ばれ、体を起こす。姿勢を正そうとした矢先、飛んできたのはそんな質問だった。スグリからいつもより少しばかり緊張感が漂っていたことは声の調子からして分かってはいた。が、なぜ急にそのような話題を切り出されることになったものか。皆目見当がつかない。
二人の距離が急接近したのは、ひょんなことから温い闇の中にカキツバタがスグリを引っ張りこみ、綿菓子のように淡く、粘っこい甘い関係が始まったことだった。グレーゾーンの危うい日常は、スグリの豹変を皮切りに、学園で最強の名を冠したカキツバタさえも敵わぬ、部内を巻き込んでのすったもんだの大騒動まで発展した。表だった問題の裏側で、互いに小競り合いを繰り返し、二人の関係が収まるところにおさまって、早数ヵ月。
綯交ぜになり、固く引き絞った玉糸如く己の厄介な彼への心情を紐解いてゆき、漸くここまでの関係に至った苦労はカキツバタの中で、未だに新鮮な記憶として残っている。結局、スグリが平静を取り戻したのはカキツバタの策が尽きた後だった。スグリが休学する前に、エリアゼロの探索に同行したゼイユに聞けば、ハルトが原因であったスグリの豹変は、ハルト自身が鎮めたらしい。あれだけ骨を折っても、梃子として動かなかった彼の心が、別の男の手によって動かされた。その事実は、カキツバタからすれば複雑な心境を抱く要因になったものだ。
しかし、自分の城に平和が戻った。スグリとも恋人になった。流石、我がキョーダイ。よっ、オイラの天然懐刀。天晴れ、天晴れ。
さて、カキツバタは平和に染まりきった己の頭をライモンシティのジェットコースターのように回転させる。速度はさながらリニアの如く。
彼の敏感なきらいもある。ここは慎重にならざる終えない。
――思春期真っ盛りのスグリくん、せめてオイラにヒントをおくれよ。
「ん? 急にどうしたよ」
「さ……先に!! 質問に答えてよ……!!」
「……」
カキツバタは努めて涼しい顔をして、スグリの顔色を窺う。
彼は質問してきたわりには、その返答を聞きたくはなさそうに見えた。俯いて、重い前髪で陰って顔全体はよく見えない。しかし、眉根が寄っているのだ。
カキツバタは一息をつき、部室のあちらこちらで談笑する部員たちを見回した。この会話が、痴情のもつれとして注目をさらっていないのは、周囲の大勢の人間がただの喧騒として認識しているからだ。
平坦な声で答える。
「違うねぃ」
「じゃあなんで……」
「オマエさんに手を出したかって?」
「うぅ……」
――あぁ、つい、やっちまった。
見れば、スグリの目尻にはもう涙が滲んでしまっていた。いつ見ても彼のいじらしい表情は可愛いが、部室で泣かれると厄介事になってしまう気がしてならなかった。
最悪、別れ話等に発展するとなれば、素直に心苦しい。こちらの方が泣きたくなってしまう。
カロス地方の試合で見たメガガルーラの特性の如く、のちに彼を傷つけたと知ったゼイユからも拳が飛んでくるだろう。弟から精神への特殊攻撃。姉から身体への物理攻撃。それらが連続で使えるとなれば、本家のメガガルーラも真っ青だ。特性『きょうだいあい』空恐ろしい。
「あ~、スグリ。ちょっと、ポケウォッシュに付き合え」
「へ……」
「ほら」
カキツバタは後ろ頭をかいた。
席から立ち上がり、彼の手を引く。温かく、湿っぽい。汗の滲んだ手だった。
「あ……」
構わずに、ぎゅっと掴む。喧騒の中に漏れた彼の細い声。ちらりと後方を振り返る。眉根を寄せ涙を我慢する彼の顔に、喉元が乾いたのはきっと、その痛々しさに庇護欲を感じたからだ。
「今のうちに涙、乾かしとけよ。凍って目が開かなくなっちまうぜぃ」
カキツバタはスグリを抱え、手持ちのカイリューに乗せた。飛び立つ前に、翼を羽ばたかせた風圧で乾いた砂塵が舞う。鋭く風を切って、大きく羽ばたいて、向かうのはカキツバタの支配下、新雪が残雪を覆い続ける永遠の寒山だ。
「カイリュー、ありがとなぁ。礼に一番先に洗ってやっからよ」
なるべく標高の高い氷雪に降り立ち、二人してカイリューから下りた。
「カキツバタ、俺も手伝う」
「そぉ? じゃあフライゴンをちょっくら頼むぜぃ。そいつぁは水が苦手だから、洗い流すときは慎重にな?」
「わ、分かった」
宙にボールを放る。電子音と共にフライゴンが空中に姿を現した。彼が空から雪原に降り立ち、スグリに歩み寄った。緊張した面持ちのスグリがフライゴンの若草色をした頬を撫でる。
その姿を見守りながら、カイリューを一撫ですれば彼女は嬉しそうに鳴いた。
二人でポケモンを連れて歩く。境界線や展望台として使われるブロックの上は電灯の放つ熱によって雪が少ない。ブロックに至るまで、氷雪には二人分の足跡が続いていった。
じんわりと地熱のように温かいブロックの上。二人は慣れた様子で準備を進めていた。ポータブルシャワーから水が出ることを確認してから、各々はポケモンたちに声をかけていった。
カキツバタはスグリに目をかけつつ、ポケモンたちを順々に洗っていった。スグリはポケモンたちに頻繁に声をかけながら優しく接していた。跳ねる水滴。時折起こる控えめな笑い声。やけに高らかな悲鳴。一面の雪景色に響く彼の声をBGMに、カキツバタは鼻唄を歌いながら手を動かす。あっという間に最後の一体になった。ブリジュラスを丹念に磨いていれば、スグリがジュカインを連れてこちらにやってきた。
「終わったか」
「うん!!」
カキツバタは満足げなジュカインを早々にボールに戻す。ジュカインは草タイプだ。雪は見た目通り苦手らしい。しばしば自らボールに戻りたがるので、この状態が常になっている。
「そいじゃあ、ブリジュラスの体流すの、手伝ってくれぃ」
「うん!! 俺、やってみたい!!」
スグリと共に、それぞれのシャワーを当てブリジュラスの纏った全身の泡を流す。鋼で覆われた体はまるで鏡のようにきらめいていた。
「ブリジュラスの洗いたての体……わやかっこいいべ!!」
「だろぃ。オイラのブリジュラスは一等男前だからよ」
瞳を輝かせるスグリに、カキツバタはそっと水を向けてみる。
「ところで、スグリよう。そのピカピカのボディで自分の顔、見てみ?」
「あ、えっと」
「部室の時よりは随分マシだがなぁ。何があった?」
「……」
「言えねぇなら、言えるようになるまで待つぜ」
よっこいしょ、っと声をあげ、カキツバタはブリジュラスに寄りかかる。文字通り、胸を借りる形だ。腕を伸ばし、立ち尽くしているスグリの腕を引く。スグリが声を上げる間も与えず、すっぽりと彼の体を包む。途端に鼻をすすりだした彼は決して外気が寒かった訳ではないだろう。
――心根が優しすぎるのも考えもんだねぃ。
暫くすると、スグリはカキツバタの抱擁を抜け出して、向かい合うように座った。カキツバタの胡坐の内側に膝を抱えている。
音もなく降り積もる雪が、ただ二人の周りを覆っていた。風は穏やかだった。時おり、カキツバタの耳には、野生ポケモンたちが地を踏み鳴らす足音や、血気盛んな咆哮が届いている。
「その、小さい子が、好きなだけ……なんだったら、いつかカキツバタは俺のことを好きじゃなくなるのかなって思っただけ」
「オイラが一方的にか?」
「うん」
「あー、それはないねぃ」
はっとスグリが顔をあげ、相好を崩した。かと思えば、また不安げな顔な顔つきに変わった。
「ど、どうしてそう言い切れる?」
「幼い子が好きなんじゃあない。スグリのことが好きだから」
「……」
「オマエさんは分かってないだろうが、オイラはスグリのこと、可愛いと思ってるぜ」
「だからそれが……」
「何か、勘違いしてねぇか」
「へ?」
スグリは長い前髪の奥のまん丸の瞳を見開いた。
「幼さからくる、あーいたいけっつーの? そこじゃなくてよー」
暫く逡巡したのち、カキツバタは頭に浮かんだ言葉を精査せずに紡いでいった。
「オマエさんの、仮面の少ない表情も、覚束ない足で懸命に努力する行動力も、心の奥底のどろりとした何よりも強い白色の信念も。何一つオイラに似よらないとこ。オイラ、そんなスグリの素直で純粋な可愛さに惚れてんだ」
彼の瞳に映る自分が滑稽に見え、カキツバタは目線を外す。よく分からないことを言っていることは重々承知している。しかし、今はそんな気持ちだったのだ。
「……ちょっと前。みたいに、おれ、ずっと、ずっと。そうじゃないかも、よ」
「そんなの当たり前だ。人間なんざ、誰しも完成品じゃあねえんだ。製法は同じでもよ、作り手が違ったら、そらぁ、ねじのひとつやふたつなんてもんじゃない。半分以上付いてない人間もいるさ。だから気づいたら、嵌め直すのさ。他人の手で、自分自身の手で」
「……」
「それはそれで、魅力にも欠点にもなるからオイラは好きだぜぃ。オイラ、今後もそうやって変わっていく新しいスグリとも、会いてぇなぁ。あ~、だからといってもう暴君になるのは、勘弁してくれぃ」
スグリの形のよい頭を撫でる。彼の体が小刻みに震えている。もう、寒さ故なのか、心情の揺らぎ故なのか。カキツバタには分からなかった。
「それって、さ。ずっと一緒に居てくれるってこと?」
「まぁー、今はそうなるなぁ」
「……」
「それとだ!! 可愛いは何も、外見だけの言葉じゃねぇってこと!! 理解しな」
「カキ、ツバタ……」
ぎゅっ、と抱きついてきた彼を抱き返す。オマエ、可愛さを外見だけで考えてたらタロに説教されっぞ。カキツバタは思わず心の中でごちる。
「ふー。オイラ、もう無理。頭わりぃーからそれ以外の言葉が思いつかねーけどよ」
ブリジュラスがスグリの温かい重みと己の全身を支えていた。びくともしない彼の頑丈さに心から感謝した。
「あの、さ」
「んー?」
「ありがと。もう十分、嬉しい」
スグリに、カキツバタは強く強く抱きしめられる。
「……カキツバタには珍しく、真摯な回答でびっくりしたべ」
「ほーんと、元チャンピオンは失敬なお人だねぇ」
「わやじゃ!? その呼び方やめろって言ってる!!」
「はは、ハハ。……オマエさん。ウソだろ。まだそんなことで怒んのかよ?」
――あぁ、いつも通り。
そんなやりとりに、カキツバタは笑いが止まらなかった。涙が出るほど笑っていたら更に頬を膨らませたスグリから批判の声があがる。
白い息を不規則に吐き出す。喉元が乾いて痛いほどだった。
「ヒー。まぁ、この先、オイラたちが別れる理由なんざぁ、いくらでもあるがねぃ」
半分笑いながら、言葉を続ける。機嫌を損ねたと思っていたが、スグリは素直に耳を傾けてくれるらしい。先を促すような不可思議な顔をしている。
息を整えたカキツバタは白い息を吐きながら、ゆっくり言葉を紡いだ。
「でもよぉ、オイラさぁ、今回のスグリの心配は問題にならねぇと思うんだよねぃ」
流れるような動作でスグリの前髪を分け、その奥にキスを落とした。
「互いによ、一緒にいる為の努力ができるか、だなぁ」
「…………俺とカキツバタが?」
「そうさ。オマエさんはゼイユと仲がいいからねぃ。……その、なんだぁ。…………家族だってよ、一緒に居るのが難しいってのに、他人同士が愛し合うのならもっと努力が必要なんだよ。さっき話したが、変化を許容しあえるか。許せねぇなら、とことん言い合えるか」
ブリジュラスから背を離し、カキツバタはスグリを強く抱きしめる。
目には見えないだけだ。カキツバタは思う。一族に対しても、妹弟子に対しても、祖父に対してだって。変化を嫌う伝統を重んじる彼らには、言い出せずに、街の路肩に、自分の部屋の隅に、夢の中でさえ、吐き出しては、散っていった言葉にならなかった想いが沢山ある。それでも、そんな過去の想い等、彼を目の前にすれば不思議と感傷的に疼く心も安らいでいった。
「なぁ、スグリはよぉ。オイラのどこに惚れたんだい? 候補が多すぎてわかんねぇ、から教えてくれ?」
「……カキツバタのそういうとこ、好きじゃないべ」
「かー!! 言ってくれるじゃないの」
カキツバタは体を離しつつ、スグリの肩を叩いた。
「あ、でも……でもな!! たまにこうやって本気の、くどいほどの優しさ……感じたとき。よくわっかんねぇ、けど、堪らなく好きだなって思うときがあんだ!!」
ほんと、ずるっ子なくらい、そう言って彼は笑った。優しい瞳の含み笑いだった。目線の先に居るものが、あぁ、自分は彼に愛されているんだ、と自認し、更には自惚れられるくらいの大きな慈しみが伝わってくる。
スグリの言葉の意味も分かる。胸が熱くなるときがあるんだろう。きっと鐘を打つ棒のように、胸を打つ原因が必ずあるはずだ。スグリの趣向や、カキツバタの好ましい所。もしくはまだ、幼さゆえ、彼がそれらの感情を表す言葉を学んでいないだけかもしれない。
頭が霞むほどの愛情にぼんやりしていれば、スグリはカキツバタの両手を取り上げた。自身の頬を包み込む。スグリの外気に晒され、ひんやりとしていた。
ほんの数秒。押し当てた手のひらの熱がスグリに移る。スグリのツヤを帯びたマシュマロのような頬が、段々と熱を帯びてくる感覚をカキツバタは好ましく思った。
「あとは、やっぱポケモンバトルが強いところ、とか」
「……うおっほん!! そーかい、そーかい!! 元チャンピオン様はオイラのことが大好きなんだねぃ!!」
「わざわざ、そんな大きな声で、い、言わなくていい!! 」
リンゴのように赤く染まった頬を弄ぶ。
――オイラ、頬が引きつって戻らねぇなぁ。
「……スグリ、目ぇ閉じな」
「ん」
まるで日の光を閉じ込めたガラス玉のように、煌めく瞳を覗き込む。
彼がゆっくり睫を震わせつつ、口を噤んだことを認めて、ゆっくりと口づけた。
触れるだけのキスだ。
何度も行ってきた。
ただカキツバタは、彼に安らぎを与えたくて、キスに挑んだのは初めてのことだった。
ほんの数秒。目蓋の裏側の世界で柔らかい唇を食んだ。弾むような抵抗のない柔らかな感触。
――あぁ、もう大丈夫だ。
スグリの緊張もほどけていったらしいことを悟る。
瞳を開ければ、眩しい程の白の存在に目が焼けそうになる。
「わやじゃ……」
ぼんやりと、顔を覆ったスグリは一等大きな声を出した。
「カキツバタも、俺のこと、大好きなんだな……!!」
「へっへっへ。スグリにちゃんと伝わってオイラも、嬉しくなっちまったねぃ」
「……うぅ~。頬が緩んじまって、締まらね」
「笑わねぇからよ。外してみな」
「……だ、ダメ!!」
「しょーがないねぃ。顔、隠してやっから、こっち来い」
腕を引いて体を包む。スグリが大きなくしゃみをしてクマシュン化するまで、白い世界で二人して抱き合っていた。
「さー、スクエアにアカマツも呼んだし、帰りに学食寄って飯でも食おうぜ」
帰る前に、アカマツに連絡をしておいた。彼の暑苦しい程のブーバーンに冷え切った体を暖めて貰おうと思っていたのだ。
「……カキツバタ」
「なんでぃ」
道すがら、カキツバタが頭の後ろで手を組みながら歩いていると、不意に服の裾が引っ張られた。
「俺、最近体の節々が痛くて」
「お、よかったじゃねぇの。次の健康診断が楽しみだねぃ」
「あ!? ……うん!! 身長、伸びるのは嬉しい!! アカマツと比べたら俺、まだまだチビだから」
「へっへっへ。そりゃあ、どんぐりの背比べじゃねぇの」
「違う!! 体つきも、腕の太さも、全然違うべ!!」
――はぁ、なるほどねぃ。
蓋を開けてみれば、どうとでもない。須らく人間に訪れる思春期真っ最中のスグリは、これまた須らく人間に訪れる成長期について悩んでいたのだ。成長率なんざ、人にどうこうできるものでもない。睡眠、食事、運動。一定の努力をした後は、それこそ本人の思うままになるか分からない。なるようになるしかないものだ。
だからこそ、スグリの不安の種になったとも言える。
「まぁ、成長期のスグリくんはそれで不安になっちまったのかい?」
「……うん。痛みも辛いし、大きくなったら、カキツバタが俺のこと、好きじゃなくなるんじゃないかって、不安になっちまった」
「オイラの愛を侮りすぎやしないかぃ? 元チャンピオン様はよ」
「ううう、日頃の行いだべ」
「……あーオイラにぁ、何も聞こえない、聞こえないねぃ」
「そういうとこだべ」
「まぁまぁ……スグリよお。また痛みで不安になったら、オイラを呼びな。痛みは消してやれねぇが、不安なら取り除いてやれるだろうからよ」
「……うん!!」
手を伸ばせば、スグリが手をとる。
大丈夫。熱と安心を分け与えるように、二人はゆっくりとスクエアに向けて、歩を進めていった。