消え失せろ ただの影だと思うには、その男の輪郭が鮮明に過ぎた。
今年は残暑が長かった。そのせいか、間もなく秋を迎えようとする空には、黄昏れる時機を逃したかのように水色と黄色のグラデーションが広がっている。
「一分一秒でも長く練習したいってーのによ、消防の点検ってなんだよ。そんなの昼間の授業中にやっとけってんだ」
「体育の時間があるからそうもいかないんじゃない?」
「なら授業のコマ変更すりゃいいだろ。何のための日直と黒板だよ」
原付バイクを押す水戸の隣には、部活ができずぶさくさと文句を言い続ける三井がいる。
三井の言う通り、職員室入口の壁には時間割の変更や担当教員の変更が書かれる黒板があり、前日あるいは当日朝の段階でクラス別に変更内容が記入される。
消防設備の点検となれば、おそらく何日も前から決まっているものだ。体育館で行われる授業も別教科に変更し、後日補えばいい。
どういった経緯で放課後に体育館の消防設備の点検が行われることになったのか、水戸にとってはどうでもいいことだった。
大事なのは今――日没を前に恋人と下校する。
高校生にとってありふれた日常の一コマだ。しかし水戸が夢中になっている三井寿は、恋人である水戸に夢中になりながらも別のことにも夢中になっている。三井寿に近しい者なら誰でも知っている――燻る灯火だったものが苛烈なまでに焼き尽くす焔と化した――バスケットボール。
水戸は、自暴自棄を体現した三井が体育館に現れた日のことをよく覚えている。親友が得たばかりの居場所を自分勝手な理由で壊そうとした男。
拳を奮う理由として十分だった。奪われる前に壊し尽くしてしまえ――水戸は躊躇うことなく三井を殴った。
ぐちゃぐちゃのみっともない顔で、三井寿という男はバスケットボールを通した自己実現を掴もうとした。