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    Hibiki4110

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    Hibiki4110

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    年越しイベントの為の快新話短編集、第二弾はキッドとスペイド。
    剣と魔法が普通にある世界、魔術師であるキッドとその国の王子であるスペイドの物語。
    お互い想いはあるものの、まだそれを明確に伝えてはいません。キッド目線。
    僅かですが、弟王子にコナンが登場します。

    #快新,Kスペ,キッド,スペイド
    kaishin,K-speed,Kid,Spade

    魔術師キッドと王子スペイド 告白 12月24日、クリスマスイブの舞踏会はもう今夜。
     近隣の貴族達が王城にこぞって集まり、聖なる夜を皆で舞祝う。
     それは間もなく訪れる年越しの行事にも少しだけ繋がるもの。つつがなく一年を終えることを喜び新たな年の平和を国王と共に祈る為の舞踏会でもあるからだ。
     特に今年は前々から小競り合いを起こしていた隣国との争いが激しくなり、結局あともう一歩で全面戦争に突入というところで、ある奇策により一気に形勢逆転、結果和平が結ばれるに至って喜びも大きい。
     その立役者の一人である宮廷魔術師のキッドは、王城謁見室にて王の御前に在りながら嫌な予感しかしていなかった。


     オレはこの国の宮廷魔術師キッド、実は真の名は違うのだがこの名の方が今は巷に知れ渡っている。その理由は先の騒動で国を救った英雄の一人だからだ。
     普通このような時に王に呼ばれれば、褒美かせめていたわりか賛辞を期待したいところだが、褒美はオレの都合で保留にしてあるから一応除外、他のことに関してはもう一人の立役者がこの場に居ないという事実を知った瞬間に、ないなと結論づけた。
     というよりも、王とその息子であるコナン王子しか居ないこの部屋に招かれた時点で、多分十中八九そのもう一人である彼、スペイド王子の件なんだろうなと予想はしている。
    「キッドよ、すまないがスペイドを見つけてくれないかね」
     予想的中。ほらな、やっぱり。あ~ぁ。
     心中溜息が駄々洩れだったが、穏やかに笑う王の心中を察すると素直に聞いておく方が賢明だろう。共感したとか哀れんだという意味じゃない、このお方は穏やかに笑っている時ほど、何を考えているか分からないという稀な存在なのだ。
     つまり、こういう時に逆らうのは自分の寿命を縮める結果になるってこと。
    「御意。確かスペイド様は今宵の舞踏会にご出席の予定だったのでは……?」
     心の声は決して表には出さず、オレはあくまでも従者の如く振る舞った。
    「いつもの如く、だ。このような時間だ、舞踏会に出席しろとはもう言わん。だがそうだな、年末には一度くらい姿をみせろと伝えてくれ」
     一度くらい…… でいいのか? とは思ったが王がそれで良いのならオレが口出すことじゃない。それにスペイドにしたってその方が良いと言うに決まってる。
    「仰せのままに。では御前を失礼致します」
    「仲良くな」
    「は?」
    「そうだキッド、兄上に僕が笑っていたと伝えてね」
    「は、ぁ」
     王の意図も測りかねたが、コナン王子のこの言葉は更にオレを混乱させた。だがにこにこと楽しそうにしているから、そう言えば何かしらの意図が伝わるのだろうと保留にする。
    「かしこまりました」
     改めて当たり障りのない返事をしておいたが、まぁ問題はないだろう。
     王も何を考えているか分からない時がよくあるが、この若干7歳の王子も侮れない人物であることはよく知っている。血の成せる業か、本当に末恐ろしい。
     心の片隅に ? を残しつつも、オレは早々に王の前から『消えた』。

     本来宮廷魔術師、それも自慢じゃないがこの国一番のと注釈がつくオレは、望めばたとえ王に対してであっても自由に発言する権利を持つ。だがそんなオレが素直に宮仕えをしているのは、一生をかけてでも仕えたいと願い誓った相手が王の御子息であったからだ。
     その王子であるスペイドは、この国最高の騎士でもある。こちらも実は真の名は違うのだが、なにせ正体を隠して前線に出てしまう行動力をお持ちの方なので仕方がない。
     その身は黒衣の騎士と呼ばれる所以となった漆黒の衣装をまとい、大抵の場合頭まですっぽりと覆うこれまた黒の仮面を被っていて、素顔を知る者は皆無という謎の騎士。だがその剣は一振りで数百人をなぎ倒し、魔物ですら切り裂く聖剣であり、担い手もそれにふさわしい剣技に優れた人物だ。
     賢く、熱く、オレすらも滅多にお目にかかることのない蒼く澄んだ瞳は、真実を見通す事の出来る素晴らしい慧眼。見ることが叶った時など、身震いが起こるほどの麗しさだ。
     白い衣装に真っ白なマントを纏ったオレは白の魔術師と呼ばれることもあり、黒衣の騎士と並べば真逆の存在などと言われることもあるが、身の内は逆だ。
     闇を纏った光の存在が彼で、輝く白を纏ったオレの身の内は結構黒い。
     今も純愛とはもう呼べぬ、どろどろとした醜い執着を見の内に隠しているのだから。
     それでもオレ達は良いコンビだと思う。その成果は先の大戦でも実証済みで、出会った当初こそ多少反発していたものの、今では親友のような関係ですらある。
     だから王もスペイドを探す時にはオレを頼る、尤もあいつが他の者に見つけられるとも思えないが。


     オレは夕闇に沈みそうな城の見晴らし台の上、人が立ち入ることが出来ない塔の張り出しに立ち、モノクルをきちんと嵌め直してから指先を擦り合わせ、静かに呪文を唱えた。
    「アン ローディン ゲルテ ヲォーゲン」 
     既に生み出した種族も絶えた古代魔法は、こんな時には都合が良い。
     そもそも何を言っているか分かるものはほぼ皆無。おかげで邪魔する者もほとんどいない。
     全くいないと言えないところが微妙だが、それでもこの国限定でいえばおそらくあと一人。その人物は滅多に自分の居城から出てこないのだから本当に都合が良い。
     指先に生まれたのは小さく燃え上がる蒼き炎。それはかの人物の瞳にも似て、使う度心に温かな笑みを呼ぶもの。それがすうっと移動を始める。
     名を呼ばなくても術が発動するほど、オレの心はかの者に支配され、囚われているらしい。
     そんなこと分かっているさ。
     オレはマントを広げると、蒼き光を追って塔からふわりと舞い降りた。

    『我が 愛しき者の 元へと いざなえ』

     それは、本来ならば決して口には出せない真実の想い。



     はぁ……。
     オレは小さく溜息をついた。
     何もこんな森の奥まで引っ込まなくても良いだろうにと愚痴の一つも零したいほどだ。
     途中、奇形狼の群れに出くわし人食い花の洗礼を受け、夢魔とも呼ばれる蝶にも出会った。元々この森は夜近づいてはいけないことになっている。
     いけないというより、国の者達は皆怖がって近づかないという方が正解だ。
     日の光が差す昼間ならばそう危険はないのだが、それでも影になる場所はある。大した理由もなく命を懸けてまで、誰がそんな場所に踏み込むものか。
     そんな場所には関わらない方が賢明だというのに、スペイドは魔獣を手なづけ、花々は何故か彼の前ではその褥を開かず、夢魔達は聖剣を恐れて近づかない。
     だからスペイドにとってこの森は格好の隠れ家であり、ここに居るだろうと皆わかっているのにつれ戻しには行けない秘密の場所でもあるのだ。
     蒼き炎が少しスピードを速めた。
     これは目標とする人物が近くにいる証拠で…… いた!
     炎は急に方向を変え天へと登ってゆく。
     見上げれば、この国の第一王子であり、功績をたてた謎の騎士であり、オレの密かな(というには随分と育ってしまったが)想い人である男の姿が見える。
     大きな木の張り出した枝にもたれるようにして、スペイドはこの夜にふさわしい満天の星空を見あげていた。
    「スペイド!こんな所でのんきに星見ですか? 探しに来る者の身にもなってください」
    「こんな所まで入り込めるのはお前くらいだろう。それに……」
    スペイドの手の上で少し輝きを増した炎は、見つけましたよと教えるようにぶわりと大きく広がりそのまま消えた。綺麗な炎だったのに、仕方がない。
     それよりも今夜は無粋な仮面が外されており、二つの蒼き双眸がこちらを見ていることに気が付いたことでオレ胸の内は高鳴った。
    「よく俺を見つけたな。キッド」
    「私の力をなめてもらっては困りますね。これでも宮廷第一と言われているんですが」
    「その割には、イザとなったら随分と臆病ではないか。このヘタレ」
    「はぁ?」
     若いのに、『ヘタレ』という言葉がここまで似合わない御仁というのも珍しい。
     えーと、これはどうやらオレに対して何か怒ってる…… のか?
     確かに意見の衝突はよくあったが、ここ最近は無かったと思う。
     そもそも最近では、惚れた弱みでオレが引く事が多いし。
     意味が分からずぐるぐるしているオレに対し、スペイドは何故かむすっとした顔を見せた。
     今夜の彼は、目まぐるしく表情が変化し、おまけに仮面が無いから良く見える。
     うん、良い事だ。
     表情に出した覚えはないのだが、スペイドは敏感にそんなオレの感情を読み取ったのだろう。むすっがむかむかに変わったようだ、これは拙い。
     するとそのむかむかな御仁はやっぱり不機嫌な声でオレを攻めだした。
    「はっ、命をかけて隣国との揉め事を首尾よく収め、一番欲しいものをようやく褒美に願い出るかと思えば保留だと? 情けなくて涙が出るわ」
     えーと、オレが褒美をもらわないから怒ってる? わけがわからん。
     いや、確かにその気持ちで頑張ったさ、頑張りましたけどね。
     一番手に入れたい人を心に思い描き、心と気持ちを奮い立たせましたとも!
     こう言っちゃなんだが、それだけ困難な作戦だったし、生きて帰れる保証もなかったし!
     ついでに言えば、そんな作戦を立てたのは貴方ですけどね? スペイド。
     まぁ、『面白い、貴方の期待に応えてみせましょう』なんて言ちゃったのはオレだけど。
     でも勝手にオレが決めて、本人の意志を無視して褒美として願い出るのもどうなんだ? とか思っちゃったら流石に二の足踏むだろ。
     そもそもスペイドは、俺の一番欲しい物がどんなものか知らないからそんなこと……
    「私への褒美なんですから、いつ頂いても貴方に関係はないでしょうに」
     少し、若干、ほんのちょっと語尾が強くなってしまった感はある。
     するとスペイドは一瞬本気で怒りを見せ、けれど何故か一気にそれが静まると、何というか寂しそうな表情を見せ、そのまま視線を逸らせてしまった。
     そんならしくない態度をスペイドが取るものだから、オレは何だか物凄くいけないことを言ったかやったかしたような後悔に苛まれてしまった。
     だが、仕方がないじゃないかとも思う。

     そう、オレの欲しいもの、それはいつだって変わらぬ彼、スペイド本人だったから。

     大体、そもそも男同士だし、将来有望な次期国王をオレに下さいとか無理だろ。
     あの時はそのくらいの気合を入れなければ立ち向かえるような状況じゃなかったから表面化していたが、そもそも自分の想いは一生表に出す気はなかったものなのだ。
     スペイドこそ何も分かってない。
     どれほど傍にいたいと願い、その願いが叶えられれば叶えられる程傍に居るだけでは物足りなくて、満足出来ずに手に入れたい欲が大きくなり、心は苦しく、自ら望んだこととはいえ心がどれ程痛むかということも。
    「ともかく早急に城へお戻りを」
    「嫌だ。それに俺は次期王位継承権を正式に辞退したから、パーティーになど出る義理は無い」
    「またそんなことを仰って、国王も心配し…… は?」
     じたいって…… 自体? 事態? そんなわけはない、え~と、まさかの辞退?
     待った、え?
     ひょっとしてそれは、次期国王にはならないって意味の言葉か?

     はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
     何で、どうして、嘘だろ、何言ってんだこいつ。
     えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、マジ?
    「真面目な顔で冗談を仰らないで頂きたいのですが」
    「はっ、流石に動揺したか? 思考が追いついていないという顔をしているぞ」
     いやいやいやいや、性質の悪い冗談か? オレをからかってるのか?
    「ふざけている場合ではありません!」
    「勿論本気だ、次の王はコナンに決まった。その為には隣国との関係をはっきりさせねばならぬと父上が言うのでな、それを成してやったというわけさ。納得だろ」
     それってつまり、隣国との関係悪化前ってことだよな。おいおいおい。嘘だろ。
     本当にこのお方ときたら……
    「それであんな無茶をしたというのですか? 一歩間違えれば命を落としたか、そうならないまでも奴らの手中に落ちて一生日の目をみられなかったかもしれないのですよ?」
    「一生をかけても叶えたい願いがあったからな。それをお前はグズグズと」
     またよく分からない展開だ。
    「お言葉ですがスペイド、どうしてそこで私の褒美が関係するんです」
    「キッド、お前頭が良い割にはへんなところ抜けてると周りに言われた事はないか?」
    「貴方に言われたくありません」
     実際は、ある。むかつくが、その通りだったりする。
     だけど恋愛ポンコツなこいつにだけは言われたくねーわ!

    「ふん、そこまで得意ではないがな、俺だって簡単な魔法くらい使えるのだぞ」
    は? 急に何を言い出すのだか。
     話の展開おかしいだろ。褒美の話はどうした? 抜けてるがどうしたって?
    「それは分かっています。特に自己防衛魔法と治癒は私が教えたんですから、相当強力な術が使えるはずですよ」
    オレはこれでも出来る従者なんでな、主の話に合わせてやるよ。我儘王子め。
    「今も、かけてあったのだ」
    「ほぉ、私がその術を破れないとでも?」
     良い根性してるじゃねーか、魔術で師匠を越えるなんて百年早いぜ。
     そういうことなら勝負してやっても良いんだぞ、とオレがスペイドに視線を合わせれば、

    「アン ローディン ゲルテ ヲォーゲン」


     え?
     情けない話だが、スペイドが呪文を唱えた瞬間、オレの思考は止まった。



     スペイドの手の中に、紫かかった青い炎が小さく灯り、真っ直ぐにオレの元へと飛んでくる。
     そしてゆっくりと広げたオレの手の中で一瞬大きく広がると、淡く揺らいで消えた。
     そう、貴方がお探しの想い人はここに居ますと言わんばかりに。

    「その術で俺を探す者だけが、俺を見つけられるよう術を練り直しこの森全体にかけた。見事に見つけだしたなキッド。いつまでもたっても行動を起こさないお前が悪いのだぞ」
    「何故…… 貴方がその術を」
     答えは分かっている気もしたが、もう動揺は隠せない。
    『魔術師キッド』の完璧なるポーカーフェイスを打ち砕くことの出来る者など貴方をおいて他にない、本当に厄介なお方だ。
    「紅い魔女に教えてもらったからな」
    「はぁぁぁぁぁ」
     やっぱり。この国に在る古代魔術を知るもう一人。紅の魔女と呼ばれる正統なる魔法使い。
     自分の居城に籠ってばかりだと思っていればいつの間に。
     あの魔女がたまに気まぐれを起こすことは知っていたが、彼女の力を借りるには確 か…… ここで重要なことに気がついた。
    「魔法の対価はどうしたんです!? 貴方が相手となれば難題をふっかけてきたでしょうに」
     あの魔女の力は確かだが、お人好しではない。一生自分に仕えろくらいの事は平気で言う。普段は隠しているとはいえ、スペイドは見目麗しい青年だ、もっと突拍子のないことだってありうる。折角両想いになれた(らしい)喜びをこのまま奪われてなるものか。
     こうなったら全面戦争も辞さないという構えだったのに、スペイドときたら。
    「俺が考えている通りなら、お前の動揺か見たことのない顔が見られる。考えが外れていたら、お前の焦った顔か困っている姿が見られる。それが対価だと魔女に言ったのだ。嘘ではあるまい?」
     オレは力が抜けそうになった。
     提案する方もする方なら、乗る方も乗る方だ。
    「それは、どちらも私が払う対価のように思えますが」
     あの魔女のことだ、退屈しのぎに丁度いいとばかりに引き受けたのだろう。
     もっと言うなら、おそらく通常の対価以上に喜び楽しんでいたに違いない。
     それとも幸福感を味わうのはオレなのだから、当然対価を払うのもオレということか。
     だがスペイドときたらあの魔女ですら手ごまに使うなんて、相変わらず無茶で無謀な奴だが究極のタラシだ。
    「構うな。どちらにせよ、お前は滅多に表に出すことのない俺の本音が分かった」
     確かに。
    「一応自覚がおありだったんですね」
    「まぁな。でも言わずともお前は分かるだろう?」
     おまけに、本当に狡いお方だ。
     そんなことを言われれば、長年傍に仕えこの方の気性も十分過ぎる程分かっている私でさえ、自分は特別の存在なのだと改めて言われたようで、隠してきた喜びが零れ出してしまいそうになる。
     それにあんな呪文、究極の告白じゃないか。
     聖なる夜に、最高の贈り物がこの手に入ったと思っても、本当に良いのだろうか。
    「で? どうだ。王子でもないただの俺には興味は湧かないか?」
    「そんなことあるわけないでしょう。ですが、私の想いは貴方が考えているよりもずっと重いと思いますよ。一度箍が外れたら、もう止められない、今なら……」
    そう、今ならまだ止められる。甘く甘美で、だが心引き裂く究極の拷問だが、今なら。
    「馬鹿者が、俺の執着をなめるな。それにお前が自分の身を顧みず敵陣に飛び込むと知っていても作戦を決行した俺の気持ちを、少しは考えてみろ。無事に戻ってきたらきっと何もかも上手くいくと、平静を装いどれ程の決意でお前を送り出したと思っているのだ」
    「それは……」
     それ程まで、オレを望んでくれていたと、それほど信じてくれていたと、二人共に在る幸せな未来を夢見てくれていたと、独りよがりではなく共に願っていたと?
     本当に、その手を取ってもいいのか?
    「情けない顔をするな。こんな俺にも褒美を寄越せと言っているのだ、堂々奪いに来いヘタレめ」
     また言われた。意外とその言葉気にいってんじゃねーの?
    「それと、こうなったからには今後はわざと他国の令嬢と二人きりにするなどという愚行は止めてもらおう」
    「へ?」
    「わかったな!」
    「勿論!」
     えーと、意味は分かるんですけどね、なぜこのタイミングでそんなこと……
    「帝王学なぞ読ませるな。謎解きも許可しろ」
    「善処、します」
    「黙ってどこかに勝手に行くな。他国に行くなら俺も一緒に行く」
    「スペイド?」
    「返事は?」
    「承知!」
     拘るというか、根にもたれてるなぁ。
     オレは苦笑した。こんな嫉妬や執着がずっと彼の中にあっただなんて。
     おそらく立場的にも言い出せず、それでも純粋な想いがあるからこそ、悔しさと腹立たしさはスペイドの中で降り積もっていたのだろう。
     自然とにやけてしまうのが止まらない。
     あのスペイドが頬染める姿を見られるとは、並べ立てる文句と注文すべてが愛おしい。
    「最後に、今まで以上に俺の傍から離れるのは許さんからな、覚悟するがいい」
    「許され望まれるのでしたら、もうどこにも行きません。勿論褥の中ででも」
    「お、おう」
     その手の話は苦手だろうに、誤魔化さず受け止めてくれるスペイドが可愛らしい。
     それにちゃんとその先も考えてくれていたのだと気がつけば感激にむせそうだ。
     成程、王の『仲良くな』もコナン王子の笑顔もこのスペイドとのことを言っていたのかと納得する。王妃もきっと快く送り出してくれたのだろうから感謝しかない。
     結局自分で言い出す前に、最高の褒美を頂いてしまったらしい。
     その気持ちには、誠意で応えなくては。
     オレは自身を浮かせてスペイドの元まで飛んで行くと、その片手を取って唇を当てる。
     そして真っ直ぐその目を見つめた。
    「愛しています。スペイド」
    「う、俺も、だ。キッド」
     ようやく素直に言えた気持ちにきちんと返される言葉。
     でもこうなるともう少しはっきりとした意思表示も聞きたくなるのが本音なのだが、ここはまぁもう少し時間をかけて……
    「とろとろにして差し上げますから。理性の箍が外れたらちゃんと言ってくださいね」
    「は? なんの話だ」
    「まずは誰にも邪魔されない二人きりの場所へ行きましょうか」
    「ここだって誰も居ないだろう」
    「おや、初めての夜を外で、なんて随分と開放的ですね」
    「え? そ、別に、俺はっ」
     こんな可愛らしい姿を、森の生き物達ましてや紅い魔女になぞ覗かれては堪らない。
     まぁ結果として協力してくれたようだから今までは我慢していたが、ここからは、な。
     軽く頬に唇を落とすと、向かう所敵なしの最強騎士は真っ赤になって口をつぐんだ。
     その隙に……
     オレは少々浮かれて舞い上がった心のまま、ようやく手に入れた恋人を抱きかかえると、大木から離れるようにふわりと舞い上がる。
    「ですが、まずは陛下に挨拶をするべきでしょうか」
    「どうせ全部お見通しなんだ。放っておけ」
     オレがふと疑問を口にすれば、随分と素っ気ない返事が返ってくる。
     気分を害したか? と思ってその顔を盗み見ればどうやらそうでもないようで……
     少し拗ねたような、照れたようなスペイドの顔と瞳をまともに見てしまった。
     治まれ鼓動、我が心の戒めよ、今こそ全力で働け!
    「これからは、その瞳をいつでも見られるとは嬉しい限りですね」
    「そんなことが嬉しいのか?」
    「勿論ですとも。自室であればいざ知らず、貴方は城の中ですらあの無粋な仮面をつけてそのお顔を晒しはしなかったではありませんか」
     これはささやかなオレからの恨み言だ。
     知らないとは言わせませんよときっちり言い放てば、一瞬びっくりしたように見開かれた瞳が急に落ち着かなく揺れる。
     ああ、本当にこの人は自分の魅力を、その威力を分かってない。
     今までこの瞳とまともに対峙していなかったことを寂しいと感じていたが、もしかしたらそれでよかったのかもしれないとさえ思える程に、オレの心は魅了されている。
    「これからは隠したりしない。だからお前も普段はモノクルを外せ。お互い様だ」
    「……!?」
     何だって? お互いを遮るものを嫌うだなんて、今までそんな素振りなどみせたことないくせに。随分と可愛らしくなったものだと思う。
     だが、もしかしたら、オレとスペイドは何もかも分かっているような気でいて、実の所何も分かっていなかったんじゃないかと思えてきた。
    「お前のものは全部寄越せ。その代わり俺のものは全部お前にやろう」
    「…… はい」
     あまりの台詞に何も言えなくなってしまったが、辛うじて返事だけは、した。
     心が幸せな気持ちで溢れて、とまらなくて、叫び出しそうだ。
     スペイドの前では恰好良く決めていたいのに、オレは……。
     ポーカーフェイス!
    「そのポーカーフェイスも、今度こそ完全に剥がしてやるからな」
    「もう黙って!」
     オレはスペイドの留まる事を知らない唇を自分のそれで塞ぎ、一気に飛んだ。

     聖なる夜を、二人の大事な夜とする為に。



     あまりの幸福感に国の外まで飛び出してしまい、その後随分と笑われる羽目になったが、それは幸せな日々の序曲だからよしとしよう。




                                    完
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    Hibiki4110

    DONE年越しイベントの為の快新話短編集、第四弾は新年時代劇(捕物帖)快新です。
    相変わらずの日常風景。新一とコナンがばっちり共存しています。
    因みにコナンは年相応の少し賢いだけの男の子です。
    他作品とは雰囲気も大分違うので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
    尚、この世界大江戸は本来の江戸とは少し違う新化を遂げた場所ということで(笑)。
    追伸 物語を本格始動するにあたり、名称等一部変更しました。
    時代劇(捕物貼)快新 新年『新年、明けましておめでとうございます!』


    時は今から遡ること三百年程前のこと、大江戸と呼ばれるこの場所にも、幾度目かの新しい年が巡ってきました。
    ここ、船宿白泉楼(びゃくせんろう)には顔馴染みの人々が集まり挨拶を交わすと、皆で持ち寄った馳走が振る舞われ、新しい年の訪れに顔を綻ばせています。
    料理が自慢のこの店は、最近では評判もよく予約なしでは入れないという人気店なのですが、暮れから新年にかけては雇人達の多くが田舎に帰り、今日は店を開けてはいません。
    所謂仲間内の宴席なのです。
    それでも何だかんだと人は集まり、四つ葉座の座頭である寺井を始め、手妻使いの快斗達座員、貸本屋と探し屋を営む新一とその新一の家に居候中のコナン。
    8196

    Hibiki4110

    DOODLE年越しイベントの為の快新話短編集、第三弾は陰陽師快新。
    時は平安、陰陽師である新一とその相棒にして式神である快斗のお話。
    過去ピクシブにて公開した話の番外編ですが、これ単独でも読めます。
    超有名な話の雰囲気エッセンスを振りかけてみたのですが、成功しているかは微妙。
    言い方等時代考証が守られていない所が多々ありますが、そこはさらりと流していただくようお願いします。
    陰陽師快新 大祓いの夜「こんなところで油売ってていいのかよ。今夜は大祓いの儀式、お前の笛の出番じゃねーか」
     咎めているというより、呆れているといった調子で新一が問う。
    「笛を吹くのは良いんだけど、窮屈な上に、やれよい姫がどこそこにいるだの、一度屋敷を尋ねてこないかだのと、うるさくて面倒なんだよな」
     気が乗らない、という気持ちを前面に押し出した快斗がそう答えた。

     年末。
     各屋敷では新たな年を迎えるべく準備に忙しい季節である。
     新年を迎えるにあたり、今年の穢れを持ち越さんと皆煤を払い磨き上げ飾りつけ、またここぞとばかりに着物を新調してみたり、溜まったつけを払ったりと忙しない。
     だが一応掃除だけは終えたらしいこの屋敷といえば、何とも静かなもので、門の付近にそっと置かれたお飾りを除けばほとんどいつもと変わらない様子である。
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    Hibiki4110

    DOODLE年越しイベントの為の快新話短編集、第一弾は怪盗と小学生探偵を終えた後の、少し大人になった二人のその後。想い繋がり恋人同士の二人です。
    Magician快斗と探偵新一のある日の日常編です、血なまぐさい事件は起こりません。
    大人快新 密着! 黒羽快斗の美味しい生活 うるさい程ではないものの、人のざわめきと気配を感じ、工藤 新一は目を覚ました。
    狭いとは決して言えない工藤邸の階下から聞こえるそれらを受け、珍しく今朝は早くから来客らしいと判断。探偵業を営む新一の元にはそれこそ急を要する客が訪れることもあるのだが、今回はどうやらそのての客でもないようだ。
     一人では広すぎるベッドから起き上がり、恋人という名の同居人黒羽 快斗の定位置である隣を見れば既に居ない。その場所を手で撫でてみればすっかり冷えていて、だいぶ前から起きだしていたのだろうと分かる。
     うーんと腕を伸ばし体をほぐしてから、新一は取りあえず着替えるかとまだ未練の残る優しく暖かな場所を後にした。

     すっかりマジシャンとして名の売れた快斗は、今では一年の半分以上を海外で過ごしている。最初の拠点となったアメリカの古い町並みが残る小さな町を始め、今ではベガスやパリからもお呼びがかかる人気者だ。
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