陰陽師快新 大祓いの夜「こんなところで油売ってていいのかよ。今夜は大祓いの儀式、お前の笛の出番じゃねーか」
咎めているというより、呆れているといった調子で新一が問う。
「笛を吹くのは良いんだけど、窮屈な上に、やれよい姫がどこそこにいるだの、一度屋敷を尋ねてこないかだのと、うるさくて面倒なんだよな」
気が乗らない、という気持ちを前面に押し出した快斗がそう答えた。
年末。
各屋敷では新たな年を迎えるべく準備に忙しい季節である。
新年を迎えるにあたり、今年の穢れを持ち越さんと皆煤を払い磨き上げ飾りつけ、またここぞとばかりに着物を新調してみたり、溜まったつけを払ったりと忙しない。
だが一応掃除だけは終えたらしいこの屋敷といえば、何とも静かなもので、門の付近にそっと置かれたお飾りを除けばほとんどいつもと変わらない様子である。
ひゅるりと庭を渡ってゆく風に、かさかさという乾いた音が呼応する。
風はそのまま池を渡って水面を叩くが、小さな波紋を生むばかりで返って来る声はなし。
何とも物寂しい景色である。
生き物の気配というものがない。
皆息を潜め、寝床に籠り、静かな眠りについている。
だが青々と茂っていた草もすっかり枯れた茶と灰色の世界にあって、唯一深い緑が重なる中に埋もれるように、色鮮やかな花が所々に咲いていた。
椿の花だ。
よく見れば木々の陰には何処かから鳥が運んできたらしい種から芽吹いた木が、小さいながらもこんもりと葉を茂らせ、多くの実を実らせてころころと零れ落ちそうになっている。
それもじきに鳥たちが持ち去ってしまうかもしれないが、色を失った庭がそこだけ赤く染まって彩を添えていた。
そんな庭に面する部屋では、相も変わらず男二人が並んで酒を酌み交わしている。
今日は幾分か暖かい日差しが届いていて、珍しくも庭に面した障子を開けていたが、ここ最近の冷え込みは厳しく、このように冬の景色をゆっくりと味わうのは久しい。
この二人、共に今を盛りといった様子の若者で、きっちりと整えた黒髪に藍の狩衣が目にも鮮やかな方が新一。ある事件が切っ掛けで力が目ざめ、今では宮中一とも噂される実力を持つ陰陽師であり、その見事な推察力から名探偵とも呼ばれる人物である。
片や緩やかに波打つ髪を無造作に後ろに束ね、狩衣ではあるのだが、もう少し動きやすく工夫された紅い紐飾りと菊綴の付いた真っ白な衣装に、輝く片眼鏡をつけた方が快斗。殿上許される高貴な家柄の者でありながら、長男ではないという理由から自由奔放、気ままな暮らしを満喫し、今ではほとんどこの大きいだけが取り柄のような新一の屋敷に入り浸っているという居候兼相棒。
しかしこの快斗、実に楽に優れた人物であり、その手に担うのは御霊鎮めの笛とも破邪の笛とも呼ばれる月光という名の名笛。更にその奏の腕前は笛に負けず劣らず素晴らしく、彼の生み出す音は、瞬く間に場を清浄で満たすという力を持つ稀な人物である。
「お前の笛の音は特別だ。そのお陰で自由にさせてもらってもいるんだから、たまの儀式くらい仕方がないだろ。それにそんな誘いなんかいつだって軽く捌いてのほほんとしてるじゃねーか」
笑みを浮かべつつ杯を口に運ぶ新一を睨みながら、肩を落とし溜息を零した快斗だが、実の所そう気分を害したわけでもないらしい。
「新一よりはうまく立ち回ってると思うけどね。でもここで新一と二人、のんびり寛いでいる方が楽しいんだけどなぁ。おまけに今回は陰陽寮の連中だっているんだぜ、奴らの前で堂々姿を晒して動き回るのは出来れば遠慮願いたいんだけど」
「そっちの方が本音か」
「そりゃそうだ。何だかんだ理由をつけて新一は出席しないんだろ。たった一人敵陣に乗り込む気分なんだぜ。いつ変なことを言われやしないかと結構針の筵状態なんだからな」
愚痴とも文句ともいえぬ戯言を並べる相棒を、新一は大して気にしているようには見えず、ついと瓶子を取り上げると誘うように動かす。
そして応えるように差し出された快斗の杯に、ゆっくりと酒を満たしていく。
「そんな奴がわざわざその陰陽師達の所へ酒を注ぎに行って回って、愛想を振りまいただけでは飽き足らず、眠らせたりするか普通。全く怖がってねーじゃねーかよ」
「あれは奴らが新一の事をあることない事帝に告げ口しようとしたからだろ」
快斗はすっと腕を持ち上げ優雅に杯の中身を飲み干した。
言葉遣いは兎も角、仕草はやはりそつなく所作も美しい。
「ったく。俺の式神が怒って何かしたんじゃないかと、後々面倒だったんだからな」
「ふん、楽しんでたくせに。それに新一の式神が仕出かしたことには違いないだろ?」
含みを持たせた快斗の言葉に、新一の瞳が僅かに陰る。
確かにある意味本当のことではあるのだが、新一としては言い方が気に入らないのだ。
この快斗、確かに普通の人であったのだが、今はその身の内に『鬼』を住まわせている。
新一が初めて呼び出した式神であり人の心を持っていたとしか思えなかった鬼の弩鬼は、ある事件が元でその身体を失いかけた。時同じくして快斗はその命の灯がつきかけ、弩鬼と快斗で契約を交わし共存しなければ、この世に存在することが出来なかったからだ。
弩鬼の神通力を制御しきれなかった当初とは違い、今ではすっかり快斗の中で眠りについている彼を感じられる者は極僅かだろうが、全くいないとも限らない。
だから陰陽師達と顔を合わすことを快斗は極力避けたいと思っているのだが、新一は相当な実力者でもなければ見抜くことは出来ないと考えていた。
つまり陰陽寮に属する者だとしても、よほどの大事に駆り出されるような大人物か実力者でなければ、気がつくことはないだろうと考えているのだ。
そしてそんな術者達はおそらく新一と快斗の事情などもう既に知っていて、未だに何も言ってこないところをみると、取りあえず問題なしと判断しているのだろうとも。
尤もこれまで弩鬼の力を使い、一応陰ながら『キッド(奇弩)』という新一の式神として活躍している快斗の実力を認め、その存在を無くすのは惜しいと思っただけかもしれないが。
それは快斗の存在が有意義だと認めさせ自由に在る場所を確保する為に行動していた新一の努力が、実を結んだ結果だともいえる。だがその一方で、元々の人としての生き方も選択出来るようになって欲しいと新一は思っているのだ。
「ばーろー、公の宴席に式神がいるわけねーだろ。今度は黒羽家の快斗殿としてその存在意義を示してこい。今夜の俺は方向的に悪い、これ以上祓うべき穢れを増やしてどーすんだよ。だから俺は参加しねーんだ」
「それだけじゃねーくせに」
「あ? 何拗ねてんだよ、餓鬼じゃあるまいし。ほら俺の代わりにこれ持っていけ」
むくれる快斗に、新一は何やら小さい布袋を渡した。どうやら自作したようでよく見れば少し歪なそれは、手の中に納まるくらいの小さなもので、口を綺麗な飾り紐で引き絞ってある。
「御守? 新一手作りの!?」
表情を隠す事に長けた快斗が分かりやすく目を見開き驚く姿に、新一は段々恥ずかしくなってきたらしい。確かに元々自分らしくないと思っていたことでもあるから当然だ。
「うるせーな、少し歪なのは大目にみろよ、これでも出来る限りの事はしたんだからな」
「何言ってんだよ、嬉しいに決まってるじゃないか!」
「そ、そうか。そりゃ良かった。中に札が入ってる。きっとおめーの身を守ってくれるから、ちゃんと身に付けておけよ」
「新一、ありがと」
「お、おう」
こういう真正面からの素直な賛辞にあまり慣れていない新一は、ぶっきら棒ながら辛うじてそんな返事を返すのが精いっぱいであった。
尤もそんな新一を見守りながら、快斗は温かい気持ちを感じていたのだが。
今の生活を長く続けていく為には、帝の心証を悪くしないことが一番である。だから儀式の参加は必須だったし、実は新一との生活の為だと思えば、快斗にとっては何でもないことなのだ。わざと拗ねてみせたのも、それを理由に甘えてみせただけ。
新一は役目柄もあるがあまり感情を面に出さない。快斗のことを大切に思っていることを快斗自身が疑ったことはないが、それでも偶には反応をみたいときもある。
だから普段から決して手先が器用とはいえない新一からの贈り物は、快斗にとって本当に嬉しかったし、儀式などさっさと終えて戻ってこようという少々問題発言を心に秘めながらも、乗り込む気合は十分高まっていたのであった。
「おや快斗殿」
元々人付き合いが得意な快斗は知人も多い。
だが政には興味が無かったし、あまり関りを持ちたくもなかったことから殿上でわざわざ声を掛けてくるような知り合いは少なかったといえる。更に式神として新一と行動するようになってからは、より一層そういう輩からは距離を置いていたので、正直声を掛けられ少しばかり驚いていた。
「探か。珍しいなこんな所で会うなんて」
尤も振り返ってみれば、相手が古くからの友人というか腐れ縁というか、微妙な関係の相手だったので、肩透かしを食らったような気持ちになってしまったのだが。
「君こそ今夜の大祓いの儀式では帝の御前で笛を披露するのだろう、こんな所でぐずぐずしている場合でないのでは?」
「ああ、その通りだな。じゃ、急ぐから」
この探と話すと昔からどうも調子が狂う。狂うのだが、何が気に入ったのか相手は構わず話しかけてくる。それで結局会話をしてしまうのだから始末におえない。
そしてそれは、相手の言葉尻をうまく捉え無事終了したと思った今回も、あまり変わらなかったようだ。
「僕も招かれているのでね、どうせ同じ方向だ」
「お前なぁ」
結局探に促される形で仕方なく並んで歩きだす。
「嘘は言っていないよ。けれど君…… ん? 何か前とは違っているような、何だか身中に微かなもやのようなものがあるような…… 穢れかな」
まさかの爆弾発言だ。
この男は別に陰陽師ではない、見鬼の才があるわけでもない、はずであった。
それなのに快斗の袖を掴んで歩みを止めると、少し距離をとって目を凝らし始めたではないか。それも、どうやら快斗の胸から下、腹のあたりが気になるらしい。
「いきなり何を言い出すんだよ、失礼な奴だな」
「待ちたまえ、今よく見るから」
逃げてしまえと考えた快斗が相手の腕を払おうとするが、痩せ男とばかり思っていたこの男の腕力は思っていたよりも強い。それだけ気合が入っているからかもしれない。
「近づくなよ、気色悪い奴め」
「失礼な。御前に上がるのに万が一のことがあっては大変じゃないか。僕の見立てだと……」
むっとした表情を保っているが、快斗の心中は複雑だ。
おまけに顔は繕って見せても身体は正直で、冷や汗までが背中に吹きだしてきた。
おい名探偵、御守の効力低すぎるんじゃないか?
ここに居ない新一に悪態をついても仕方がない。
「お前の見立てなんて聞いてないって」
「待ちたまえ、今穢れかどうかを見極めるから」
いやいやいや、何で陰陽師でもないくせにそんなことが出来るんだよ。
平静を保てなくなれば、鬼の片鱗が形となって現れてしまうかもしれない。そうなれば身の内にあるか無いか分からないような影などよりも、もっとまずい事態になってしまうだろう。
快斗は随分と久々に心の中で平常心平常心と念仏のように唱えだしたが、頭につけた垂纓冠の中でざわざわと髪が揺らぐのを感じた。
これは本格的にまずい事態らしい。
意識を奪って誤魔化すか、それとも全力で逃げるか?
この探相手ではどちらも後々尾を引きそうな気もするが、背に腹は代えられないと快斗が覚悟を決めたその時、今まで全く気配を感じなかった方向からいきなり声をかけられた。
「お話中のところ申し訳ありませんが、穢れがどうとか仰せのようでしたので声をおかけしました。探さま、快斗さま、何かございましたか?」
知った声に驚き振り返った快斗の目の前に居たのは、新一。
快斗同様正装であるきちんとした黒の束帯姿で言葉使いも丁寧、快斗に対しても『さま』とつけ呼んでいる。
元が良いだけに宮中の女性達が騒ぎ出しそうな、惚れ惚れする程の良い男ぶりであった。
その姿を見た途端、現金なもので快斗の心は一気に落ち着いてしまったくらいだ。
喜びという類の興奮はあったものの、今ではその手の動揺で鬼の姿は覚醒しない。
「あぁ、専門家がいらしたようだ。気のせいか、彼の中に何やら不思議な気を感じるんだが」
「はて? 快斗さまの中に影とは珍しい。では私が……」
真剣な顔でそんなことを言うのだから、この陰陽師相当な狸である。
心穏やかでない快斗の方をじっと見ていた新一だったが、快斗にだけ見えるよう一瞬意味深な笑みを浮かべたが、すぐに真面目な陰陽師の顔に戻る。
「あぁ、これは懐にある笛の力でしょう。普段なればそんなことも御座いませんが、今 宵は年の穢れを祓う大祓いの儀式前、場の雰囲気に共鳴しているのかも知れません。この月光は、ただの笛ではございませんゆえ」
尤もらしくそんな事を言う新一に、探は意外そうな顔をしながらも反論するほどの材料は持ち合わせていなかったようだ。
「成程。快斗殿の笛は帝から賜った名笛と聞きますから、そんなこともあるのですね」
「かと思われます」
伏目がちに畏まる新一に対し、探は良い笑顔をみせる。
「流石宮中でも名高い陰陽師でいらっしゃる。見鬼の才と併せ持つ慧眼の才を初めて垣間見させてもらいました。ところで新一殿、僕らは年も近く官位も変わりません。どうぞ普通にお話くださいませんか?」
「何を仰います、恐れ多い。探さま方と私などでは生まれが違いますし、私のようなただ鬼を見る力をたまたま手に入れた故の成り上がりに、そのようなことは出来ません」
この探、快斗以上に生まれも育ちも良い。
正義感に溢れ意志を曲げぬことも多いが、基本誰にでも優しく品があると噂される男。
それは、やっかみから巷では良い噂を聞かない陰陽師に対しても同様であるらしい。
「そんなことありませんよ。その力を使い宮中でも幾多の怪事を解決した名探偵とも伺っております。その位は当然のこと、帝もそう思われたからこそお傍へと取り立てたのですから、もっと自信を持つべきです」
「はぁ……」
それは常日頃から快斗も思っていたことなので、口は挟まない。
尤も新一は普段普通どころか、快斗に対してはえらく口が悪かったりするのだが。
「では、我々だけの時は『さま』は無しで。構わないだろう、快斗殿。尤も君達は随分と仲が良いようだから、そもそも反対はしないと思うけれどね」
戸惑ったように見える新一に対し、探的には折衷案を思いついたといえよう。
「オレはもともと畏まった物言いは好かない性分だからな」
「そうだったね」
にこにこと笑う探や惚けた顔の快斗に対し、これ以上言っても無駄だと判断したらしい新一も諦めたようで、改めて探に向き合った。
「ところで探殿、まだ快斗殿の内に何か見えますか?」
一応、少しだけ呼び方を変えている。
「え? ああ、今はもう何も見えませんね。元々そう悪いものとは感じなかったのですが、どうやら僕の気のせいだったようだ。専門家を前にして余計なことをしてしまったようですね。では僕は先に行くとしよう、またの後ほど」
軽く頭を下げた探はその場に二人を残し、廊下を進んでゆく。
颯爽という言葉が似合う去り姿は実際あまりみることはないものだが、彼に関してはまさにそんな言葉が似合う後ろ姿であった。
一方残された快斗は安堵の溜息を盛大に吐き出していた。
「で、新一、あいつに何かしたのか?」
「いや、何もしちゃいねーさ」
誰も周りに居ないのをいいことに、すっかり堅苦しい物言いが抜けている。
「でもだったら何故?」
「敢えて言うならご自分で呪をかけた…… といったところかな」
「自分で? 自分にか?」
呪というものが単に術というものだけではないことを、今の快斗は知っていたが、それでもいまひとつ理解出来ない。
「探殿は鬼や穢れが見えるというよりも違和感を感じる部分が鋭いんだ。微かな異変を見逃さない。だがはっきりとした確証を得る前に俺が現れ成り上がりだのと言い出したものだから、なんだかんだとこれまで聞こえてきた不遇の境遇やら理不尽な仕打ちを思い出してしまったんだろう。真っすぐな気性ゆえに俺に肩入れしてしまったのさ」
「だから?」
「お前の中に穢れがあるというのも、元から納得出来ていなかったのだろうが……」
「おい、新一」
誤魔化されたと感じたらしい快斗が念を押すのに、新一は小さく笑う。
「つまり、俺達を懐に入れてしまったのさ。不確かで朧げな穢れなど、仲間という薄い衣で覆われたような瞳では見えないさ。それにお前俺の御守を持っているんだろう」
「勿論」
「それは俺が近くに居ればいるほど力が強くなるからな、分かりっこないってことさ」
来る気がないと言っていたくせに。
そこでようやく快斗はその事を思い出した。
「助かったけど、なんで急に来る気になったんだ? 方忌って言ってたんだからわざわざ方違えして来たんだろ。もしかして、こうなるかもしれないと読んでいたとか?」
それはそれで更に常人離れしてきたなと密かに快斗は思う。
方違えとは、簡単に言えば向かう方向が悪い時に、一旦違う方向に向かってから目的地に向かうという禁忌を避ける方法のことだ。
つまりここに来るまで、新一はえらく遠回りをしてきたことになる。
それも快斗が一旦自分の屋敷に戻っている間に思い立ったとなると、物凄く急いで。
「徳子様に会ってきたんだ。だから、ついでにな」
そのお方は快斗もよく知っている人物であるが、この時期わざわざ訪れる用もないだろう。素直じゃない新一が、快斗を心配してとは口に出せない言い訳なのは明らかであった。
「それに久々お前の正装の姿がみてみたくなったから。おめー屋敷じゃすっかり楽だと動きやすい狩衣ばかり着てるだろう? こういう恰好も悪くなかったと思い出してな」
そう言いながら、新一は良い顔で笑った。本当に嬉しそうに笑ったのだ。
ぐ……
これである。
快斗は斜め上の言葉にもう少しで式神の姿を晒すところであった。
それ程、心が揺れたということになる。
普段憎まれ口やら素直じゃない態度ばかり取るくせに、こういうことはさらりと口に出すから恐ろしい。そしてそれ以上にそんな言葉の威力を、本当の意味で気がついていないことが不思議だ。
言葉を操り呪をかけ、術を扱う専門家であるくせに。
「それに、ちゃんと伝えていなかったと思い出してな」
「何だよ」
更に追い打ちをかけるつもりかと快斗が身構えたところへ、
「鬼の存在自体が穢れなわけじゃねーからな。確かに奴らは異形であり、悪さをするやつもいるが鬼も自然のうちにあるものだ。全部が全部悪しきものとは限らない。それはお前もよく知っているだろう」
「新一?」
「穢れとは誰かの強い想いや恨みから発生するもの。負の感情から発するものが多いが、恐怖もまたその一因になるのさ。だから鬼の存在はときに穢れに転じることもある」
今それをここで言う意味は何だ? 宮中とはその華々しい装いとは違って人の悪意もまた渦巻く場所でもある、だから気をつけろという意味だろうかと快斗は訝しんだ。
当然そんな快斗の気持ちは、新一にも伝わっている。
「間違えるなよ。お前も弩鬼も、そして奇弩も、悪しき者には転じない。だからその存在自体は穢れにはならない」
それを、わざわざ言う為にここに来たのか?
苦手な場所に、わざわざこんな手間暇かけて?
感情を抑えることに長けた快斗だが、思わず涙が零れそうになってしまった。
「もし、そんなことが起こりそうになったら、新一が止めてくれるんだろ」
「当たり前だ。けどな、そんな事にはならねーって言ってるんだよ。ちゃんと聞いてるか俺の話」
むっとしたような新一の顔は相変わらずの高飛車な態度だったが、不覚にも可愛いと思ってしまった快斗である。
「勿論ちゃんと聞いてる」
そう、なんともいえない気持ちになって、もう一度聞きたくなってしまっただけ。
「よし」
「じゃオレからもひとつ」
想いには、想いで返したいと思った快斗が新一を見つめる。
「何だよ」
「オレは自分がやりたいから新一を手伝ってるし、そうしたいから新一の傍にいるんだ。いい加減自分のせいだとか、責任だとか、負い目とか感じるな。新一の傍で一緒に笑い合って酒くらってるのが何よりも楽しいし、幸せなんだからさ、そんな幸福奪うなよってこと」
この言葉は、快斗に出来るだけひとであった頃の生活を、と心の奥で願っていた新一にとって戸惑いを生む発言であり、段々そんな未来が近づいてきたかもしれないと思っていた矢先にくらった、衝撃の発言でもあった。
「あと、新一は何でも自分で抱え込み過ぎる所があるから、ちゃんとオレにもその心の荷物を預けろってこと。一蓮托生! オレ達運命共同体だろ? こんなに一途に想ってるオレって偉いよなぁ。末永くよろしくな!」
きっぱりと言い切った快斗の表情は晴れ晴れとしたものだ。
対する新一は、気恥ずかしさが勝っているのか分かりやすく頬を染めているのに、何故か表情だけは怒った顔である。尤も快斗には、そんな顔を見せても無駄だったのだが。
「ひとつじゃねーし」
「おまけだよ、おまけ」
「自分の方が想いが強いとか勝手に思ってんじゃねーぞ」
「へ?」
「いい。そこの所は、屋敷に戻ったらきっちり分からせてやる」
段々調子が戻ってきたというか、開き直ったらしい。
「わぁ、新一がなんか男前過ぎて怖いんですけど」
「うるさい。儀式なんてさっさと終わらせてやる」
普段出世などに一切興味がないせいか、謎解きや怪異に対する入れ込み具合に比べ、儀式に対する意気込みがいまひとつである新一だったが、どうやら本気になったらしい。
「では、ゆくか?」
「おう、ゆこう」
「ゆこう」
儀式の間へと並んで歩く二人の姿は、場違いにも大層楽し気であった。
この年の祓いの儀式は、大層気合の入った陰陽師と素晴らしい笛の音で、稀に見る素晴らしさだったとか。
完