新人艦の非日常な一日 いつも通り朝八時、自衛艦旗掲揚のラッパが基地に響く。いつもと違うのは早い時間にも関わらず、カメラや保冷バッグを手に続々と集まってきたお客さん達の姿があることだろう。中には少し眠そうな顔も見えるけれど、毎年恒例の一大イベントだけあって岸壁は朝から賑やかで嬉しそうな笑顔に溢れていた。
わくわくと洋上でのひとときを楽しみにする人々を乗せ、順次出港していく僚艦達をいってらっしゃいと見送ってしまえば、先ほどまで基地にこだましていた喧騒は名残を残すのみとなる。自艦は就役から間もないこともあって不参加だ。そういえば春にこちらへとやって来てからというもの、基地では傍に誰かしら同類達がいた気がする。こうして一人過ごすことは久しぶりだと束の間の静けさを楽しむことにした。
参加予定である明日の広報に向けた準備もあらかた終わり、容赦なく照りつける日射しを避けて日陰へと逃げ込んだ。じんわりと熱の籠った風が運ぶのは、自動車の走行音と向かいの造船所から時折届く金属音。そして蝉の鳴き声。それらに混ざって自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「あたごさん」
「みんなで出てったから暇してるんじゃないかと思って」
「そうでもないですよ。僕はぼんやりするの好きみたいなので」
「そっかー。それじゃあ俺も」
そう言いながら、隣にすでに腰を下ろしていた。あたごさんにとって僕が基地に来た初めての後輩らしく、なにかと気に掛けてくれ助かっている。ただ、もう少し放置してくれても構わないのだけど。もう慣れた? だとか、夏はこれだけ暑いくせに冬は極寒だから覚悟した方がいいだとか、セミの大合唱の合間にぽつぽつと言葉を交わす。そうしている内にいつの間にかもうじき出港組が帰ってくる頃合いになっていた。入港用意のため人の行き来が増えてきている。
再び艦と人々とで賑やかになった岸壁に、楽しいながらもやや疲れ気味の様子のお客さん達がぞろぞろと下艦してくる。そこへ混じって同類の姿もあった。
「ただいま」
上から居場所を確認していたのか、自分たちのもとへまっすぐやってくるみょうこうさんへおかえりなさいと二人揃って声を掛ける。
「あたごもこっち来てたんだね。ふゆづき、留守番で寂しかった?」
「別に寂しくは。ところでどうして頭撫でてるんですか……」
この人に掛かると子供扱いされているようでどうにも居心地が悪い。返ってきた「なんとなく」との答えに思わず不服の声が漏れた。もちろん、仕事面では尊敬をしているけどそれとこれとは別だ。
「みょうこうさーん、俺は不参加寂しかったんで撫でてくれても良いんですよ――?」
「お前はなんか暑苦しいから断る」
「酷い!」
頭上で交わされる気心を知る者同士の応酬をぼんやり耳にしつつ思案に耽る。この人たちに付いていけるだろうかという不安と、この先ことあるごとにこうして巻き込まれるのか……という気がかりを。一瞬、うっすらと意識が遠ざかったのは夏の暑さだけではなさそうだ。