いつまでたっても 吹き抜ける風に涼しさが感じられ、日差しも柔らかくなってきた8月下旬。真夏に比べれは朝夕は随分と過ごしやすくなったものの、まだ気づけば汗が滴る日が続いている。今日もよく晴れていて昼間は暑くなりそうだ。そんなある日の朝、僚艦が一隻ゆったりと接岸場所へと入っていく。
「ちはやー、今来たのは?」
「ぶんご。掃海母艦」
前を横切っていく艦上の顔見知りに向かって軽く手を上げつつ、隣からの問いかけに答える。いままでであれば真っ先に出迎えへと行くであろうくまのは、珍しいことにじっとしたまま動かない。それどころか若干にじり寄って隠れようとすらしている。残念ながら、ほぼ同じ背格好となった今ではあまり意味を成さないのだが。それでも背中越しに目線だけはちらちらと艦へと向けているから気にならないわけではないんだろう。先ほど名前を耳にした時に、あの人が……とぽつりと呟いたのが気になった。このところ慣れないことで疲れ気味なだけ、ではなさそうだ。
「なぁ、くまの。お前人見知りするようなやつじゃ無いだろ。遠慮せず話してきていいぞー」
暑い、と寄ってきた分押し返しながら促してやる。
「だってさぁ……ぶんごって僕が僕になる前を知ってるんでしょ?自分でも覚えてないのになんか恥ずかしい…………」
おずおずと口を開いたくまのの言葉にそういうものか、と思う。気持ちはわからないこともないが、放っておいても向こうからそのうち来るだろう。 なんせ去年ドックから戻った後はしばらく弟分が可愛いと近しい面々に触れ回っていたくらいで、俺も聞かされた内の1人だ。そういえば、何かの時にその時の話をくまのにしたような気もするがあいつの自業自得ということにさせてもらおう。
「なんかあったら間に入ってやるから。挨拶くらいしておいで」
ほら、とこちらへと近づく人影を指し示す。渋々返事をして歩く背を見送る。いくらなんでも成長した姿を見ればそれなりの対応をするだろうと思って。
対峙するなり抱きしめ、頭を撫でまわし、結果逃げ帰ってきたくまのを背に説教をすることになるまではあと少し。