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    shidu_k13

    @shidu_k13

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    shidu_k13

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    コインランドリーあかくろどこか湿っぽいような黴臭さと混じる、安っぽい洗剤の匂い。注意書きの書かれた紙が貼られている壁は薄汚れている。蛍光灯の一つがちかちかと点滅していて今にも切れてしまいそうだ。目が悪くなりそうな薄暗さの中、ごぉんと音を立てる乾燥機を前に、パイプ椅子に腰掛けて文庫本のページをめくる。乾燥が終わるまで、まだ二十分以上時間はあった。

    住宅街の片隅にある古びたコインランドリーは、黒子の行きつけの場所だった。
    一人暮らしを始めるにあたり、もちろん家具家電は一通り揃えた。けれど少しでも費用を浮かすために家電の大半は中古で購入したり譲ってもらったりしたもので、そのなかでも正直、中古の洗濯機は最初からちょっと怪しかったのだ。本格的にうんともすんとも言わなくなったのは、使い始めて二年経たないくらいのことである。
    どうしたものか、かなり戸惑った。両親からの仕送りとアルバイトのわずかな給料で生活している黒子は、家電のような大きな買い物は急には出来ない。親に頼むことも出来るけれど、ただでさえまとまった仕送りをもらっているのに言い出すことが出来なかった。ひとまずは、の思いで一時的に街のコインランドリーを使うことにしたけれど、これで事足りるのではと気付いたのはわりと早い段階である。
    そもそも一人暮らしでそうたくさんの洗濯物が出ることはないから、洗濯機を回すのだって休日にまとめてだ。週に一度しか使わない洗濯機を残り二年の大学生活のために買うよりも、コインランドリーを使ったほうが日割りで考えたらたぶん安いし、洗濯物を干す手間も掛からない。きっとそのはずだ。そう割り切ってしまって、週に一回、黒子は一週間分の洗濯物を抱えこのランドリーにやって来る。
    二十四時間営業のこの店は、ごくたまに同じ大学生くらいの学生や、近所のサラリーマンみたいな人が利用しているけれど、三回に一回くらいの割合で利用者は黒子一人のことが多かった。今日もまた洗濯乾燥の一時間コースだ。一度家に帰っても良いけれど、特に急ぎの課題がない時はこの場で本を読みながら時間を潰している。それに最近はなんだか、この狭くて古くて乾燥機の音だけが鳴っているこの空間が、なんだか落ち着くようになってきた。他に誰もいないのを良いことに、乾燥機の機械音に掻き消されるくらいの小さな声で鼻歌を歌いながらページをめくる。
    「すみません」
    だからその声も、まさか自分に向けて掛けられた声だとは微塵も思わなかった。
    「すみません、ちょっと良いですか?」
    「はぇ…?」
    トン、と小さく肩を叩かれて、ようやく自分が呼ばれていることに気づいた。影の薄い黒子は、人から声を掛けられることなんてほぼない。だからまさか自分を認識して声を掛けてくる人がいるとは思わなくて、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
    ぱちぱち、とまばたきを繰り返していたら、目の前の人はクスッと小さく笑う。黒子は我が目を疑った。そして、ここが紳士淑女の集まる豪華パーティー会場ではないことを確認する。どこからどう見ても、いつもの寂れたコインランドリーだった。
    「読書中にすまない。けれど、ここの使い方がわからなくて」
    少し眉を下げて話すその人に、黒子は「はぁ…。」となんとも気の抜けた返事をする。古ぼけたコインランドリーには似つかわしくないような、咲き誇る椿のような赤い毛先は、店内の薄暗い照明でもよく目立つ。というよりもう、目線がそこにしかいかない。パーツのひとつひとつが信じられないくらい整っていて、かっこいいのはもちろん、綺麗な人、という強烈な印象だった。服装も、黒子がTシャツ一枚なのに対し、彼は襟付きのシワのないシャツを着こなしている。そんな人が、困ったように佇んで、片手に大きな紙袋を抱えていた。
    「あ、えっと、使い方…。簡単ですよ。洗濯からですか?」
    「洗濯以外も出来るの?」
    「乾燥コースだけもあるので、家から持って来た洗濯物を乾燥機に掛けることも出来ます。お洗濯もするなら、こっちの洗濯機に…。洗剤は持ってますか?」
    「いや…。洗剤も必要なのか?」
    「新しいお店だと洗剤はいらないところもありますが、ここは古いので…。では、安物でも嫌じゃなければ今回はボクのを使ってください」
    「悪いな。助かるよ」
    ありがとう、と微笑んだ彼の笑顔は、それはもう破壊力がすごかった。乾燥機の音は一瞬で讃美歌に変わり、ちかちかと点滅する蛍光灯はステンドグラスから降り注ぐあたたかな日差しになったような、そんな感じ。意味がわからないがそんな感じなのだ。
    やりながらひと通り使い方を教えて、あとは待つだけですと彼に伝える。洗濯と乾燥合わせて一時間ほどで終わるから、家が近いなら一度帰ってまた戻ってくれば良い、と言えば、そうか、と言って彼は黒子の隣のパイプ椅子に腰掛けた。
    「ここはよく利用してるの?」
    「え…?ああ、そうですね。家に洗濯機がないので、週に一回くらいはここに」
    「そう。俺は赤司征十郎。君は?」
    「へ?黒子テツヤです…」
    「黒子くん。もし邪魔じゃなければ、終わるまで相手してくれないかな。君もまだ掛かるんだろう?」
    「はぁ…。いいですけど…」
    そこから、色んな話をした。彼は黒子と同い年で、とんでもない偏差値の学校に通っていた。この顔で、そんな頭で、まさに天は二物を与えるものだなぁと感心してしまう。けれど不思議と話は合った。いや、彼が黒子のレベルに合わせてくれていただけかもしれないけれど、でも好きな本の話や、バスケが趣味なことも意外と気が合って、いつもは本を読んで潰していた時間があっという間に過ぎてしまった。乾燥が終わった自分の洗濯物を取り込み、彼に乾燥機の使い方を伝えていたら、何やら赤司はじーっと黒子のことを見ている。
    「…?赤司くん?」
    「黒子、もしよければ、今度はここで洗濯を回している間に食事でもどう?洗剤のお礼もしたいんだ」
    「え?いや、洗剤はお気になさらず…」
    「俺が気になるんだ。だめかな?」
    黒子より少しばかり背の高い赤司が、黒子の顔を覗き込むようにそっと見つめてくる。その視線になぜかぐうっと言葉が詰まって、自分でも考える前に首が勝手にぶんぶんと横に振られていた。
    「だ、だめじゃない、です…。ぜひ、お願いします」
    「よかった。ここから少し歩いたところに、美味しい和食のお店を見つけたんだ。ちょうど誰かと一緒に行きたいと思ってて」
    「そうなんですね。ボクも行ってみたいです」
    うん、と言って赤司は笑った。取り込んだ乾燥済みの洗濯物は、いつもと同じはずなのに、なぜかいつもよりふわふわでふかふかな気がする。両手いっぱいに抱えたそれはほかほかあたたかかった。

    .

    週末、午後七時、いつものところで待ち合わせ。

    「やあ、黒子」
    その声を合図に、文字を追っていた文庫本からぱっと顔を上げた。
    「こんばんは、赤司くん」
    紙袋の中から数枚のタオルだけを取り出した赤司は、手慣れた様子で小銭を入れ、古い洗濯機に洗剤を回しスタートボタンを押した。それから、何の迷いもなく黒子の隣のパイプ椅子に座る。ギィっと古い音がした。回り始めた洗濯機が、ごぉんごぉんと鳴っている。
    「この前黒子が貸してくれた本、読んだよ。面白かった」
    「もう読んだんですか?早いですね」
    先週ここで会った時に貸した本だ。文庫本とはいえ、厚めの上下巻だったのに、もう読み終えてしまうとは。さすがである。
    「ああ。でも、家に置いてきてしまったんだ」
    「…別にいいですよ、返すのはいつでも」
    「ううん。黒子のものだから早く返さないと。だから、このあとうちに来ないか?」
    「…もう」
    わざわざそんな誘い文句を言わなくても、ちゃんと行きますよ。と心の中で呟く。するとそれが伝わったのか、赤司がふふっと笑って、黒子の肩に頭を寄せてきた。

    赤司と出会って数ヶ月、わかったことがある。
    彼はとんでもないお金持ちのお坊ちゃんだった。こんな寂れたコインランドリーを使う理由なんてない。洗濯機があろうがなかろうが全てクリーニングで済ませられるような人だ。第一、彼の着ている服は、とてもこんな古い洗濯機で思いっきり回せるような服じゃない。量販店の安売りで買った黒子の服とはわけが違うのだ。だからいつも赤司は、数枚のタオルしかここに持ってこない。
    だからどうして、赤司があの日、このコインランドリーにやって来て、黒子に声を掛けたのか。理由を知りたいような、知るのがなんとなく怖いような。
    そんなことを考えていたら、赤司がふと顔を上げた。それから、黒子の唇にちゅっと触れる。ふわふわの、ふかふかの、洗濯物みたいな唇。
    「ちょっ…!あかしくんっ!」
    「かわいい顔してたから、つい」
    「ここ、防犯カメラありますから!」
    「大丈夫、見えてないよ」
    「…もうっ!」
    「ははっ、かわいい」
    行こう、と言われて赤司に手を引かれる。
    洗濯乾燥が終わるまで一時間。それまでに、果たして二人は戻って来られるのだろうか。
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