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    ほっぺもち

    @hoppe_ga_moti

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    ほっぺもち

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    つづき:椒丘さんが薬王秘伝に攫われた! 助けに行く飛霄将軍! 一方椒丘は地下室で苦しんでいる少年モゼを見つけた! 船と地下室、二層構造で巻き起こる豊穣ミステリ!(?)

    曜青海軍パロ(途中)「モゼ。船が来るぞ」

     細身の男が暗闇の中に立っていた。石壁の地下室ではその低音が何重にも反響し、自分の心臓を叩いてくる。

    「…………船?」

     久しく出していなかった声は掠れていて、相手にしっかり聞こえたかどうか不安になった。自分と相手以外誰もいない、静かで、音が反響する地下室にいて、聞こえないはずが無いのに。

    「家族の仇の船だ。あれをうち沈め、薬王の真理を得るのだ。モゼ、お前の病が完治する時も近いぞ」

     病の完治。それは苦痛を意味する。しかしそれは今自分の生きるただ一つの目標だった。その言葉にふっと希望が差し込むような心地がし、

    「さあ、今日の薬だ。飲み込め、吐き戻すな……」

     そして、また地の底に落ちた。
     恐怖で身体が凍りつき、喉がうねってそれを吐き出そうとする。手で口を抑え、なんとかして飲み込むと、今度は全身を引き裂くような痛みが襲ってくる。何度も、何度も、波のような苦痛にただ耐え、耐え、耐え、そして冷たい床に蹲り懇願のように声を漏らす。

    「痛い……」

    「蒔者は一心なり、共に仙道を登らん。苦難を乗り越えし者は、勝利すなわち生を得る。薬王の慈悲があらんことを」

     これっぽっちの呟きに何の力も無いのだ。

    ーーーーー

     そこは一般的な船員の部屋と外見に変わりはない。ただ扉の上に「医務室」という表札が掛かっているだけだ。私はその表札を見たり、壁の木目を数えたりしながら自分の順番を待っていた。健康診断を最後にして貰っているのは、椒丘とゆっくり話す時間を取るためである。

    「次、将軍どうぞ」

     私の前の番だった船員と共に、椒丘の声が扉から出てきた。若い見た目とは裏腹に、椒丘の声は苦難を重ねてきた中年のような色気を含んでいる。具体的な年齢は知らない。ただ、前に定年退職の話をしたらものすごい顔をしていたので、そこまでの歳では無いはずだ。
     医務室に入って、すぐ近くの椅子に腰掛ける。脇にある机を見ると、カルテやらペンやらが散乱していた。

    「……相変わらず、散らかってるわね」
    「どこに何があるかは把握しているので良いんです」

     机の惨状に突っ込むと、椒丘は有無を言わせぬ口調で反論した。実際彼がものを無くしたことはないし、ここは彼の私室も兼ねているのだから、私がとやかく言うつもりはない。

    「それで、最近は変わりないですか?」
    「そうね。何も変わっていないわ」
    「怒ったり、激しく運動したりは?」
    「してない」

     椒丘はほぼノールックでカルテを書きながら、私の目を見て話している。良い医者の基本だと前に言っていたが、そんなはずは無い。一般人は手元を見ずに字を書けないのだ。
     いつもどうりの質問をし終わると、今度は彼に手を取られる。他人に首を触らせたくない人も多いので、ほとんどの医者は手首で脈を取っているそうだ。

    「手首って分かりにくくない? 私は頸動脈でも良いわよ」
    「コツを掴めば首でも手首でも変わりませんよ。というか、武人が簡単に他人に首元を晒さないでください」
    「椒丘は私の主治医でしょ」
    「そういう問題じゃありません」

     コンコンと諭してくる様子は主治医というより母親である。
     それから十秒ほど経って、椒丘は私の手を離し、少し俯いた。

    「……ふむ」
    「どうしたの?」
    「いえ、少し血圧が上がっているようです。食事から塩分を減らしてみましょうか。
     ……寿禍の痕にこれで対応出来るかは分かりませんが」

     『寿禍の痕』とは、原理不明の自然災害『寿禍』に汚染されて発現する数多の症状のことである。その多くは不老長生や高い回復能力など一見して“良い”効能であるが、ほとんどの場合重いデメリットが付いている。
     例えば私のような『狐族』は、かつて寿禍の災いに見舞われ、海上を移動していた曜青に拾われたというルーツがある。普通の狐族は長寿なだけだが、現代まで寿禍の汚染地域に住んでいる狐族もおり、そういう狐族は有り余る生のエネルギーに体を蝕まれ、いずれ破裂する運命にある。

    「これ以上塩分を減らすなんて出来るの?」
    「食料の保存方法を見直して、塩漬けのものは少しずつ食べましょう。次に曜青に戻った時は、昔の薄味レシピを探し出さないと……」
    「えっ」

     『薄味レシピ』などという椒丘には到底似合わない単語に驚く私に気付かずに、椒丘は先程の予定をメモしに行ってしまった。
     薄味レシピ? あの辛さLv1000でも満足出来ない椒丘が? それは本当に薄味なのだろうか。唐辛子10本くらいなら素知らぬ顔で入っているのではないだろうか。やばい流石に気になりすぎる。
     しかし現実は無情であった。船長たるもの、操縦席を長いこと空けてはおけないのだ。操縦室を出てそろそろ30分経つので、世間話はやめてさっさと事務連絡をしてしまわなければいけない。そわそわが滲み出ないように両頬をぽんぽん叩いていると、椒丘が奥の部屋から戻って来た。

    「失礼しました。何してたんです?」
    「何も。それより椒丘、次の補給地点だけど、順調に行けば明日の朝には着きそうよ」
    「それは良かったです。では余っている食材も思い切って使えそうですね。今夜は火鍋にしましょう」
    「良いじゃない。みんなも喜ぶわ」
    「それじゃ、火鍋の用意をしてきます。……補給地点では飲みすぎないでくださいね、飛霄様」
    「……は〜い」

     耳と尻尾をピンと立てて椒丘が言う。私はそれに素直に返事をしつつ、こんなことを考えていた。
     ──飲み“すぎ”ってことは、ちょっとなら良いってことよね?



     それから私は操縦室に戻って、日が沈むまでは船員に指示を出していた。火鍋パーティには後半に顔を出して、夜は眠ったり見張りをしたりして、いつも通りに過ごした。そうして順調に朝になり、今。

    「それじゃ、今日と明日は自由行動よ。寝る時は船に帰ってきなさい」
    「Yes sir」

     よく揃った全員達の声を聞いて、彼らを補給地点の島に送り出す。
     補給地点のこの島は、カンパニー本社のあるピアポイントと曜青との間にある小さな島だ。大陸と近いが程よく隔絶されており、独特な祭りや料理を楽しめる良い場所である。ピアポイントのように、機械の視線や湿っぽい人間の欲望、コインのぶつかる嫌な金属音を感じないのも良い。

    「椒丘、あなたは街のほうには行かないの?」

     船員達が見えなくなった後、私は船に戻って行った椒丘に声をかけた。椒丘は船内を端からなにやら見回っているようだ。椒丘は床に積んである箱の中身を屈んで覗いては、右手を腰に当てて体を反らしている。

    「ああ将軍。いえ、後で買い出しにはいく予定です。足りない物資は何かと調べておりました」
    「そう。荷物持ちは必要?」

     あえて揶揄うように言うと、椒丘は細い目をさらに細めて、嫌そうに返した。

    「まだそこまで歳じゃありません。持ち帰るのは個人的な量ですので、荷物持ちも必要ありませんよ。今日までの航海はいつもより波が激しかったんですから、将軍はしっかり休んで下さい」
    「……休むのは貴方もよ、椒丘」

     分かりやすく困った声で言う。しかし椒丘は軽く頷くだけで、はいともいいえとも言わなかった。ただ尻尾だけが後ろめたそうに垂れている。
     このような会話はもう何度したか分からない。でも、毎回言葉だけは違っている。私も椒丘も良い大人だから、一度言って受け入れられなかったことを何度も言ったりはしないのだ。「自分の体を大切にして欲しい」と、私が思うのはただの祈りで、彼が思うのは約束だった。“約束”を守るために、いつもこの問答は私だけが受け入れることになってしまう。私はそれが不満だった。

     船を離れ、曇り空の下を歩く。空気が湿っていて、すぐにでも雨が降りそうだ。屋根のある店に入ろうと足早に街へ向かう。雨を感じたのは皆同じだったようで、屋台などは片付けられ一般的な店の扉から声と光が漏れ出ていた。
     街に一つある酒場に入る。船員達はすっかり出来上がっていて、私が来たことには微塵も気付いていない様子だ。まったく、二日酔いが明日までに抜ければ良いけど。出航の日に体調不良を訴えて椒丘に怒られる船員は後を絶たないのだ。その点、私は酔っても後に引かないタイプなのでこういう時も遠慮なく飲めて良い。
     私はカウンターで水の用意をしている酒場の店主に近付いて聞く。

    「『狐酔』はある?」
    「ありま……っ、天撃将軍」
    「こんにちは。号で呼んでくれるなら『三無将軍』が嬉しいわね。それで、狐酔はありま“す”?」
    「せん。飛霄さん、椒丘先生はどこに? 連れていないのですか?」
    「彼は確かに私の部下だけど、休日まで連れ回したりしないわ」
    「……主治医がいないのなら、あまり酒を飲まれない方が宜しいのでは」

     店主はやけに酒を出し渋っている。やけに椒丘を引き合いに出してくる所からして……これは椒丘に指示されたのだろう。

    「椒丘なら、昨日『少しだけなら』飲んで良いって言ってたから、心配しなくても大丈夫よ」
    「…………はぁ。『少し』ですからね」

     何故か念を押すような口調で店主は一升瓶を差し出した。ラベルに書いてあるのは『虎眠』。

    「……強そうな名前ね?」
    「お代は月極め分だけで結構ですよ」

     それだけ言って店主はカウンター上の物を片付け始める。先程から雨音が聞こえていた。確かにもう客は来ないだろう。
     まあ酒は酔うためにあるのだし、強ければ強いだけ損は無い。私は虎眠の瓶を勢いよく煽り、そして──

     ──ドサッ、と音を立ててカウンターに突っ伏した天撃将軍をたっぷり10秒眺め、ピクリともしないことを確認し、酒場の店主はホッと息を吐いた。『憂い無し、悔い無し、敵無し、そして酒精耐性無し』の四無将軍とは彼女のことだ。
     強くもなく、飲めば大暴れする彼女にはこの島の頂上にある大木を素手で叩き折ったという逸話がある。その時の大木の唸り声、大地の慟哭を俺は聞いた。震え上がった。そして固く誓ったのだ。彼女を街で呑ませてはならない。今日のような雨の日の為に、確実に飲んだ者を眠りに落とすような酒を仕入れようと。
     それで置いてあったのが『虎眠』だ。ちなみに『狐酔』もちゃんとある。口を滑らせなくて良かった。

    「それで、どうしたもんかね」

     酒場の店主は店内を見回し、空を仰いだ。将軍と同じように眠っている船員、陽気に歌っている船員、店の隅で野球拳をしている船員達。彼らを一体どうしようか。放っておいても大丈夫かな。

    「椒丘先生は今何をしているんだろうな」

     暇なら助けに来てくれないものか。

    ーーーーー

    「は……っ」

     出かけたくしゃみを飲み込み、
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