アストロラーベの窓(新エンディングより)孤児だった頃は空を見上げても単なる星と月の認識しかなかった。何も言わない光が妬ましかった。僕がこんなにも寂しくしているのに、この星々はただ輝くだけで手を差し伸べてくれない。何故、両親をこの世から奪ったのだろう?神様は何故、僕から両親を奪ったのだろう?神様は優しい存在ではないのだろうか?疫病だなんて嘘だ。神様がいるならばそんな怖い病も消し去ってくれるのではないのだろうか?幼い僕の感情は悲しみに溢れていた。けれど、あの人に拾われてから世界が天と地の差で変わった。
「ようこそ。今日からこの部屋が君の世界の一つだ。ラファウ」
「ここが?」
その日の夜に突然、僕の周囲が一変した。知らない人、知らない場所。孤児は里親に育てられる事があるらしいと言うのは施設長から聞いていたが、僕がその候補にあがるとは思っていなかった。正直、喜びと不安が天秤にかけられていてその重力は左か右か。出来れば前者が良い。里親の場所に移っても虐げられてしまったなら良好な生活とは言えない。しかし里親となるには厳しい審査の元、経済もしっかりしていないと子どもを育てられない。まぁ、引き取って稼ぎ頭にする家庭もあるのだとか。肉体労働は嫌だな。体力は人並み以下だし。
「気に入ってくれると嬉しいんだが」
ポンポンと頭を優しく叩かれて、顔を見上げると何とも嬉しそうな表情が目に移る。怖い人ではなさそう?演技?本音?
「うん、ポトツキさん有難うございます」
「そうかそうか。嬉しいか。私も嬉しいよ」
僕が嬉しいとポトツキさんも嬉しいって?何で?そんな事は有り得ない。そんな優しさは知らない。
「そうだ。今夜は満月だから空がとても明るい。この窓から見えるかな?椅子に登って探してごらん?」
「え?」
目の前にあった椅子を窓の傍に移動して有無を言わさずに僕を登らせた。確かに外は明るい。
「満月の光が地上を照らしているからだ。それが明日、明後日になると少しづつ欠けてくる。やがては月は見えなくなって新月というものになる。再び月の光が少しずつ見えてきて満月になる」
「へぇ~、よく分からないけど面白い」
「そうか?面白いか?なら明日から沢山勉強をしよう。神様の事、食べる時の所作、言葉遣い。これからはラファウの育ての父親として接しさせてほしい」
「?父親は疫病で…」
「待った。それは言わなくて良い。辛い思いをしたね。きっと神様はお父様とお母様を迎え入れて下さったから安心しなさい。悲しむ事はないんだ、良いね?」
椅子から落ちない様に僕の手を握っている力が強くなった。何故だか分からない。でも、その言葉で心がフワッと軽くなった気がしたから意地悪されている訳じゃないと思う。握られていた手が空へ伸びた。星を指差す形に促される。
「あの星と、隣の星、それと幾つか線を引いてみよう。すると?オリオンという星座が見える」
「んん?見えない」
「ハハ…実際には見えない。けれど頭の中で線を引いた形が浮かばないか?横に1本、始まりの点は左側に、終わりの点は右側に下げると三つの星にぶつかる。ここがオリオンのベルトだ。左側の星をその左下にある星に繋げる。同じ位置にある右側の星へ移り、ベルトの右側でゴール。どうかな?」
「…浮かぶ、かも」
「ん~、少し難しかったか。明日の夜も眠る前に星座を一つ数えよう。あ、神話を話す方が良いかな?」
何やら楽しそうに語るポトツキさんは、もしかしたら本当に優しい人なのかもしれない。見ず知らずの僕の為に色々と教えてくれようとしている。その中には労働の言葉は登場しなかったから。
「学校にも行かないとな。明日、入学手続きをしよう」
「うん。有難うございます」
「うんうん。楽しいなぁ」
不思議と僕も楽しい気持ちになって明日が早く来ないかとソワソワした。
「さぁ、椅子から降りよう。慣れない場所で眠れないと思うが、おやすみ」
手を繋いだままベッドに案内される。ブラケットを身体の上にかけられて蝋燭の炎が消えた。室内は月と星の光で照らされる。少し暗くなった事により怖くなってしまった。この部屋で一人で眠る事など出来るだろうかと。
「ん、どうした?」
「怖い」
僕の警戒心が溶けたこの部屋で一人で眠るという寂しい感情を解放した。
「…そうか…怖いか。なら私の部屋で一緒に眠ろう」
「うん」
ベッドから抜け出してポトツキさんを抱き締めた。同様に僕にもその温もりが背中に伝わった。
幼いラファウを「よいしょ」と持ち上げて自室へ歩いてゆく。異端としての罪の印象を隠すとはいえ養子を迎えて、果たして無事に成人になるまで育てられるだろうか?私が再び、罪を犯さなければ済む事だ。私が我慢すれば。しかしラファウの為に用意した部屋の窓から満月が見えてしまった。それが私を動くきっかけとなるとは。何故ならば、ラファウの青く透き通る瞳に映し出された満月が私の中にある感動を震わせたから。教えまいと思っていたのに天文をつい与えてしまった。一度与えてしまうと次は、と増やしてしまいたくなるのは学者ならではの本能なのだろうか。捨てきれなかったアストロラーベの導きか。あれの形は満月の様に丸い。ラファウにも星の美しさを知ってほしい。教会に認められた範囲でならば、天文も許される。私はそのアストロラーベを与える以上はしない。それ以上は危険だからだ。異端研究を行っていた頃の血が騒ぎだしてしまうから。今は地を這う様に真摯に生きなければ。様に。
「嗚呼、ラファウ。愛する息子よ」
―願わくば私が死ぬまで共に過ごそう―
2025/01/12
リアタイして新EDの衝撃により急遽作成
ラファウ君を孤児院から引き取った日の夜を想定して書きました。まさかEDでその様な場面を公式さんから見せて頂けるとは!有難うございますしか出ません。
孤児院設定も養子として引き取るならば、悪い表現になってしまうのですが「町で浮浪してる孤児を養子としては引き取らない」可能性があるからです。でもこの時代だと想像が及ばないので憶測しかありません。
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pixivでは書き込めたのですがここでは文字数制限の為にコチラで失礼します。
キャプションの続き。
アニメ16話から新EDになりましたね。
そこで!なんと!
ポトツキさんとラファウ君の新規カットが!
これは書かなければなりません。
きっとラファウ君がポトツキ家に着た初日の夜だと思います。孤児の衣装、髪型のまま。
勝手に孤児院設定にしてますが、実際どうなのでしょうね。養子にするのだから街に浮浪している子ではなく、孤児院の施設から手続きを行っている後者として書いてみました。
だって結局、裁判の時以降二人は会えていないんですよ?ポトツキさんとしては、初犯で罪を認め改心すれば大学へ行ける、ラファウ君を失わずに済むと思っていたのだから。けれどラファウ君自身は、地動説という感動を守る為に自死を選んだ。きっとポトツキさんと共に過ごしたい感情もあったはず。
「詰んでない」の描写で様々な選択肢の中で選んだのだから。
ラファウ君の考えや行動が悪い、ポトツキさんの考え、行動が悪いとは言えないのが「チ。」の物語。
ラファウ君があの様に頭脳明晰で優しく育ったのはポトツキさんがいたから!
お調子者なのはラファウ君の元々の性格かもしれない。
本文よりもキャプションの方が長いかもしれません。そしてポトツキさんの名前をトポツキさんに途中から誤字ってて直しました。
直ってない箇所があったらお申し付けください。