ノエル午後三時半、外は冷え込む頃合い。
アルヴァは街の針葉樹の前で待ちぼうけていた。
…いや、原因は早く来てしまったことにあるのだが。
もちろん、アルヴァが30分も早く来てしまったのには理由がある。
それはフレディと正式的にデートをするのが初めてだからだ。
今まで試合の中、マップ点検などで二人きりで闊歩することはあったが、
こうして街へ出向き出かけることなどなかったのだ。
デートができていなかったのは、二人が付き合って日が浅いというのも理由の一つにもあるが、
フレディが荘園主の代理として荘園と住まう人々を管理する立場にあるのが主な要因だ。
このデートも偶然の産物と言っても過言ではないだろう。
事の経緯はこうだ
フレディの執務室にて、アルヴァはフレディの滑らせるペン先の音をBGMに、読書に勤しんでいた。
そんな時ベルのような音と共にナイチンゲールが現れたのだ。
アルヴァはいまだに彼女の訪れに慣れていないが、もう何年も過ごしているフレディは微動だにしなかった。
「フレディ様、もう間もなくクリスマスがやってきます。
オーナメント等は用意しましたが、一部住人のプレゼントに、ケーキの手配がまだ済んでおりません。」
「ご苦労、ナイチンゲール。その件については俺が街へ赴いて用意するとしよう。」
「はい、かしこまりました。それでは、失礼します。」
一つ頭を下げると、ナイチンゲールは姿を消してしまった。
「はあ…面倒だな…」
フレディは憂鬱そうに背もたれに深くうなだれる。
アルヴァはそんなフレディとは対照的に、どこか期待に満ちたまなざしをしていた。
「…一人で行くのか?」
「ああ、そりゃあな。街へ出れる機会はあまりない。そんな中で誰か連れて行こうものなら、はしゃぎまわるわ、ふらつかれるわで、目的を果たすために必要以上のエネルギーを使うことになる。」
「……そう、か…………」
「……。」
「だが、そうだな…街へ出てもはしゃがず、おとなしく付いて来てくれるなら…荷物係を連れて行くのも悪くない。」
「それなら、丁度いい。私が適任だと思わないか?Mr.ライリー」
「ほう、それはいいセールスだな。ロレンツ君。」
それでは午後四時に南側三番目の針葉樹の前で。
…という流れだ。
いざ振り返ってみると、半ば強引にフレディに言い聞かせたような気がする。
迷惑ではなかっただろうか?もし、本当は嫌だったら…
そんなマイナス思考がアルヴァの頭の中でぐるりぐるりとめぐり、うつむいた先で煉瓦と目が合う。
「せっかくの街だっていうのに、浮かない顔だな。」
投げかけられた声、聞き覚えのある。アルヴァは顔を上げた。
「フレディ」
「まったく…お前が初めてだよ。この季節に街でそんな複雑な顔をしているのは。」
フレディはどこかあきれたような、されど慈しむような笑みを向けた。
そして、アルヴァを軽くエスコートするように、背に添えるように手を軽く横にやって歩み始めた。
「人がたくさんいる。」
「よそ見していると逸れるぞ。」
「私の背丈なら、すぐ私を見つけてくれるだろう?」
「調子に乗るな」
談笑を楽しみながら、歩みを進める二人。
冷える風が頬を撫でる。
洋菓子店でケーキの予約を取ったのち、プレゼントは何にしようかと考えていると、
「あ、あそこなんてどうだ。」
アルヴァが指さしたのは物寂しげな玩具屋。
物憂げとは形容したものの、窓ガラス越しにはアンティークから最新のものまで並んでるように思えた。
「ほー。よく見つけたな。」
「ああいった店を探すのは得意なんだ。」
さあ、さっそく店の扉に手をかける。
からんころんからんころん
「いらっしゃい」
ベルの音と共におじいさんが出迎える。
一言、そう言うと修理をしているのだろうか
すぐさま手元の懐中時計に目を向けた。
周囲にはドール、オルゴール、エトセトラ……
とにもかくにも、幅広く玩具が置いてあるのがわかった。
「これいいな。」
「ああ、悪くない。センスあるな。」
あれやこれやと選んでいると、フレディはアルヴァがいないことに気づいた。
「アルヴァ?」
ぬ
目の前に突如現れたのは熊のぬいぐるみ。
「これ、どうだい。」
「……」
「あ、すまない。年柄もなく……」
……ふふ。
二人で顔を見合わせた。
デートらしいこの現状に思わず笑ってしまった。
んん、とおじいさんの咳払いで二人は我に返る。
恥ずかしさを感じながら、ひととおり店内を見回って、会計をする。
「店主さん、懐中時計を直せるんですか?」
「ああ、ブリキのおもちゃとかもな。何か直してほしいものでもあるのかい?」
「ええ、祖父にいただいたものです……」
フレディは腰につけていた懐中時計を取り出した。
癖なのだろう。おじいさんはその懐中時計を見るなり、物珍し気に自身の眼鏡の縁を撫でた。
「こりゃあ…随分と型式の古い。いいだろう。また一か月後に来てくれ。あんた、名前は?」
「フレディ・ライリーです」
「ああ、ライリーさんね。一か月後、この紙をもってきてくれ。あんたが依頼主である証明になる。」
依頼確認書を渡されて、フレディは小さく会釈を・
「お願いします。」
そう言って店を出た。
すっかり夜になって、空は暗くなっていた。
風もいっとう冷えて、アルヴァはふるりと身震いした。
「手が悴んでしまうな…」
「俺の貸そうか」
フレディは己の手袋を外した
「君の手袋は小さくて私の大きな手には入らないな。」
「誰も手袋を貸すなんて言ってないだろ」
「じゃあなにを…」
ぎゅう。
アルヴァの冷えた手に温もりが伝う。
熱いとすら錯覚してしまうほどのそれが、フレディの掌であると気づくのに時間はかからなかった。
「…」
「暖かいだろ」
「体の芯から温まるよ…」
アルヴァの顔から首にかけて熱がこもるのがわかった。
(今、私は情けない顔をしているのだろうな)
(結局荷物も彼が持ってくれている)
「来月も街に行かないとな」
「……」
「ついて来てくれるか」
どくん、その言葉に脈が一際大きく撃った。
ああ、また彼とこうしてデートができるのだな。
そんなことを考えたら、平常を装えない。
口角がゆるりと上がってしまう。
アルヴァは小さな掌を握って柔らに微笑んだ。
「もちろん。喜んで。」
その言葉にフレディも安堵したような笑みを浮かべた。
灼熱の炎なんかより、36.5度のほうがずっと温かいと聞いたことがある。
温かいというのは、人肌に適した温度を示すのだから当たり前なのだが。
午後七時、その言葉に疑問を覚えた。
……冷えた肌に人肌は、灼熱の炎のようにも思えるのだから。