「お願いだからあの子には手を出さないで。
あの子が誰に好意を寄せてるかなんて、あなたなら一目で分かるでしょう?」
「……ぼくがあんずちゃんと接することを止めるために君は何を差し出せる?富?代わりの女の子?それとも君自身かな。」
「……いいわ、それなら私自身を差し出す。取引しましょうか。今日から1ヶ月過ごしてみて、私でこと足りると判断したならあんずには手を出さないと契約して。」
「自己犠牲なんて綺麗事はくだらないから、普段ならお断りなんだけど……今回は面白くなるかもしれないからのってあげるよ。せいぜいぼくを失望させないでほしいね?」
「善処するわ。」
私は今回の異動でアイドルユニット『Eve』を担当することになったプロデューサー。
敏腕で知られる夢ノ咲出身の『あんず』とは仕事で知り合ってから旧知の中である。
今回の異動は彼女が担当していたアイドルユニットが増え、業務全てに手を回すことが難しくなったことから、代理のプロデューサーとして各ユニットへ新たなプロデューサーが配置されたものである。
同じ年でありながら元々は1人で全てをこなしていた彼女の仕事ぶりには尊敬するばかりだった。
そして彼女が自分が担当するアイドルの1人『漣ジュン』を好いていることも密かに気がついていた。
ただ彼女の性格上、きっとその気持ちを表に出すことはなくて、漣ジュンもそれに気がついているようだった。
だからこそ、私は陰ながらその恋が実ることを密かに願っていたのである。
そしてこれには最大の壁が存在している。
私の担当ユニットの1人、巴日和だ。
かつての動向やあんずに対する発言など、はっきり言ってやめて欲しかった。
それだけ彼女がユニットの2人から認められているとはいえ、流石に距離が近すぎないだろうか?パーソナルスペースをあまりご存知でない?それともあんずが鈍い?もしかして2人と1人でデキて……いる!?なんてことを考えたこともあった。
ちなみに私は相手は1人にした方がいいと考えている。
あとあんずが鈍いのは出会った時からずっとで、これも一因なのだろう。
何はともあれ、私はあまり巴日和とあんずを接触させたくない。
そしてこの2人の壁になるならば、自分が最適だろうと考えたのだ。
ここから私の1人相撲、もとい『巴日和をあんずから引き離す作戦』を決行。
仕事終わりの巴日和を呼び出し、話を持ちかけて冒頭へ至るのであった。
さてはてどうしたものか。
仕事モードのまま勢いよく、啖呵を切ってしまった。
普段なら断ると言っておきながら、面白半分に引き受けられてしまった取引。
果たしてどうすればあの女遊びがお盛んな男を止められようか。
こちとら仕事くらいしか取り柄のない女なのだ。
太刀打ちするならば綿密に計画を練らなくてはいけない。
この戦い、絶対に負けるわけにはいかないのだ……!
「今日からあんずの代理プロデューサーとしてお世話になります。よろしくお願いします。」
淡々と業務的な文言のみを告げた新しいプロデューサー。
これが巴日和にとっての彼女の第一印象だった。
仕事ぶりは悪くないし、顔だってあんずちゃんに負けないくらい可愛いとは思っている。
この子が"遊び相手"になってくれるかはさておき、
わざわざ探しに行かずとも、運良く出会いがやってきたのは日和にとって好都合だった。
あのヘンテコな取引を持ち掛けられるまでは。
どうやら彼女はぼくがあんずちゃんに絡むことを好ましく思っていないらしい。
流石にぼくもあんずちゃんがジュンくんを好きなことくらい知っているし、2人がずっと両片想いのままなのも分かっている。
だからこそ少しくらいは弁えながら楽しませてもらってもいいだろうと思っていたが、それをよしとしなかったのが彼女だ。
「ぼくからあんずちゃんを取り上げるつもりなら、それ相応に楽しませてほしいところだね?」