クラッカー/ふみ天「ただいま」
「あぁ、ふみやさん、お帰りなさい。」その声に玄関までやってきた天彦は、雪の夜に帰ってきた人に温かいまなざしと微笑みを投げかけ、彼が手にしたバッグを受け取った。
「依央利さんがすでに夕飯の準備ができてますよ。」
「天彦」
リビングに向かおうとしたら、後ろからふみやが声をかけた。
「どうしたんですかふみやさん、セクシーなお誘いですか?」天彦は彼に向かってウィンクを投げかけた。
「あ、そっちはあとで。今聞きたいことがあるんだ。」
「えっ」
冗談めかして適当に話かけたつもりだが、まさか驚くべき伏線が淡々と張られていた。いつも危うい雰囲気を纏っている相手だが、天堂天彦もさすがに三十歳まで生きた大人なので、余裕ある男だ。少し気持ちを整え、やはりGMの指示に従い、天彦は後の選択肢で対話を続けることにした。
「じゃあ、僕に聞きたいことって」
「今年の誕プレ、天彦は何がいい?」
「あ……」
寒い季節に入ると、天彦の誕生日も近づいてきているということでもある。体温が恋しくて人肌と触れ合いたい冬。玄関に立ち続けるのも少し肌寒くて、二人はすぐに暖かい室内へ、階段のそばに立った。
「強いて言うなら、僕がリクエストする前に」
天彦は指を一本立てて、真面目に話を続けた。
「実はふみやさんから得体の知れないお金で、プレゼントを買ってほしくないんです。」
「えっ」
今度はふみやが戸惑う番になった。長く付き合えば、天彦はだんだんその顔のちょっとした変化から、ふみやの気持ちを読み取れるようになっていた。
「得体の知れないお金で買ったものだと、天彦も良心の呵責に苛まれ、さすがに受け取れないんです。それに、ふみやさんは普段どうやってお金を手に入れたんですか?僕だけじゃなくて、みんなさんも何度も聞いたでしょう。」
「まぁまぁまぁ」
「ごまかさないで。ふみやさん、深い罪を犯す前に、早めに自首したほうがいいんです。」
「おい、違うって、支援者がいるって言ってたじゃん。」
「支援者と言っても、ただでお金をもらうわけにはいきません。天彦だってクラブでお客さんからチップを頂いていますが、毎回アンコールで追加出演したり、身につけている飾りをお返しに贈ったりしています。ふみやさんも、ちゃんとそれなりの見返りをしているんですか?」
「まあ、それなりに。お前のようには絶対できないけど。」
「また曖昧なことを……」
天彦は眉をひそめ、優しく首を振った。
「とにかく、そんなことより、僕からお金を出したほうが…」
「自分のお金で自分にプレゼントを買うっておかしくない?」
「ふみやさんがそれを言うんですか?」
天彦はちらりと彼の顔を見て、その言葉にふみやは言葉を詰まらせた。ちょっと眉をひそめて、真剣に考えることになったふみやは、まるで難しい謎解きをしている子供のようだ。
その姿にはどこか可愛らしさを感じたが、この件には真剣に取り組まなければならなくて、天彦はそれを顔に出さないよう苦労した。
「プレゼントは何でも構いません。が、出所が合法的で正当なものでお願いします。でないとセクシーじゃありませんから。」
時のながれは早く、あっという間に12月6日当日。
「天彦さん、お誕生日おめでとうございます!」
それぞれが偏執的に自分の個性を譲らない、ある程度で極めてエゴイスティックなカリスマ達、同時に同居者の誕生日は誰ひとりも忘れない、おかしなファンミリー。
天彦と同じくカリスマハウスのファッションリーダー、テラからのプレゼントはもちろん洗練されたデザインの洋服で、「セクシーー!」の第一声を先取りして浴びせられた。
おずおずと大きなリスクを背負うまで描いた天彦のヌードデッサンを差し出した大瀬に、
「おめえ…一体どうやってできたんだ?!」隣で猿川は思わず声を上げた。
理解と依央利からはおすすめの本やバースデーディナー、さらに天彦のリクエストに応じて作ったセクシーなチェリーケーキが次々と贈られた。
最後の仕上げは当然、伊藤ふみやに回ってきた。事前に声かけたが、一体どんなプレゼントなのか、やはりワクワクしてきた。
「ふみやさん、プレゼントのお金はどうやって手に入れたんですか」
すぐに受け取ろうとはせず、天彦は真剣に尋ねた。二人の約束を知らない同居人たちは、 それを聞くと物珍しそうに顔をそむけて、同じくふみやの返事を待っていた。
「え……クラッカーに穴を開ける、仕事。」
……
(はーー???)
リビングは静まり返った。
「そうですか、何かのアルバイトですか?」
「…うん。」
同じく天彦の反応が意外だったのか、一瞬ふみやは言葉を切った。
「頑張った。」
無垢な少年のような微笑みが、他のカリスマたちから見れば、まるでいたずら大成功の小悪魔だった。
「だって、天彦の誕生日だから。」
「嬉しい……ありがとうございます。では、遠慮なく。」
天彦は喜んでプレゼントを受け取り、冬生まれの男は、冬の夜の寒さを一瞬忘れさせるほど明るく、見る者の心を安堵させる笑みを浮かべた。
「えーー?!!」
驚きの声が一斉にあがった。
まさか通用した!
(おいおい今の反応、絶対あいつもびっくりだったでしょ!)テラが心の中で叫んだ。(自分に有利だと気付いたらすぐに芝居を、伊藤ふみやめ!!)
(まさか、天彦先生がお坊っちゃんだからですか?!)草薙理解は目を剥いた。(油断してしまった!天堂天彦は名家のご子息のため、一般人の常識にどこか欠けたことを……!市販のクラッカーは職員でなく機械が穴を開けることを、彼は知らなかった!)
「おや?働き者のふみやさんに、みんなさんが随分びっくりしたようですね。」
ツッコミが追いつかず、一瞬混乱に入った同居人たちを見て、天彦は思わず微笑んだ。
「いやいや……伊藤ふみや?マジそれ言う?絶対嘘ついたでしょ。」
「本当。嘘じゃないよ。クラッカーって生地の中に大量のガスが溜まってるから、それを外に逃がすため穴を開いているんだ。そしたら綺麗に焼きあがる。」ふみやは依央利を指差し、「依央利だって、普段家でパイやタルトとか作るとき、フォークで生地に穴を開けてたんだよね。」
「え、」依央利は思わず答え、「そ、それはそうだけど──」
「うん、俺のバイトはつまりそういうこと。」
他の者が口を挟む隙も与えず、ふみやは語り続けた。
「でも、せっかくクッキー選んだのに、俺が開けた穴の形が気に入らなくて怒って帰った客もいるんだね。」
「そういう厄介なお客さんは、天彦にも経験あります。」
天彦も不思議なところに共感し、語り続けた。
「これからふみやさんがそのお菓子を持ち帰って、みんなに分けて食べましょう。僕が買ってくれたということで大丈夫です。」
「天彦、おまえやっぱりいいやつだな。」
そう言ってるうちに天彦とイチャイチャし始め、すっかり二人の世界に入ってしまった。それを眺めながら、ふみやの真面目なでたらめで、他のカリスマたちは自分の常識を疑いそうになった。もしかするとちゃんとそういう仕事があって、自分がそれを知らなかっただけなんじゃないか…?と。
「…ふふふ」天彦は指で唇を覆い、優しく笑った。
「クッキーにボツボツ穴をあけているふみやさん、想像するだけでセクシーでたまらないんです……お返しに、今夜は天彦と共に過ごしましょう…」
「ちょっとーー!!天彦、ここでちょい待ちな!!」
バースデーハットをかぶった天彦をその場に残されたまま、慌てて割り入った同居人たちは、ふみやを階段に引っ張って個別尋問を行った。
「なんだよクラッカーに穴開けるって! ふざけんな!次は何だ?イチゴの皮から種を採るとでも言うのか?!」
「あ、それもいいね。」
「よくないわ伊藤ふみや!!」
──資金源の真相究明には、かなりの駆け引きがありました。
「いちいち面倒くさくない?スイーツの新商品レビューで稼いだだけだよ。」
「さっきあんな胡散臭いこと言いましたから、これも信じがたいですね…」慎重に眼鏡を押し上げて、理解は言った。
「信じなくったってしょうがないよ。」
ふみやは肩をすくめた。
「俺腹減ったから、そろそろケーキ食べていい?」