子守唄の話「グロスタ。少し眠ろうか。お前も休め」
「はい」
アラミスはグロスタの頭を撫でる
「アラミス、殿?」
「……母上のことはほとんど覚えていない。ギルベルトをお産みになって、すぐに逝ってしまわれた。当時は少しばかりギルベルトを恨んだ。弟が、母上を奪ってしまったのだと。だが、私は母上の子守唄を憶えている。ギルベルトにはそんな思い出もない。可哀想な弟だ……」
「……」
「子守唄を歌ってやろう。お前は働き過ぎだからな」
「……私は、親不孝だと思うかね? 王太子として責務も果たさず、王位は投げ出し、きっと子を成すこともない」
「いいえ、ルートヴィヒ様」
「グロスタ?」
「……ヒューゴ様もお后様も、貴方が生きて、お幸せであることが何よりだと存じます。俺は人の親ではありませんが、妹が貴族の身分を捨て砂漠の若者に嫁いだときも、ただ彼女の幸せを祈っておりました」
「そうか」
「ルートヴィヒ様は。アラミス殿は、お幸せですか?」
「ああ。幸せだとも。好きなように生き、今も大切なものとこうして在る」
「でしたら、何のご心配もありません。ギルベルト陛下も良き王になられました。王国の表舞台には弟君が立たれる一方、貴方は民衆を直に助け、方々でご活躍されている。きっとご両親は弟君と変わらず、貴方のことも誇りに思われておりますよ」
グロスタ(子守唄を歌いながら先に眠ってしまわれた……)
(幼き頃より貴方はご両親の理想を叶えようと懸命であられたのですね)
(本来の貴方は自由を求め、奔放で多芸多才な方だ。それがたとえ王であろうとも一つの生き方だけではご満足されない。貴方はご自身を王子であることから逃げ出した卑怯者だと卑下なさる。しかし、俺はそうは思いません)
(今、こうして方々で変幻自在な名を馳せる貴方を見て思うのです。王城は、貴方にとっては貴方の翼を奪う鳥籠でしかなかった)
(……本当は、俺のところに帰ってくることすら貴方の枷なのかもしれない)
(それでも、また旅立ってゆく貴方をここで待ち続けることをお許しください)