ペーパーリング がやがやとした、休日のファストフード店。セントフォンテーヌの事件に関する後処理や任務が重なる中取れた、恋人との貴重な休み。だと言うのに、お洒落で落ち着いた食事店ではなく、学生が溢れるハンバーガーショップに並んでいた。
「なぁ、別にここじゃなくても……俺たち、もう学生じゃないんだから他の店でも良かったんじゃないか?」
ライルは予備学校を、自分は聖フレイヤ学園を卒業し、天命の一員としてそれなりの給料をもらっている。学生時代、期末テスト前に入ったファストフード店よりも良いものを食べられるはずだ。
「固い事言うなって、親友! この限定チーズバーガーは今を逃したらもう食べられないんだ」
「狙った獲物は逃さない、それが狙撃手として一番大事な事だって、綺羅先輩から教わったからね」
得意気に指を銃の形に変えた彼のあとを歩く。特段食べたいものもなかったし、彼が屈託なく笑っているならそれでいいけれど。
ようやく注文を終え、席を探しに狭くなった通路を進む。普段は天命基地の食堂や、外食するにしてもほど近い範囲で店を選ぶことが多かったから、繁華街に位置するこの店の混雑に、お互い慣れていなかった。人の流れに乗せられてはぐれそうになるも、どうにか窓際のカウンター席を確保する。鞄を置いて一息つく間もなく、手に持っていたレシートの番号が呼ばれた。いそいそとカウンターまで向かえば、トレーの上にはふかふかのバンズの間からとろりとチーズが見えるハンバーガーが並んでいる。ライルは目を輝かせてトレーを受け取り、うきうきとした様子で人の間を通り抜けていった。こういう時だけは、持ち前の観察眼でするすると先に進んでしまうんだから。
「親友! 早く早く、チーズが冷めちゃうだろ」
「はいはい。ライルこそ、その指輪は外した方が良いんじゃないか」
お洒落好きの友人は、今日も服に気を遣い、それに合わせたアクセサリーを沢山つけている。耳元のカフスとチェーンで繋がるイヤリングに、コートの間から見える細いネックレス、それから幾つもの指輪。ここまで沢山つけてなお、品のある印象が先立つのだから不思議だ。当の本人はチーズが冷めると言っておきながら、一つ一つ指輪を丁寧に外して端に置いているけれど。
いただきます、と二人でハンバーガーにかぶりつき、ふわりとしたバンズとジューシーなパティ、それらをつなぐ濃厚なチーズの味わいを楽しむ。隣に座る彼は猫舌だから、勢いよく食べたせいでやけどしてしまったようだ。確かに、固まらないよう熱され続けていたチーズは彼にとって大敵ともいえるだろう。彼のトレーに置かれている飲み物を手に取り、ストローを指して手渡す。
「さすが親友! 僕のことを分かってくれているんだね」
過剰なまでの褒めを適当にあしらって、再びハンバーガーに手を伸ばす。ほかほかとしていて、少し肌寒くなってきたこの季節にはぴったりだ。
「美味しいかい? 君を誘って正解だったよ。予備学校時代に作ったチーズフォンデュ、大好物だっただろう?」
「確かにこれも美味しいけれど……あれはライルが作ってくれたからだ。別に特段チーズが好きってわけじゃないよ」
いきなり静かになったと思えば、彼は耳を赤くしてそそくさとポテトに手を伸ばしている。冬が近いとはいえ、人の多い店内はわずかに暑い。コートを脱げばいいのに、と考えていながら残りのハンバーガーを食べ終えて、袋に零れ落ちたチーズをポテトで掬う。
ライルもハンバーガーを完食したようで、同じように零れてしまったチーズまで味わおうとしていたが、先ほど自分のポテトは食べきってしまったらしい。上目遣いでこちらを見つめてくる彼に、仕方がないなぁとトレーを寄せれば、たちまち上機嫌になった。
「そうだ、この後新しいアクセサリーを見に行きたいんだ。折角だし、親友が選んでくれよ」
お互いメインのハンバーガーを食べ終え、他愛もない会話を繋げながらまだ重たい飲み物のカップをくゆらせる。彼は食事前に積み上げた自分の指輪を眺めながら、次はどんなデザインが良いかを話していた。だが、生憎自分はそこまでアクセサリーに詳しい訳ではないし、ファッションにも疎い。今日の服装だって、キャロルに何度もダメ出しされながら決めたものだ。
「というか…そんなにあったら、もう必要ないんじゃないか。今でも十分似合っているし」
「分かってないなぁ! 君から貰ったものは一つもないじゃないか。確かに今日の僕もきまっているけれど、そういうことじゃないんだ」
そう言ってアクセサリーについて力説する彼を横目に、トレーの隅でくたびれていたストローの紙を円環状に折り曲げる。
「はい」
彼が見せてきた左手の、指輪が一つもハマっていない指にストローで作った即席のプレゼントを贈る。当たり前だが、精巧なデザインとそれを活かした並びのなかで、くしゃくしゃになった紙の指輪は悪目立ちしていた。ライルはぽかんとして、外しもせずに静止している。そう言えば、ライルはいつも左手のなかで唯一指輪をつけずに空けていた。そこにぴたりと嵌る自分の贈りものを見るのは、なんだか気分がいい。
長い静止と沈黙のあと、ライルは顔を隠すように背を向ける。
「………まったく、君ってやつは。僕がこの指をずっと空けてた理由も知らずにさ、」
歯切れが悪そうに言葉をつぶやく彼の手をよくよく見返してみる。幾つも指輪をつける彼が、唯一開けていた薬指。それも、左手の。今はそこに、しおれた紙がくるりと巻き付いている。ようやく彼の真意に気づいて、ぺたりと力なくこちらを見つめてくる恋人の手を取った。
「その……指輪、買いにいこう」
「変な言い方をしないでくれって!」