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    ひとねむり

    竹くく 勘くく
    小説

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    ひとねむり

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    竹くくワンライさんネタ 日焼け
    うまく昇華出来無くての供養
    現パロ社会人 付き合ってない

    日焼け あー、久々知さんすみません、この決済なんですけど、どうも見積もりが違ってたみたいで、ああ、そうそう、本当すみませんけど修正を。
     あ、はい、分かりました、修正しておきますね。
     普段無駄口なんてほとんど話はしない。仕事の際は仕事の話しかしない。そもそも世間話が苦手である。それだから、示された決済書類にばかりに目を落として、それを受け取って終わろうとしたけれども、今日ばかりは、あれ? と思うことがあって、ついついと目線が決済書類から、その手から、手首へ、そうして、その人の顔までじっと注視してしまった。
    「……えーと、久々知さん?」
    「あっ、すみません。修正しますね、修正」
    「えっ、あのっ、そのっ、俺、なんか変ですかっ」
    「えっ、違います、全然変じゃないです。すみません。失礼しちゃって」
    「えっいやあの、言ってください! 気に触ることしちゃったなら謝るんで!」
    「なんでそうなるんですか。違いますって。えーと、そうじゃなくて、あの、竹谷さん、すごい日焼けしましたね」
     つい先週の金曜日には、気にも留めることもなかったその肌色が、たった二日の休みでこんがりと黒くなっている。鼻の頭、頬、おでこ、腕から手首。赤みの伴う焼けっぷり。極めつけに皮剥けまでして乾燥してる。紛うことのない日焼けだ。人の変化には敏感とは言えない自分が気付いたくらいなのだ。暦はともかく、気候だけでいえば炎天下とも言えたこの土日。兵助といえば、家で英気を養って休んでいたけれども、竹谷さんはどこかに行ったのだろう。こんなにも焼けるくらいに。元気だなぁ。すごい。見た目通り、性格通りにアクティブで外交的な彼らしい。そして、その変化はいちいち自分程度の仲の同僚に指摘されるまでもなく、指摘されていることだろう。
     わざわざ、そんなことで話の腰を折ってすみません、という気持ちがあれども、きょとん、とした彼の表情に無防備さはあっても不快さはなかったから、ついついと口が緩んでしまう。
    「夏休みの小学生くらいに変わってたから、ついつい。すみません。こんなことで手を止めさせて」
    「え、あっ、あ〜、そんなことないです! そう! ちょっと、この休みはずっと出ずっぱりだったんです!!」
    「いいですね。彼女さんなりと、楽しんだんですね」
    「え!! いません!! 彼女とか! いないです!! 全然いません!! 彼女じゃないです!! 違います!! 俺めっちゃフリーです!!」
    「あ、はぁ、」
    「あの! えーっと!! 親戚のチビ達と!! めっちゃいるんです!! 親戚にちっちゃいの!! めっちゃ年離れてて、そのチビ達の世話任されちゃって!! ほら! えーと、ほら!! ちっちゃいでしょ! みんな男です! みんなで虫とりして!! 全然女っ気とかないですから俺!!」
    「はあ」
     何もそこまで躍起になって説明しなくてもいいものを。竹谷さんのその勢いについつい気圧されてしまいながらも、わざわざ携帯から写真まで見せられたら、見ないでいるのも失礼だろうとその画面を覗き込む。確かにちっちゃい男の子たち数人に混じって竹谷さんがいる。そのうえ、そんな竹谷さんこそまるで少年のように虫を手にしながらはしゃいでいるのが分かるくらい笑っている。女っ気の無さを被虐的に話しているけれども、これはこれで楽しそうじゃないか。普段仕事もよく出来て、ガタイの良いスーツ姿で圧迫感すらあって、それでいて醸し出されるアクティブな陽気さを持つ竹谷さんとは、ほとんど話せることもないと思ったけど、なかなか可愛い趣味をお持ちのようである。
    「なんかすごい楽しそうじゃないですか」
    「いい匂いする……」
    「え? します? 竹谷さんお腹もう空いたんですか?」
    「えっ、あーーーー、違いますごめんなさい違います!! なんでもないです!!」
    「はぁ。竹谷さん虫とか小さい子の世話とか、野外活動平気なんですね」
    「ま、まぁ、そうですね、」
    「へぇ。あの、うちの実家、林業してて山の中なんで、もしもっと虫取りたいとか、キャンプしたいとかあれば、仰ってください。何か相談に乗れるかも」
     まぁ、ほとんど社交辞令のようなものである。あー、そうなんですね、じゃあ何かあったら是非、とかなんとか言って大変遠回しな誘いと拒否は社会人のよくある対応の一つである。なんとなく膨らんでしまった話題の収めどころが分からなくて、ついついとこんな手段にまで及んでしまった。日焼けの話題一つでよくもここまで。いい加減に書類をもらって、それでは、と席に戻るだろう目論見は、けれどキラキラした目の竹谷さんに気付いて、またしても、あれ? と首を傾げることになってしまう。
    「い、いいんですか!!」
    「えあ、あ、あー、力になれること、あれば」
    「全然!! なれます!! 嬉しい!! めっちゃ嬉しいです!!」
    「あ、はぁ、それは何より、」
    「あの!! あ、えっと、れ、連絡先!! 連絡先教えてください!! 相談、乗って欲しいです早速!! あ、昼ごはん行きましょう!! あ、昼より夕食のがいいかな、奢りますから俺!! あの、是非久々知さんと一緒に色々とどっか行けたら嬉しいです!!」
    「あ、はい、えーと、じゃあ、どうぞ、」
     何だか竹谷さんの勢いに気圧されてばかりいる。誰かにここまでグイグイと押されたことなんてないから、その躱し方も分からずに、易々と己の連絡先を渡してしまっている始末だ。友達がいないわけではないけれど、それでも兵助には竹谷さんのようなタイプの友達がいたことも、こうしてグイグイと強引に感じてしまうようなやり取りもなかったし、連絡先を追加しただけで益々とキラキラと嬉しそうな表情をされることもなかったから、正直、困ってしまう。
     竹谷さん、見た目とは違うんだな。俺みたいなタイプは苦手だと思ってたけど。意外と無邪気で可愛いところがあって、ふうん、なかなか、なんというか、
    「すっごい嬉しいです!! 早速ご飯行きませんか!? 俺、久々知さんといっぱいお話ししたかったんです!!」
     きゅん、と不覚にもときめいてしまう笑顔をしてくる。気のせい、気のせい、勘違い、とさりげなく胸を撫でさすって、「あ、はい、こちらこそ、」と無難なつもりで、きっと全然無難ではない応答をしてしまう。
     困った。困った。普段はどちらかといえば格好良いのに、可愛いところもあって、懐に入り込むのが上手い人じゃないか。これは困った。良くない。きゅん、とときめいている場合ではない。竹谷さんがそっちの人であるはずがないんだから。……彼女いないって言ってはいたけど。

     無駄口も世間話も兵助はしない。いつ、どこから、誰から、うっかりとその嗜好がバレてしまうか分からないから。そんなつもりはなくとも、それでも相手から見たらきっと不気味なことだろうから。
     竹谷さんなんて全然タイプじゃないし。いかにも陽気で、社交的で、普通で、そして気味悪がりそうなタイプじゃないか。
    だから話すこともなかった。彼の周りは同じようなタイプの人々がいて、兵助の分からない話題で楽しそうにしていたのも知っている。ただ意外と兵助みたいな人間にもニコニコ笑っちゃって、気軽に懐に入り込んできて、マリンスポーツでもなしに子供の世話の虫取りでこんがりと日焼けするような無邪気さに、ついうっかりときゅん、って来ちゃっただけなのだ。
     勝手に期待して、勝手に裏切られた気持ちになって落ち込むことにもとっくに慣れている。その感情の治め方だけは兵助の得意なことになってしまった。大丈夫、平気、いつものこと。おすすめのお食事屋さんを羅列して弾けるように笑う竹谷さんを、若干惜しいと思ってしまいつつも、いい加減に書類を突きつけて躱せば、兵助はようやく一人になってため息を吐ける。そして誓う。
     もう、誰かを好きにはならないと。

    「や……ったぁ!!」

     そうして同じように一人になった竹谷が、人知れずガッツポーズをしていることなんて、兵助には知る由もなかったのだ。
     
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