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    ひとねむり

    竹くく 勘くく
    小説

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    ひとねむり

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    竹くく 室町
    久々知くんが護衛先の娘さんに気に入られちゃった話

    護衛任務「兵助、帰ってこないの?」

     己の口調から滲む不機嫌さは、これでも抑えたつもりなのに全然隠しきれていなくて、余計に不機嫌な気持ちになってしまう。勘右衛門は肩を竦めて「ご覧の通り」と少し笑う。そこにいるのは、勘右衛門一人。見たまんまの状況。つまり、兵助は帰ってきていない。まだ、任務の最中なのだ。
     それが、八左ヱ門は気に食わない。

     武家の姫さんが良からぬ輩に狙われているので護衛を頼みたい。
    い組がその任務に選ばれたのは、ただ都合よく身が空いていて、内容もちょうど良かったからだ。年頃の姫さんという対象に、いささか色めき立った者もいれば、高貴な血筋らしい身分に気後れする者もいたりと、様々な反応だったらしい中でも、八左ヱ門が「いってらっしゃい。気をつけて」と送り出した兵助は平素と変わりのない態度だった。むしろ、どちらかと言えば、前日に逢瀬の際に「しばらく会えなくなるなぁ」と呟いた消沈した声と、詫びしげな顔ばかりが残っている。二人だけの時に見せる顔は、日が昇ればすっかりと引っ込んで、切り替わる潔さと任務に据える心意気は、八左ヱ門が好ましいと思う兵助の一面でもある。だから、頑張れよ、と送り出した。あの時は本気で、本当にそう思っていた。
    「まさか、兵助が気に入られちゃうとはなぁ」
     本来ならそう掛かり切りになる任務にはなるまい。姫さんの護衛と、良からぬ輩を突きとめる側とで配置して、何人かで回していく。長期に渡れば中途報告も兼ねて学園に一旦帰還したりもする。それでも、兵助はそれがない。
     気に入られてしまった、らしいのだ。
     その、姫さんに。
    「連れ添って街歩いているの見たよ。なんか和やかな感じだった」
    「あれも最初は作戦だったんだけどねぇ。でも相手もなかなか慎重なんだよね。今じゃ姫さんの要望でデートみたいになっちゃって」
    「そんな暢気な姫さんなの?」
    「うーん……、どうなんだろう。でも豆腐の話をしない兵助って、普通に格好良いんだよね……」
     数週間は経っただろうか。ただ忙しく手こずっているだけならば、八左ヱ門はここまで不機嫌になんかなりはしない。それでも、そうではない。なかなか尻尾が掴めずに手を焼きながら、交代する彼らを出迎えても、その中に兵助はいつもいない。二人の関係を知らない彼らが、「気に入られていいなぁ」「養子になったりするのかなぁ」と無責任なことを述べているのを知らない振りして通り過ぎる。根拠のない噂話に踊る自分ではない。と、思うけど、でも八左ヱ門だって見てしまう。可憐でありながらも尊さを思わせる彼女と、いつも八左ヱ門の前ではふわふわ腑抜けた締まりのない顔で笑う兵助が、凛々しく隙なく連れ添って町を歩いている姿を。
     なんだか、すごくお似合いだなぁ。
     そこにいるのが己の恋人だという自覚すら薄れてしまうくらいに、まるで完成された一組の形をしていたので、八左ヱ門は自然にそう思ってしまった。あまりにもじっと見てしまったからだろうか、ふと、姫さんの目がこちらを向いた。一瞬翳った顔が、不安を醸していて、尊さを滲ませる雰囲気に、年齢相応の幼さを思わせた。その姫さんの表情を悟った兵助が、周りを見た。
    こちらを向いた。
    そして、八左ヱ門と目が合った。
     けれど、何も反応することなく、兵助は姫さんに向き合った。
     何を言ったのだろう。姫さんは袖で口を隠していて、笠を深く被っていて、それでも不安を消して笑っただろうことは分かった。そりゃあ任務中だから、私語なんて厳禁だけど。でも、無視。無視かぁ。仕方ない。仕方ないけど。そのまま歩き去っていく彼らを、八左ヱ門は鬱屈した気分で見送った。
     お似合いだなぁ。なんか、なんか、すごい、お似合い、だなぁ。
     思う度に、心が落ち込んでいく。それでも、そう思ってしまう。そういえば、兵助は普段は豆腐豆腐豆腐豆腐とばかり鳴く男だけど、色んな知識は持っている。話術だってある。品良く育てられたのだろうな、という穏やかな性格をしていて、荒々しさはなくて、でもどこか野性的な力強さがある。魅力的、なんだろうな。女の人から見て。兵助は。だって、すごくお似合いだった。俺だったら、多分何を話せば良いか分からない。虫の話なら出来るけれど。かろうじて花の話も出来なくはないが、それでも場を繋ぐだけのぎこちない会話にしかならないだろう。あんな風に、兵助みたいに、笑わせたり、緩やかに会話なんて、出来るかな。それも女の人相手に。多分出来ない。兵助、豆腐の話だけじゃないんだ。笛とか弾けるもんな。武家や貴族の所作や、嗜みも押さえていたもんな。
     女の人の横に並ぶ兵助って、すごく、格好良いんだな。
     落ち込んだ心は、一向に浮上してこない。だって、兵助に会えない。話せない。待っていたって、兵助は帰ってこない。姫さんが離してくれないのだ、と、噂だけが届く。「しばらく会えなくなるなぁ」という詫びしげな顔を覚えていようとも、随分と実感の乏しい記憶になっていく。寂しい。寂しさが募っていく。いや、寂しさだけなら、いい。
     怖い、と思う。
     帰ってきた時に、兵助が言うかもしれない想像をして勝手に怯えるまでになってしまった。
    『養子になった』『入婿に』『今後も用心棒として』『ごめん』『俺』『あの人のこと、好きになった』
    「八左ヱ門? どうした?」
    「……俺も可愛い女の子に生まれたかったよぉ」
     殴られた。
     けれど、この不安はちっとも飛んでいってくれないのだから、益々と八左ヱ門の嫌な気持ちを募っていくばかりだった。

     ガヤガヤと門に溜まるい組の面々を見て八左ヱ門は瞬時に状況を察する。目を配らせて意中の人を探すが、けれど、いない。
     八左ヱ門以外にも、彼らが帰ってきたことに気づいた級友たちが声を掛けている。帰ってきたの、お疲れ、意外としぶとかったなぁ、また話聞かせてよ、あ、そういえば姫様の恋はどうなったの、それがさぁ。最後まで、久々知は引き止められてたよ、何を言われるんだろうなぁ、後で聞こうぜ
     聞きたいこと、聞きたくないことが同時に耳に入ってくるが、八左ヱ門は一言一句と漏らさないように耳を研ぎ澄ます。そして目的の言葉を聞いた途端、踵を返した。早足で歩きながら、この後の予定を考える。課題。後で回せる。復習。後で回せる。委員会。終わった。ご飯。後で個人的に何か食べればいい。呆気なく算段をつけたら、早足の流れのままで着替えと最小限の荷物を持って、また戻る。さっきまでガヤガヤとごたついていた門前はもう人もいなくなっていた。「こんな時間からお出かけ?」と言う小松田さんの言葉を曖昧に濁して、さっさと歩き出す。
     歩きすがら、考えるのは兵助のことだ。
     きっと怪我はないだろう。あの雰囲気から任務も成功している。だからその心配はない。だから、今八左ヱ門がこんなにも不安で、不安のまま早歩きに進むのは、結局自分勝手な想像のせいでしかない。
     まだ、姫さんに引き止められている。袖に隠された手は、八左ヱ門には見えないし、きっと触れることなんて全くない。それでも、歌を詠んだり、楽器を弾くための手はきっと華奢で白くて美しいのだろう。その指が兵助の衣を引いたのだろうか。引き留める声は、鈴のような音をしていたのか、それとも愛らしく弱々しく艶めくものだろうか。高貴な血を思わせる声色なんて音もこの世にはあるのだろうか。その声で、一体どんな引き止めに合っているのだろうか。どんな話をしているのだろうか。その姿形で、兵助を誑かしているのだろうか。魅力的な誘いでもして兵助を留めようとするのだろうか。なんだ。なんだ。卑しいことめ。何が姫さんだ。武家の家だ。あいつは俺のだぞ。俺の恋人だぞ。あんたがお金を払って依頼して我儘を言うことでしか傍にいられない兵助は、俺の、俺のことが好きな兵助なんだぞ。それを、よくも、クソ、独り占めしてくれやがって。
     歩く毎に、怒気が積もっていく。歩いても歩いても、まだ辿り着かないやるせなさがそうさせるのだろうか。この合間にも、白魚のような姫さんの指がどんな篭絡をして兵助を掠め取るのかと気が気でない。だからまた足は歩みを早めていく。蹴るように進む足に土埃が纏わりついて、鬱陶しい。そんな歩き方をする自分に気付くと、本当は嫌になる。せっかちで、配慮の欠けた自分の性質は、兵助とどこまで釣り合うものなのだろうか。
     思い出したくないのに、連れ添って歩いていた一組の男女の姿を思い出して、泣きそうになる。優雅に歩いていた。急くことなく、一瞬一瞬を楽しむように。どんな物にでも風雅を見出すような、穏やかな連れ合いだった。いつも兵助の顔と反応ばかりにしか気をやれない自分とは全然違うのだろう。また悔しさが湧く。怒りが湧く。それを誤魔化すためには、結局八左ヱ門は必死に歩くしかないのも、また、やるせなくて。
    「あ、」
     ポツン、と向こうに見えた人影に、思わず足を止めた。そして次の瞬間にはまた走り出す。その人影だけを見て走る八左ヱ門と同じように、向こうも走り出したのが分かると、さっきまでの怒りも悔しさも忘れて、そこに辿り着くことに夢中になる。ワクワクしている。近づくほどに嬉しさが湧いてくる。もう見える距離にいる。その顔が、見える。ふわふわと締まりのない、腑抜けた笑顔。
    「八左ヱ門だ!!」
     お互いに走る勢いを殺すこともなく、そのままぶつかり合って止まった。ドスンとした衝撃はあるのに、それでも痛みも苦しみもなく笑う兵助と同じように、八左ヱ門も嬉しさで笑顔が止まらない。さっきまで怒っていたのに、悔しさのまま暴言を吐いていたのに、兵助の顔を見れば吹き飛んでしまう。兵助の、後ろめたさも申し訳なさも何も感じさせない、どころか嬉しさをあらわに、格好良さの欠片もなく、八左ヱ門にとって可愛い笑顔を見せられたら、それだけで、自分の心配が全部杞憂だったことが分かって、不安なんて全部弾けてしまった。
    「任務お疲れ様、大変だったな」
    「んん? そうかな。みんなより楽させてもらったから申し訳ないよ。八左ヱ門はどうしたの? これから町に用?」
    「兵助を迎えに来た!」
     え? って顔をした兵助は、すぐに照れたように顔を朱に染め、嬉しさで緩む表情をして、さらに笑った。そこに凛々しさなんて全くない。いつもの、変わりのない、二人きりの時だけの兵助の顔をして、手に取るように分かる兵助の心に八左ヱ門の心は救われていく。それでも八左ヱ門はまだいじけなく、恋心が絡んでいればこそ、兵助に起きたことを兵助の口から知りたくて仕方がないと思ってしまう。
    「なんか色々聞いたよ。姫さんのお相手してたって。楽ってことはないだろ」
    「そうかなぁ。傍で話したり、護衛って名目で散歩してたくらいで、なんか身体鈍っちゃった気がするよ。結局下手人はみんなが捕まえてくれたんだし」
    「いいじゃん。そのー、姫さんの安心にはなったんだろ?」
    「だといいけどなぁ。まだ子供だったから、別に俺じゃなくたって大丈夫だったろうけど」
    「いやいや、いや、随分、気に入られてたみたい、って-、聞いた」
    「ん? そうかなぁ? たまたま懐かれただけだと思うよ。気に入られてたって言うのかな、あれは」
    「今だって、兵助だけ帰るの遅いから、だから、心配しちゃってさぁ、俺」
    「あ、そうなの? そっかぁ。へへ、ならちょっと得したのかなぁ」
    「得?」
    「ん、その、」
     言葉を濁した兵助は、少し周りを窺う。右見て左見て、上を見て、周りを見て、一周、二周と首を回して、誰もいないことを悟った兵助は、そうっと八左ヱ門に近づいて、慣れたような仕草で八左ヱ門の肩に頭を置いて抱き付いた。
    「……八左ヱ門だー……」
    「………どっ、どど、ど、どうした? め、め珍しい、」
    「ん、ごめん。ありがと」
    「いや別にいいけど俺も全然嫌じゃないし!!!!」
    「……ありがと」
    「……任務、やっぱ大変だったの……?」
    「いや。それは本当に楽させてもらったよ。姫様、素直な子だったし、わがままも程度があったし弁えている賢い子で、うん、大変なんかじゃなかったよ」
    「そう……?」
    「んー、女の子って大変だなぁーって」
    「大変……?」
    「うん。女の子って小さいし、か弱い。俺だったらさぁ、力づくでどうにかなるし寸鉄もあるから、大抵の怖いことも対応できないと自分が未熟だなーって思うだけだけど、女の子ってさぁ、小さい。弱いよ。一応守ってる名目だから、それも姫様相手だから、傷とか、そういうの、心配して、……なんか勝手に疲れてはいたかも」
    「可愛い姫さんだった、もんな……」
    「うん。だから八左ヱ門のこの逞しさに、安心」
    「……ん?」
    「女の子の護衛って、緊張するよ。これからそういうの増えるのかなぁ……。だから、八左ヱ門は、しっかりしてて、安心する。ホッとする。傍に居ると憧れるなーとも思うし、でも安心して気も抜けちゃうな。強くて逞しい。八左ヱ門だ。うん。……ふふ。格好良いなぁ、好きだ」
     ギュッと腕を回して、八左ヱ門からも抱きしめ返したのは無意識だった。でも、腕の中で、また笑い声が響いて、身体を撫でてくる兵助の腕が、八左ヱ門を救う。
     俺、なんか、バカだったなぁ。自分勝手だったなぁ。
     兵助が俺のこと、好きなの、分かってたのに。それなのに、俺はいっつもせっかちに、不安になって、しょうもない。
    「……兵助さ、どうして一人だけ遅くなったの?」
    「ああ、姫さんがね、また、お会いできますか? って最後に言ってきたんだ」
    「……それで?」
    「ご依頼があれば忍術学園までどうぞ、って言った」
    「……そっか」
     ようやく八左ヱ門は、勝手に憎しと思っていた姫さんに同情を覚える。並大抵ではない天然なのだ。本当に大変だったのだ。大変だったのだぞ。渡しはしないが、またお会いなんてさせないが、それでも、本当に恋心だったのであれば、その痛みもやるせなさも、無情さも、八左ヱ門だけしか分かってやれないのかもしれない。だからと言って、同情以外はしてもやれないが、恋心だけど。
    「うん、よし。早く帰ろう。頂いたご飯も美味しかったけど、食堂のおばちゃんのご飯食べたいし、お豆腐も食べたいし!」
    「あ、うん、帰るか」
    「あと、夜、」
    「うん?」
    「行っていい?」
     兵助の指が、くん、と八左ヱ門の衣を引いた。白魚、ではない、骨張ったカサついた指が、まるであどけなく八左ヱ門に誘いをかける。伺うような少し気恥ずかしさと不安と、でも期待の籠った目がこちらを向いている。それはこの前八左ヱ門を通り過ぎて、姫さんに向けた瞳よりもずっと優しくて、可愛くて、甘い視線で、八左ヱ門を籠絡するようで。
    「うん!」
     思い切り頷けば、緩み切った顔をして兵助は笑う。
     どれだけ凛々しくて、品があって、強くて、格好良い兵助の姿があっても、こんなふわふわで腑抜けた兵助は、八左ヱ門だけのもの。
     どんな一国の姫にだろうと、絶対に譲ってはやれはしない、八左ヱ門だけの唯一無二の人なのだ。
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    ひとねむり

    DONE🎋📛
    室町 女装して女の子と張り合うくくちくん
    女装 始まりは、八左ヱ門が村の娘を助けたことだった。

     荷運びをしていた最中なのだろう、荷物が辺りに散らばっていてその横に娘が転がるように座していた。足を挫いただろうことが一目瞭然な状況に、八左ヱ門は少し迷った後、手を貸した。最初は不審そうに、なんなら迷惑そうにしていた娘だったが、自分では動くに動けず困っていたのも確かで、結局八左ヱ門の手助けを受けた。最初は淡白だった娘の受け答えも、歩みが進んで行くうちに本来の性格が出てきて、活発で明るい表情になって楽しげな会話を交わしてくれた。家まで送って去ろうとする八左ヱ門を引き止め、最後にはお礼を申し出るくらい気を許してくれた。
     断れないまま受けたお礼は、また別のお礼になる。会うきっかけとなる。八左ヱ門もお礼を返した。そうしたらまたお礼返しになる。やめ時がなくなる。断ることも難しかった。積極的な娘は押しが強かった。娘の魂胆が分かったところで、あくまでお礼の体裁を取る娘は断るとしおらしく振る舞って、八左ヱ門の罪悪を突く。くのいちじゃなくても女は駆け引きがうまいなぁ、と感心してしまうし、それでもいつまでもこの魂胆に乗ってもいられない。けど、うまく断れなくて!!
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    ひとねむり

    DONE竹くく 室町
    久々知くんが護衛先の娘さんに気に入られちゃった話
    護衛任務「兵助、帰ってこないの?」

     己の口調から滲む不機嫌さは、これでも抑えたつもりなのに全然隠しきれていなくて、余計に不機嫌な気持ちになってしまう。勘右衛門は肩を竦めて「ご覧の通り」と少し笑う。そこにいるのは、勘右衛門一人。見たまんまの状況。つまり、兵助は帰ってきていない。まだ、任務の最中なのだ。
     それが、八左ヱ門は気に食わない。

     武家の姫さんが良からぬ輩に狙われているので護衛を頼みたい。
    い組がその任務に選ばれたのは、ただ都合よく身が空いていて、内容もちょうど良かったからだ。年頃の姫さんという対象に、いささか色めき立った者もいれば、高貴な血筋らしい身分に気後れする者もいたりと、様々な反応だったらしい中でも、八左ヱ門が「いってらっしゃい。気をつけて」と送り出した兵助は平素と変わりのない態度だった。むしろ、どちらかと言えば、前日に逢瀬の際に「しばらく会えなくなるなぁ」と呟いた消沈した声と、詫びしげな顔ばかりが残っている。二人だけの時に見せる顔は、日が昇ればすっかりと引っ込んで、切り替わる潔さと任務に据える心意気は、八左ヱ門が好ましいと思う兵助の一面でもある。だから、頑張れよ、と送り出した。あの時は本気で、本当にそう思っていた。
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