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    ひとねむり

    竹くく 勘くく
    小説

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    ひとねむり

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    🎋📛
    室町 女装して女の子と張り合うくくちくん

    女装 始まりは、八左ヱ門が村の娘を助けたことだった。

     荷運びをしていた最中なのだろう、荷物が辺りに散らばっていてその横に娘が転がるように座していた。足を挫いただろうことが一目瞭然な状況に、八左ヱ門は少し迷った後、手を貸した。最初は不審そうに、なんなら迷惑そうにしていた娘だったが、自分では動くに動けず困っていたのも確かで、結局八左ヱ門の手助けを受けた。最初は淡白だった娘の受け答えも、歩みが進んで行くうちに本来の性格が出てきて、活発で明るい表情になって楽しげな会話を交わしてくれた。家まで送って去ろうとする八左ヱ門を引き止め、最後にはお礼を申し出るくらい気を許してくれた。
     断れないまま受けたお礼は、また別のお礼になる。会うきっかけとなる。八左ヱ門もお礼を返した。そうしたらまたお礼返しになる。やめ時がなくなる。断ることも難しかった。積極的な娘は押しが強かった。娘の魂胆が分かったところで、あくまでお礼の体裁を取る娘は断るとしおらしく振る舞って、八左ヱ門の罪悪を突く。くのいちじゃなくても女は駆け引きがうまいなぁ、と感心してしまうし、それでもいつまでもこの魂胆に乗ってもいられない。けど、うまく断れなくて!!

     そう悩む八左ヱ門に、兵助はふぅんと澄ました顔をして、「それでも約束は約束なんだろう? 行ってこいよ」と軽くあしらわれる。
     兵助の興味なさげなところも、八左ヱ門の恋人の矜持を抉ってきて寂しかった。

     そう思っていたのに。

    「あら、八左ヱ門さん?」

     積極的かつ、活発な娘が腕に引っ付いてくるのも今更なことだが、茶屋で捲し立てながら話しているお茶時に、聞いたことあるような、ないような声がしたと思ったら、そこには兵助、もとい、女装をした兵助がいた。
     八左ヱ門を興味なさげに見送った兵助が、とびきりに装った女装をしてここにいる。
     え? 見間違……、いや、え? え!? 兵助!? と驚く八左ヱ門をよそに、兵助は上品さを窺わせるゆったりとした仕草で口に指先を当てて優雅に笑っている。
    「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね。とっても嬉しいです」
    「へ、は、ぁ、そう、です、ね……?」
    「ここでお会いできたのもご縁ですもの。ご迷惑でなければ、ご一緒にお茶をしてもよろしいかしら?」
    「も、もちろん、」
    「嬉しいです。妹さんも、良かったかしら?」
     特別な色も塗られていない目元だけど、なぜだか艶めいた眼差しを醸す兵助の瞳が、八左ヱ門の横に向いた。途端、八左ヱ門の腕に回されていた腕が引っ込んで、「……どうぞ」といつか聞いた淡白な声がする。続けて「私、妹なんかじゃありません」とむくれた声がしたけれど、兵助の穏やかで、周りを包み込むような優しげな声で「まぁ、可愛らしいお方でしたのでつい勘違いをしてしまって。失礼しました」と返されたら、子供っぽさが対比的に浮き彫りになった。「いいえ」と返しながらも、ギュッと彼女の口が噤まれたのが見えた。

     兵助の堂に入った女装を見るのは、決して初めてではないけれど、八左ヱ門の前でも徹底的に女として振る舞う姿に思わず感服してしまう。惚れた欲目を抜きにしても兵助は元より綺麗な顔立ちをしていると思うが、それに反して普段から仕草や動作は男性的である。だけど今の兵助の仕草は本当に女の子に見えた。腕や足の先までは衣服で隠れているとはいえ、お菓子をつまみ、話し、笑う時に添える指先は細かだ。触れば案外と骨張って太さと硬さを感じる指のはずだけど、見るだけの指は白くて細くて、仕草もあいまって綺麗だとしか思わない。声変わりも済んでしまった低めな声色も、少し高く発しつつゆったりとした話し方と口調に誤魔化されて違和感はない。表情だって、化粧だけでは装えない笑い方に、視線の向け方、口の動き、首の傾け方、いちいちと言葉で拾えない細々とした全ての仕草が、本来は男の身の兵助を女にさせて、真実を知っている八左ヱ門をしても、いや、真実を知っているからだろうか。すごいなぁ、綺麗だなぁ、って八左ヱ門はいつもダメ出しばかりされる自分の身に置き換えて尊敬すら感じてしまった。
    「妹さんじゃなくて、お友達でしたのね。とても仲がよろしいから勘違いしてしまって、ごめんなさい」
    「い、いいえ。そう、た、……竹谷さんには、とっても良くしてもらった、んです」
    「お優しい方ですものね。私も大変良くしてもらっているんです。この前も、……そうでした、お世話になったばかりです。八左ヱ門さん、改めてお礼をさせてくださいね」
    「え? えぇ〜……? そんな大したこと、してない、ですから……?」
    「そうですか? いつもお世話になってばっかりで申し訳ないわ……。八左ヱ門さんが無欲な立派な方なのは素敵なことですけれど、いつかちゃんとお礼をもらってくださらないと気が済まないわ」
    「そー、ですか……? 本当に、構わないんですけど……?」
     一段と笑みを深めた兵助の表情は、色っぽさと愛らしさがあって本当に美人さんだ。こんな状況とはいえ、久々に休日に兵助と街に出ている環境に、なにせ恋人なのだから多少の嬉しさは感じてしまう。話しながらもついついと、これ美味しいんですよ、これもおすすめなんです、と八左ヱ門の皿から茶菓子を分けてしまい、兵助は「私がお礼をする側なんですよ」と唇を軽く尖らせながらも、好意を素直に受け取る。集中してお菓子を食べ始めて会話を止めた兵助は、小さく口を開けてお菓子を食んで、口を閉じて咀嚼する。なるほど、なるほど、と八左ヱ門は感心し、綺麗さを眺めるようにそれを見つめる。視線に気付いたのだろう兵助は、咎めるというよりは恥ずかしそうに、だけど楽しんでいるような笑みをした。
     兵助の突然の来訪、それも女装のおまけ付き、という事態の意図は、さて、なんだろう。兵助のことだから、何か理由あってのことなのだろうが。もしかしたら、出かけの際は澄ました顔をして、八左ヱ門の困り事なんて歯牙にも掛けていない様子に見えたけれど、案外と気にして手助けをしに来てくれたのかもしれない。そう思える程に、八左ヱ門の隣に座る娘はすっかりと黙り込んでしまった。いつもは尽きることなくお喋りに励み、八左ヱ門の腕を掴んで連れ回すのに、今日は膝にギュッと握った拳を置いている。兵助が彼女にも何か話題を降っては、言葉少なな淡白な調子で答えて、続かない。最初の頃の警戒を思い起こさせつつも、付き合いも経た今、それが娘なりの陰気な表れであることも分かってきた。決して悪い子でもなく、かわいい顔立ちだってしているが、それでも今娘は、完璧に振る舞い、優雅で品のある色を見せる兵助の前に圧倒されている。
    「あの、竹谷さん、」
    「……ご馳走様。八左ヱ門さん、それにお嬢さんも、お邪魔して失礼いたしました。楽しいお時間でしたわ。私、そろそろお暇しますわね」
     同時に言葉を放った、のではなく、狙ったのだろう。娘の高くも、どもついた声よりは、兵助の凜とした声のが響いて、最後まで告げられた。必然、八左ヱ門が見るのは兵助で、立ち上がり去ろうとしていく兵助に、声を掛けるのだってもちろん兵助なのだ。
    「あの、お家まで帰るのは大変でしょう? お身体の調子が万全ではないんですから」
    「……そんなことありませんよ」
    「いえ。送らせてください。腕でも肩でも貸しますので」
    「……私、またお礼が溜まってしまって、返せるでしょうか。困ってしまいます」
    「はい。まとめてお礼もらいますね」
     まぁ、と笑った兵助だけど、隠しきれない兵助らしさが滲み出ていて、ちょっと嬉しくなった。帰る前にと、八左ヱ門が娘の方を振り向けば、彼女は随分と素っ気のない顔をして、よそ見をしていた。
    「今日は、そういうことだからごめんな、」
    「全然気にしてなんていないわ。さようなら。……そう、……うん、それと、そう、私、そろそろお家の……畑の収穫で忙しいの。しばらく、会えないわ」
    「……そうか。頑張れよ」
    「……さようなら!」
     八左ヱ門からの別れの言葉を聞くこともなく慌ただしく彼女は立ち去っていった。気まずい思いはあれども、それでも安心する思いのがずっと強い。なんにせよ、ようやく娘は諦めてくれたようだ。
     ふぅ、と無意識に安堵の息を吐きながら兵助に向き直る。
    「ありがとう。兵助。帰ろっか」
     さっきまで美しい所作を見せ、美しく笑っていた兵助も、気が抜けたのだろうか。ちょっと歪んだ笑みで「うん」と気取らない返事をした。

     兵助の狙いが、八左ヱ門の思う通りだったとするならば、もう大袈裟に女らしさを振る舞う必要は無くなっただろうが、そうは言っても帰路の途中、女の装いはまだ脱げないため最低限の所作を兵助は装っている。たおやかさなんて必要ないが、それにしたって、兵助は歩みを進めていく程に、複雑で、陰鬱な顔を深くしていく。女物の着物で歩幅が狭く、八左ヱ門の腕を掴みながら、いつもと違うゆったりとした歩く様は、疲れよりも、何か言いたげなものを感じるのだ。
    「兵助」
    「……なに?」
    「帰る前に、話そう。その方が二人だけで話せるし」
    「……別にそんな必要ないよ」
    「そんな顔してそういう事言うなよ」
    「可愛いだろ」
    「うーん、綺麗かな、どっちかっていうと。でも、いつもだって可愛い」
    「……何話すの?」
    「手助けしてくれてありがと」
    「……八左ヱ門のためじゃない」
    「うん。兵助は嫉妬で動くと、その時は良くても後で後悔するタイプだよな。嫌なことさせてごめん」
     複雑で、陰鬱な顔をしていた兵助は、グッと何かを堪えるような顔をした。しばらく黙りこんだ後、辺りを気にするように兵助は周りを見渡して、八左ヱ門の腕を引っ張って道の隅の木々に八左ヱ門を寄せた。そうして、抱きついた。
    「……あの子のこと、悲しませちゃった」
    「俺がちゃんと断れなかったから、ごめん」
    「本当だよ。ちゃんとそういうのにも対応できないと駄目だろう。ばか。あほ」
    「うん。親な役やらせて嫌な思いさせてごめんな。ありがとう」
    「……かわいい子だったな」
    「そうかもなぁ、でもあんま気にしてなかった。どうやって断って諦めさせるかばっか気にしてたから」
    「三郎と勘右衛門と、あと雷蔵にも悩んでもらって、とっておきのおめかししてもらったんだ」
    「うん、すっごい綺麗だった。すごいなーって、俺も見習わないとなーってずっと見ちゃった」
    「でも、……俺は女装、嫌い!!」
     さっきまで、八左ヱ門より低かった兵助の身丈は、いつもと同じ程の高さに戻っている。所作だけじゃなく、誤魔化せない体格差をそれでも誤魔化すのが技なのだ。内股になって、肩をすくめて、そうしてどうにか女の身に近づけて、違和感を所作で上塗りして、兵助は綺麗な女だった。それでも、ぎゅうと抱きつく身体から感じる肉体は、男であることがはっきり分かってしまう。
    「内股で膝曲げてるの疲れるし、肩痛いし、喉痛いし、指の先までしゃんとしないとだし、ちょっと気を抜くと足広げそうになるし、目の前には八左ヱ門を慕う本物の娘さんいるし、気も遣った!! お菓子も味しなかった!! 足疲れた! 肩も背中も痛い! 頬も引き攣ってる感じする! 目もパチパチする! もう疲れた! すごい疲れたんだ!!」
    「そうだよな、うん、そうだよな、ごめんってー!」
     夕暮れの程、帰路に着く者たちは道を通り、二人を揶揄うように「痴話喧嘩かい?」「暗くなる前にお帰りね」と声が掛けられる。顔を埋めてしまっている兵助の代わりに、八左ヱ門が笑顔だけで会釈するが、その誰もが二人を男女であることを疑ってはいない。兵助の女装は、ちゃんと上手い。それが今は不満になろうとも。
    「こんなバカみたいなことして、俺、本当、ばかみたい。バカだ」
    「バカじゃないよ、すごい助かったんだ。それに、兵助が来てくれて嬉しかった!」
    「そうだよ! 感謝しろ!」
    「休みだって会えなくなって申し訳なかったし、自分の招いたことを自分でケリをつけられなくて、本当に悪いって思ってる! でも、それはそれとして、兵助が来てくれて本当に嬉しかったんだよ! 興味ないって思ってたから、来てくれて、兵助が俺のこと好きなの伝わって、嬉しかった!」
    「そうだよ! そう! ……そうだよ。俺、八左ヱ門のこと好きなんだ」
    「うん。嬉しい」
    「……男だけど、好きなんだ」
    「うん。同じだよ。俺も男だけど、兵助が好きなんだ」
     腕が沈むほどに力を込めたら、より兵助の肉体が伝わってくる。決して柔らかくはない身体。逞しさのある芯の通った身体。でも、八左ヱ門がよく知る兵助の身体。誤魔化せない距離で触れられる、恋人の兵助の身体だ。
    「俺の好きな恋人は兵助だけだ」
     顔上げさせたら抵抗はなかった。複雑な面持ちは消えたけれども、不安の色を見せる兵助の口を吸う。誰か通ったかもしれないが、気にはしなかった。もつれあう男女の姿は珍しい訳ではないから、気にもされず通り過ぎられる。だから存分にその口を吸って、行動でも伝える。俺は兵助が好き。
    「……も、いい」
    「いいの? もっとしたいよ俺は」
    「もう、女装、疲れたんだって。早く脱ぎたい」
    「とびきりのおめかししてくれたのに」
    「うん。こっちのがいい?」
    「ううん。いつものが好き。そっちのが可愛い」
     ばか、と兵助が笑った。不安より、照れくささの滲むからりとした明るい笑みを見せてくれた。やっぱりさっきよりもずっと可愛いと思う。
     歩き出した歩幅は随分と広くなってて、これならそう掛からずに学園に帰れるだろう。それでもきっと疲れているから、兵助の手を握って、八左ヱ門も歩き出したのだ。
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    ひとねむり

    DONE🎋📛
    室町 女装して女の子と張り合うくくちくん
    女装 始まりは、八左ヱ門が村の娘を助けたことだった。

     荷運びをしていた最中なのだろう、荷物が辺りに散らばっていてその横に娘が転がるように座していた。足を挫いただろうことが一目瞭然な状況に、八左ヱ門は少し迷った後、手を貸した。最初は不審そうに、なんなら迷惑そうにしていた娘だったが、自分では動くに動けず困っていたのも確かで、結局八左ヱ門の手助けを受けた。最初は淡白だった娘の受け答えも、歩みが進んで行くうちに本来の性格が出てきて、活発で明るい表情になって楽しげな会話を交わしてくれた。家まで送って去ろうとする八左ヱ門を引き止め、最後にはお礼を申し出るくらい気を許してくれた。
     断れないまま受けたお礼は、また別のお礼になる。会うきっかけとなる。八左ヱ門もお礼を返した。そうしたらまたお礼返しになる。やめ時がなくなる。断ることも難しかった。積極的な娘は押しが強かった。娘の魂胆が分かったところで、あくまでお礼の体裁を取る娘は断るとしおらしく振る舞って、八左ヱ門の罪悪を突く。くのいちじゃなくても女は駆け引きがうまいなぁ、と感心してしまうし、それでもいつまでもこの魂胆に乗ってもいられない。けど、うまく断れなくて!!
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    ひとねむり

    DONE竹くく 室町
    久々知くんが護衛先の娘さんに気に入られちゃった話
    護衛任務「兵助、帰ってこないの?」

     己の口調から滲む不機嫌さは、これでも抑えたつもりなのに全然隠しきれていなくて、余計に不機嫌な気持ちになってしまう。勘右衛門は肩を竦めて「ご覧の通り」と少し笑う。そこにいるのは、勘右衛門一人。見たまんまの状況。つまり、兵助は帰ってきていない。まだ、任務の最中なのだ。
     それが、八左ヱ門は気に食わない。

     武家の姫さんが良からぬ輩に狙われているので護衛を頼みたい。
    い組がその任務に選ばれたのは、ただ都合よく身が空いていて、内容もちょうど良かったからだ。年頃の姫さんという対象に、いささか色めき立った者もいれば、高貴な血筋らしい身分に気後れする者もいたりと、様々な反応だったらしい中でも、八左ヱ門が「いってらっしゃい。気をつけて」と送り出した兵助は平素と変わりのない態度だった。むしろ、どちらかと言えば、前日に逢瀬の際に「しばらく会えなくなるなぁ」と呟いた消沈した声と、詫びしげな顔ばかりが残っている。二人だけの時に見せる顔は、日が昇ればすっかりと引っ込んで、切り替わる潔さと任務に据える心意気は、八左ヱ門が好ましいと思う兵助の一面でもある。だから、頑張れよ、と送り出した。あの時は本気で、本当にそう思っていた。
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