SS③カンッ、カラカラカラ…カン、
ふっ、と意識が浮上する。眼前に広がるゼロ距離の机。何が落ちたんだろ、今何時だろ、風呂入ったっけ?今日平日?集合何時だっけ、
ぐるぐるぐるぐるぐる、異様に酒に強い身体はひたひたになるまで染み込ませたはずの酒を無視して思考を回す。
何も確認したくない。平日設定のアラームがなっていないからきっと寝坊はしていないだろうけれど、そもそもこの机に突っ伏している状態を改善することすら億劫。だって絶対固まってるし、痛むし。
「も〜〜………、」
れんちゃん誘えばよかった。あぁでも、れんちゃん余程機嫌よくないと平日呑んでくれないんだよなぁ。
ぐぐ、と上に起き上がることを嫌がり横にズレる。かんから、と追加で落ちた酒缶を無視してスマートフォンに手を伸ばした。
5:31
「……」
最悪の時間。今からシャワーを浴びて着替えて化粧して出勤準備を全て済ませても酒で寝落ちした罪悪感に浸る隙間ができる時間。
朝ごはんなんて食べるタチじゃない。黒々としたコーヒーを無意識に胃に流し込むぐらいで、朝食に時間をかける方法を知らない。
洗濯機でも回す?ありかも。でもあれ、ボタン押したら暇になっちゃうし。
「はぁ、」
諦めた。バキ、となった気がする肩を無視。面倒くさいと思う前に酒缶を拾う。台所に空になった数多の残骸を並べ、部屋の電気を付ける。
ごちゃごちゃとお世辞にも綺麗とは言えない部屋は何度観ても嫌気がさす。なんでこんなに整理下手なんだろ。またれんちゃんに下着拾われる羽目になる。
歩きながら部屋着を脱いだ。昨日の私は酒に手を伸ばす前にギリギリ部屋着に着替えられたらしい。えらい。
ぱち、とブラホックに指をかけひっぺがす。ネットに放り込んで何日か溜まった服もまとめて詰めて回る洗濯機を眺めること3分。
無駄な時間を自覚して温水に変わる前の冷水を浴びること1分。年単位で変わらない洗剤も、草臥れたボディタオルもわざわざ認識するものでもない。
洗って拭いて、髪にタオルを巻いたまま服をひっかけベランダへ。防犯なんてどうでもいい。来たいなら来ればいい。
早朝から数度おなじ内容を繰り返すニュース番組をながし熱湯から作られたコーヒーを回せば、多少思考が阻害される気がした。
残りの時間どうしよう。今日は外で捜査なんて予定では無いけれど、自分の出来る限界まで顔面でも作ろうか。
天使の横を歩く人間の面は、もう1枚皮膚を被る程度しなければ目も当てられないだろう。
彼に出会う前はもっと5分やそこらで終わるやっつけメイクだった。
テレビから音を流したまま洗面台の前に立つ。誰かが言っていた。「メイク用品は爆発物」全くもってその通り。言葉を体現しているメイクポーチに手を突っ込み、クズ女が刑事の面になるよう手段を踏む。
人が見る姿がまともならいい。まとも人間になんてなりたくなかったけれど、劣悪品のレッテルを貼られるのは耐えられなかった。
今週末はれんちゃんに付き合ってもらおう。酒を煽って、家に投げ込まれる前に自分で帰ろう。もう朝起きてすっぴんの自分と綺麗になった部屋を見るのは御免だから。
カンっ、とコップに放り投げたブラシがグルグルと周り持ち場につく。…最後に洗ったのいつだっけな、支障が出てないから良し……うん、問題が出てからなんとかしよう。
毎日中身の変わらないバックを掴む、ヒールを踵にはめる。
毎日の変わらない動作だ。さっさと行って書類でも片して、れんちゃんに恩を押し売りしよう。
がちゃこん、としまったドアを抜け、長い一日を始める覚悟を決めた。