「どうする?」
「……どうもこうも、出直すしかねぇだろ」
他国の保持するダンジョンにしか生息していない薬草の採取。それが今回の依頼だった。無事にお目当ての都市に辿り着き、正当な手続きに則ってダンジョンに入る許可は得られたものの、入ってもいいと指定された日取りはなんと六日後。別にそれ自体はなんの問題もなかったけれどダンジョンに一番近いこの都市には国外の人間、いわゆる余所者が日を跨いで滞在することが許されていなかった。どうやらそっちにはそっちで許可が必要だという。
国内ならば別にそんなもん守る必要はないけれど、他国の息の掛かった場所でそんなことをしたら外交問題になりかねない。らしい。
六日間野営するほどの準備なんてしてきていないし、ここは一度ゼルージュに戻って出直すべきかと、そんな議論がテーブルの上では交わされていた。
私は真面目な話を肴に酒を煽る。難しいことはよく分からないし、ただ半分の決めたことに従うだけだ。
「……あのテーブルにいるの、この都市の領主じゃねえか?」
エンディが一際うるさかったテーブルを横目に見ながら呟く。釣られてそっちを見てみるが、そんな訳あるかと言いたくなった。いかにも下品で成金そうな、でっぷりとした腹に欲望と金を詰め込んだジジイが通りがかった女の胸元をまさぐっている。
「あんなコテコテの悪人みたいな権力者いる?」
「い~や、確かにそうだね、新聞で見た。ジェリコって奴だよ」
まあ、エンディが言うならそうなんだろう。
「ふ~ん……あ、じゃあさ、あのジジイなら発行できんの? 滞在なんちゃらって」
「そりゃな、アイツがこの街で一番偉ぇんだから」
それを聞いてふと、思いつく。
「任せて」
「何を」と言いかけるエンディを無視して立ち上がり、胸元の紐を緩めて、邪魔にならないようひっつめていた髪を解く。
「ジェリコ様ぁ~♡ご一緒させて頂いてもいいですか?」
そして、ひたすら肉と酒の並ぶテーブルの上に腰掛けて、ジェリコ様とやらの顎を下から撫ぜる。自分でも胸焼けしそうな、甘ったるい声と喋り方だ。
「見ない顔だな」
一瞬、静寂が流れる。
「ゼルージュから来ました、冒険者です……♡ジェリコ様のお噂はかねがね」
隣に座っている部下であろう人間を押し除けてジェリコ様の隣へ陣取る。こういう分かりやすく私欲を満たすのが好きそうなバカは頭の軽い女が好きだと相場が決まっている。
「これまた可愛い冒険者だなぁ、許す、一緒に飲もうじゃないか」
掛かった。
§§§§§§§§§
「とっても綺麗な都市ですよねぇ♡テラコッタの道に白亜のお屋敷、アタシもうここに住みたいかも~♡」
「そうかそうかぁ!」
ぴっとりと肩を抱かれて生温い吐息が首にかかる。浮ついたおべっかと、酒も入り気分は上々。
「可愛いなぁお前は! 気に入った、明日もこうして席につけ!」
「光栄です~♡あ、でもぉ……滞在許可証が無いのでこの後すぐ街を出ないといけないんですぅ……」
「なに?」
わざとらしくシュンとしてやる。胸を覗き込んでんのがバレバレだよ、エロジジイ。
「アタシ、まだジェリコ様と遊びたいなぁ……♡」
ダメ押しの一手。太ももを撫でながら耳に吐息を吹きかける。
「よ、よし……! 許可証だな? 発行してやろう! 一週間か? 一カ月か? いくらでもいなさい」
「キャ~~♡ジェリコ様だいすきぃ♡」
ぎゅっと抱きついてやる。胸を当てるのはサービスだ。そのまま強く抱きしめてられて、ヒソヒソと囁きかけられる。
「それで……今から屋敷に来ないか? どうせ安宿しか取れないだろ、それでは疲れも取れまい」
「嬉しい……♡でも、ココ、連れ込み宿でしょう? 一夜の火遊びはこういうところの方が燃えません……?」
「……! そ、そうだなぁ、確かに、じゃあ」
ここで誘いを断ったら水の泡だ。ジジイの頭が熱に浮かされて勃起してる今のうちに許可証を貰わないといけない。
近くの店員を呼びつけて何やら耳打ちをしながらチップをポケットに捩じ込んでいる。おおかた、一番いい部屋を今すぐ使わせろとでも言ってるんだろう。
なんとなく、仲間たちの方へ視線を向けると全員もれなく呆然としたようにこっちを見てる。見んなよ。
こっそりと中指を立ててやるとわざとらしく目線を逸らして再び飲み食いを始めたのでよしとする。そして私はというと、人のケツを揉みしだきながら豪快に笑うジジイと一緒に宿部分の二階へとあがっていくのであった。
§§§§§§§§§
「はい、これ」
ほんのりと湿気て、くしゃくしゃになった滞在許可証をカウンターに広げる。適当な裏紙だけどジェリコ様のサインがしっかりと入ったこれでも十分効力はあるらしい。
いつの間にお開きになったのか、皆は退散して半分だけがバーカウンターに残っていた。
隣に腰掛けて飲みかけのワインを奪って喉を潤すと、ほんのりとした苦さと葡萄の香りが鼻を抜けていく。エロジジイに噛みつかれた乳房がジクジクと痛む。
「どういうつもりだ」
低い、抑揚のない声だった。
とてもじゃないが依頼のために身体を張った仲間へ向けるものではない態度に少し苛立つ。
「何が?」
「俺が仲間に身体を売らせて喜ぶ男に見えるか?」
「……なんそれ、いつからお綺麗で真っ当な冒険者になったの?」
別に責められるようなことをしたつもりはない。力、道具、魔法。冒険者はあらゆるものを使う。その中で私は『女』という手札をきっただけにすぎない。
「別に、冒険者になる前散々やってたことだし、華麗な身体でもないから、お気になさらず」
冒険者になる前、何の力も後ろ盾もないスラム生まれの女が一人で生きていける方法なんて考えるまでもない。これまで私の体を沢山の男たちが乗り越えていった、それが一人増えただけ。疵にもならない。
「次、俺の目の届く範囲でああいうことをしてみろ、二度と国境を超える冒険には連れてかねぇ」
「…………」
それなのに。
「返事」
どうして。
「はいはい」
逃れられない圧に屈する。なんでもないことだった筈なのに、こうして人間扱いをされると、なんだか胸がソワソワして
「軽蔑した?」
つい、そんなことを聞いてしまう。
半分のことは好きだ。
それが冒険者としてなのか、恩人としてなのか、男としてなのか、今は分からない。ただ今回の件だって、半分の役に立ちたかった筈なのに。
自分で聞いておきながら答えを聞くのが怖くて、グラスに残った僅かなワインを一気に飲み込んで喉を潤す。
「……!」
突然、後頭部を掴まれて半分の方へ引き寄せられる。そのまま気がつくと唇が重なってて、ぬるりと、大きな舌が咥内を這い回る。まるで口の中に残ったワインを全部よこせと言わんばかりに。
少しして、ようやく解放された。間に伸びそうになった唾液の糸を舌で絡め取った半分。まるで飲み込むようなキスに息も絶え絶えの私と違ってムカつくくらいにいつも通りの半分は立ち上がる。
「くだらねぇこと聞いてねぇで、もう寝ろ」