ずっと感じていた。
俺は普通の奴とは違うって。
それが明確になったのはいつか忘れたが。
俺は俺であって俺じゃない。ウメマツ タケとタケ・プラムパインの途方もない時間と、記憶と、感情と……とにかく、いろんなもんが混ざり合って、溶け合って、今の俺に成った。前世の記憶があるなんてよ、口に出して言ったらイカれた奴扱いされるんだろうな。でも俺の、魂に刻まれたこの記憶は、妄想の類とは到底思えなかった。
電車の中に、そいつは立っていた。外の景色をぼーっと眺めて、時折眩しそうに目を細める。過去の俺が焦がれて仕方がなかった、何度も夢に現れた、見知った顔。俺はそれを目の当たりにして暫く立ち尽くすことしか出来なかった。
「は……はん、はんぶんっ?」
「あ?」
「なあ、半分だよなッ!? 俺! タケ! タケだよッ!」
「ちょっと、待てよ」
ワイヤレスイヤホンを耳から外す半分を無視して肩を掴む。
「分かるだろ!? 俺だよ「待てって!」
興奮のあまり、つい手に力が入る。そんな俺の腕を振り払って訝しげな顔をしながら半分は呟いた。
「誰だ? お前」
瞬間、胃がひっくり返った。びちゃびちゃと床を汚す胃液と、あがる悲鳴。でも俺はそんなのを気にする余裕もなく、絶望に打ちひしがれながらゲロの中に膝をつくしか出来なかった。
「ほら、水」
「……」
半分は、覚えていなかった。アイツらのことも、グレンダのことも、勿論俺のことも。
「お~い、口の中気持ちわりぃだろ、飲めって」
この顔も、口調も、優しさも、忘れる訳がねぇ。駅のホームで項垂れる俺の隣にしゃがんで覗き込んでくる顔をじっと見つめる。ぐりぐりと押し付けられるペットボトルを受け取り、一気に飲み干した。
「なぁ……」
俺は洗い浚い喋った。過去の記憶、うん十年の孤独、ずっと、ずっと、お前に会いたかったこと。
「俺はオカルトとかあんま信じてねぇけどよぉ~、なんとなく、お前の言ってることは嘘じゃねぇって、分かるよ」
ほら、やっぱり、お前は半分だよ。
半分は俺の一個下だった。隣の高校に通ってて、笑えることに名前もそのまんま『半分』だとよ。半分は茶化しもせず、興味深そうに俺の話を聞いてくれる。
それから、俺たちはずっと一緒に過ごした。遊び惚けて、たまに悪ぃことして、笑いあって。……そういう関係になるのに、時間は掛からなかった。
「なあ、タケェ、お前、前世でも俺のこと好きだったのかよ」
「アァ!?」
胸の上で寝そべる半分の顔を覗き込むと、ニマニマといたずらげに笑っていた。
「だってそうだろ、じゃなきゃ、元トモダチにちんぽおっ勃ててる変態だ」
「……」
「いってぇ……! オイ! なにすんだよ!」
むき出しの背中を思い切り叩いてやると、真っ白な肌に紅葉みたいな掌の跡が残る。抗議の声をあげる半分を無視して、無理矢理腕の中におさめながら俺は眠りにつくことにした。
俺と半分が、なんのためにこんな生を受けたのかは分からない。禊とやらを終えた俺への天からの贈り物か、或いは、俺はこの後に半分を失うことになり今世でも苦しめと云う思し召しか。
なんだっていい。今俺の隣に半分がいる。それだけで、俺は息が出来る。
本当に嬉しかった。嬉しかったんだ。
◇
タケと音信不通になってもう一カ月。電話も出ねぇしLINEも既読がつかない。何度か家に尋ねたが出る気配がなくて、諦めて帰るしかなかった。ただ玄関に置いておいた差し入れは次に訪ねた時には無くなっているので、飯を食える元気はあるんだろうと、それだけが救いだった。
その日はいつもと違った。三日前、ドアノブに掛けておいたビニール袋がそのままで、中を覗くと手を付けられた痕跡もない。
「タケ」
いよいよこれは放置出来なくなったと、玄関をノックする。
「タケェ!」
それでも返事がなくて、叫びながらより強く叩くとぼろっちい戸が揺れてきしむ。徐にノブに手をかける。鍵のかかってないそれはゆっくりと回り、あっさりと俺を迎え入れた。
「入るぞ……」
返事はない。
「タケ……?」
家の中はゴミでいっぱいだった。カサカサと、隅から虫が這いまわる気配がする。部屋の奥。こんもりと膨らんだ布団はもぞもぞと動き、布越しにタケの啜り泣く声がした。隣に腰を降ろして、優しく撫ぜる。
「心配したぞぉ。飯食ってるか?学校も行ってないんだろ、どうせ。ちょっとでもよ、外の空気吸いに行こうぜ、こんなとこいたら…………なぁ、どうした?」
一頻り声を掛けても反応がなくて困り果てていると、布団の隙間からぬっと手が伸びてきて、そのままとびかかってくるタケが覆いかぶさり二人してゴミの海に沈むことになる。久し振りに見た顔はクマだらけで、やつれてて、目が真っ赤に腫れていた。
「半分! おれ、おれぇ……」
俺の胸に顔を擦り付けながら泣きじゃくるのを、ただ抱きとめる。
「ずっと、ずっとお前に会いたかった、話したかった、それが叶って俺、スッゲー嬉しい筈なのに、ちょっとだけ違うんだ、それが、なんか、すげぇ気持ち悪くて……半分は、ベーコン苦手だったんだよ、でもお前はそんなの気にせず食うし、犬より猫が好きだし……」
堰を切ったように言葉を吐き出すタケの声に耳をそばだてる。
「お前は、俺の知ってる半分なのに、俺の知らない半分で……」
爪をたてられた首が痛む。
「あたまがおかしくなりそうなんだ」
泣き腫らした赤い目は抜け殻のように光がなくて、代わりにギラギラとした狂気と孤独に満ちていた。
悲しいかな、俺はコイツの言っていることが少しだけ分かってしまう。タケはたまに、懐かしいモノを見るような顔で俺を見ていることがある。そういう時、俺は少し困る。こいつは今『どっちの俺』に愛を囁いているんだろうと、分からなくなるから。
「半分」
痛い程の沈黙を破って、タケが呟いた。
「死んでくれ、俺と」
瞬間、俺の身体に纏わりつく腕に力が籠る。まるで、絶対に逃すまいと、叫んでいるようだった。
「やり直そう、今度はお前が俺のこと覚えててくれるように……俺がお前のこと忘れて産まれてこられるように……」
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『本日未明、東京都内のアパートで男子高校生二人の遺体が発見されました。警察によりますと被害者の一人の自宅アパートの中で、折り重なり、寄り添うように倒れている状態を大家により発見されました。死因は刺し傷による失血死。また遺体には他の目立った外傷や着衣のみだれも無く、警察ではより詳しい死因と原因を調べています』
あとがき
記憶なしと記憶ありの転生ってこういうすれ違いが起きないのかな〜と思った
今世の半分はやっぱり「タケ・プラムパイン」にとってはまがいものだよね という話 そこに確かに愛があったとしても・・・