「大体、なんで女ってのはすぐぴ~ぴ~泣くかね……落ち着けってちょっと腕掴むだけで折れただの痛いだのDVだのうるせ~し、その癖アイツはボコボコぶん殴ってくるし……」
女にやり返されこたえてると思われたくなくて「別に痛くねぇけど」とすかさず付け足す。
聞いてんのか聞いてねぇのか知らないが、半分はくぴくぴとグラスに口をつけて相槌を打つのみだ。俺はただ愚痴を吐き出したいだけなので、構わずひたすらカエデへの毒を吐き続ける。
「お前、気に入らないことがあるとすぐ怒鳴り散らしてるだろ」
「あ?」
漸く口を開いた半分から出てきた言葉。それがなんだか責め立てられているように感じてつい、低い声が出た。
「それでたまにぶつ」
「……だったら、なんだよ」
見透かされているようで、ちょっとムカつく。酒を飲むのも忘れひたすらにつまんでいた柿ピーが無くなったのに気がつきハイボールを煽る。
「いいか? 痛みとデカい音でしつけられんのは獣とイキがってる野郎くらいだ。女にも一時的には有効かもしれないけどな」
手持ち無沙汰のように、空になったグラスを傾けながら急に饒舌に語り出す半分の言葉に耳を傾ける。
「教えてやる」
とん、とん、と緩やかなリズムでテーブルを叩く指先に視線が引き寄せられた。
「女を飼い慣らす方法」
「まずは、目を見ろ。男女も自然界も変わらねぇ、怖気付いた方は動けなくなる、目を逸らしたいのに逸せない……相手の喉がひくりと引き攣ったら、瞳孔が小さくなったら……サインは幾らでもある、俺が格上、主人だって認識する、意識でじゃない、本能でだ」
半分がずず、と詰め寄ってきて、互いの吐息が混ざり合いそうな距離になる。そして、じっと――見つめられる。
気色悪ぃ。野郎と見つめ合う趣味なんてないのですかさず離れようとするが、さっきまでの腑抜けたツラではなく鷹のような、鋭い視線に射抜かれて動けなくなる。酔っているにも関わらず、逸らすと、後ずさるとまずいという冒険者として研ぎ澄まされた本能が発揮される。
半分の言葉通り、喉が引き攣り、ごくりと唾を飲み込んだ。やけに大きい音が、恐らく俺だけに聞こえていた。
「それから、呼吸を観察。相手の呼吸から一拍遅く、遅く、遅く、早く、早く、遅く…………繰り返して、リズムを乱す」
そう言われて、自然と俺は、自身の呼吸ではなく半分の息遣いを意識してしまう。口から漏れる微かな吐息を追いかける。
「目で、耳で、呼吸で……五感を支配する」
すり、と半分の、デカい手が俺の頬をさすった。逆らえない、逆らうべきではないと、漠然とした、しかし確かな確信が脳を支配する。
「言葉を投げかける時は、ゆっくり、低く、染み込ませるように」
威圧感なんてない、しかし、だからこそするりと耳から心臓へ抜けていく言葉たち。瞬間、グラスの氷が崩れ膜に包まれていたような意識が引き戻される。そのまま半分の手を振り払おうとするが、
「コージ」
脳を揺らす、低い声。
「俺を見ろ」
恐怖と安心感と、本来は同居し得ない感情が脳へ染み込んでいくのが分かる。逆らえない、ではなく逆らいたくない、この男に、と危うい欲望を自覚する。したところで、何の意味もないのだが。
「…………どうだ?」
「……!!」
おちゃらけた声と一緒に額を小突かれ、ぶは、と溜め込んでいた息を思い知り吐き出す。
半分の顔と自分の手のひらを交互に見つめて、首裏を伝う冷えた汗の存在を確認したところで、ようやく、俺は俺の身体の支配権を取り戻せた気がした。
「えげつねぇ……」
「そうだろぉ」
動揺を隠し若干引きながら感想を述べると、半分はドヤりながらグラスの中、僅か残る酒を飲み干す。
カエデくらい単純な女ならもっと簡単に手のひらで転がされてしまうんだろう。コイツにあんま近寄んなと、自分の女に忠告すべきだろうかと思案しながらむずがゆいケツで座り直した。