ワンドロ「香水」 放火だ。と誰かが叫んでいる。忍びだ、忍びの仕業だ、と。
無数の、伸びる手、手、手。髪を掴まれ、腕を捻られ、足を折られ。怒声、罵声、敵意。
終いには固く冷たい牢の中、土床に転がされた留三郎はただ暗闇を見つめていた。
――帰るもののなくなった家を見て、アレはどう思うだろうか。
――きっと、いつものごとく。酒と肴をもって来るだろう、同期の男。
――たくさんの土産話を持って。語り、聞き、未来の話をするために。
「許せ、文次郎」
そこにはもう、俺はいないのだ。
鼻の奥で、つんっと白檀の香りをかいだ。
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浅いまどろみから、留三郎は浮上した。
真っ白なキングサイズのベッドに、今は留三郎の姿しかない。隣にあったぬくもりはとうになく、枕元の時計が無慈悲な現実だけをつきつける。
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