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    hana6la

    かべうち別宅(詫)

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    hana6la

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    2018/09/26 log
    サイトに置いてあった花澤くんのお誕生日に書いたお話です

    ##橋姫

    【脛に傷】 この発憤興起すべき世の中で、昼間っからゴロゴロと寝ている馬鹿があるかッ! 
     処暑も過ぎて暑い暑いとへこたれるごときは、意気地無しの骨頂なり。夏が暑くなければ、それこそ大変! 大事変! 稲穂も頭を垂れず、柿も栗もアケビでさえも実を結ばず、秋はことごとく生色を失することとなる。この暑さが嫌な奴は、勝手に遊泳場なり滝に打たれにでも行くが良い。そのほうが、よっぽど建設的である。

     なに?
     この時期の遊泳場は、snobばかりで気に食わぬ?

     うむ、左様。それならば仕方あるまい。
     無理に湖へ行けとは言わぬ。
     だが、我々は大いに夏を愛するのだ。
     暑ければ暑いほど、無駄なやる気が満ちて来る。
     そこで、企てたのが「日橋川徒歩縦断旅行!」
     十六橋を始点とし、近代的機械工場を支える四つの発電所を見物してまわるのである。昨今は、国費を得た学生が西比利亜鉄道にて欧州まで行くご時世。まるで猫の散歩のような旅ではあるが、一日で巡って来られる距離なら他にはあるまい。それでも口をアングリ開けて惰眠を貪るよりは、千倍も万倍も愉快に間違いなしである──、たぶん……

     ──と。そこで
     怒濤の勢いで続いた玉森の弁論が、ぱたりと止まる。

    (さては、飽きたのか)
     今年で九つになる子どもは、博文館より発行された冒険世界の「本州横断 癇癪徒歩旅行」の冒頭を、巧みに真似て俺達に聞かせていたのだが。突然、発条の切れた玩具のように動かなくなってしまった。俺はさほど、驚かなかった。小さな子どもには良くあることだ。そっと玉森の顔を覗いてみれば、先ほどの威勢は何処に消えたのか、情けない声で俺の名を呼んだ。

    「なんと、……鼻緒が、切れてしまったのだ」
    「そうか、……見せてみろ」
     足を貸せと玉森の前へ屈めば、素直に俺の肩へ手を置いて、下駄履きの足を差し出す。同い年の水上や川瀬に比べれば、いくぶんか小さい。切れた鼻緒の当たっていた指の間は、ほんのりと赤くなっていた。

    「痛くはないか?」
    「ない」と、玉森は首を振った。
     それにしては、覇気がない。
     日差しにあてられたのだろうか。

    「下駄はすぐに直してやろう、その前に」
     ぺたりと前髪の張り付いた額へ手をやる。
     汗もかいているし、熱もないようだ。

    「ああ、大事ではないな」
     ため息を吐く俺を玉森は、じっと見つめていた。
    「どうした?」と聞けば
    「幸先が、悪いのだ」と答える。
     そこでようやく合点がいった。

     せっかく、皆を集めて蛮カラ画伯だの、応援将軍だの、写真技師だの役割を振ろうとしていたところ、出鼻をくじかれてしまったらしい。優しい水上は「夢に見たのでは、ないんだろう?」と慰め、聡い川瀬は俺に「うるさいから、早く下駄を直してやって」と責める。
     たかが鼻緒というが、下駄が壊れていては前には進めぬ。幸いにして煩い姉達に鍛えられ、下駄の応急処置ならば、少しは腕に覚えがあった。まずは、手ぬぐいの端を裂き切れてしまった鼻緒と取り替える。元の藍色に白地は目立つが、仮止めの間に合わせだ。穴に通した仮の鼻緒を裏で三度ほど結べば、元通りとは言えなくとも歩くだけなら差し支えない。

    「ほら、出来たぞ」
     そう言って、下駄を差し出せば玉森の丸い瞳が、昼間の湖面のように輝いた。太陽の光線より明るく、眩しい。俺はどうにも、三つばかり離れたこいつの笑顔にかなわない。もしも弟というものがあったなら、たぶん玉森のような存在であっただろう。

    「立ってみろ」
     どうだ? と。
     まだ笑っている子どもの顔を見上げる。

     タンタンと下駄の歯で足踏みをして「ヨシヨシ、直ッテイルゾ」と、玉森は続けて短い礼を言放った。まったく根拠のない伝聞ではあるが、旅立ちに下駄の鼻緒が切れるのは、吉凶の凶である。下駄を直しても「幸先が悪い」のには変わりない。

    「それなら船着き場はどうだ? 遊覧船が来ているぞ」
     見に行かないか? と。
     尋ねれば、また。
     きらきらと眩しい光が、我が視界へと落ちてくる。
     その後、日橋川徒歩縦断旅行へ同行したのかといえば、故郷を離れる最後の日まで実現しなかったのだ。


    (──幸先が悪い、か)
     子どもの下駄とは明らかに違う、鮮やかな赤い鼻緒を直しているとき。そんな他愛もないことを思い出した。ザアザアと傘に当たる雨の音が、羽化したばかりの蝉時雨と似ていたからか。ほんの一時だけ、心が雑踏を離れて古里の森のなかに移っていたようだ。

     気付けば、傘を貸した女人から「軍人さん」と呼ばれていた。
    「──なにか、余所のことを考えていらして?」
    「いえ、なにも」
    「そうですか、こんな雨のなか、何をするにも不自由だと思いますのに。悠然と笑っていられるなんて、さすがに士官学校出の男子は違うのですね」
    「……自分が、笑っていましたか?」
    「ええ、口元が少し」

     名も知らぬ令嬢から指摘され、思わず口を覆ってしまった。彼女はそれを「もったない、良い笑顔でしたのに」と首を傾げた。剛健強勇を生命とする男子が、舞台俳優のように愛嬌を振りまいては格好がつかない。手のひらの下、慌てて口を閉じれば、今度は女のほうがクスリと笑い声を漏らした。

    「誰か、想い人でも?」
    「そういうものでは、ありません」
    「そうですか、それなら良かったわ」

     なぜ良かったと言ったのか、丁寧に理由まで彼女は教えてくれたのだが、女学生の間で読まれているという本の名を知らず。彼女のする話の半分も理解しなかった。流行りの女流文学だと言うから、同じものが姉の書棚にあったかもしれない。残念ながら、他人の本まで借りて読むほどの読書家でもなく。

    「──雨、いつまで降るでしょうか?」
    「研究室の見立では、夕方までと。傘はそのまま、貴方が持っていけばいい」

     豪雨のせいで国鉄の駅は酷く混雑している。不可抗力とはいえ制服のままの兵隊が、嫁入り前の若い女人と親しげに話していたのでは、彼女に悪い噂が立たずとも限らない。しっかりとした身なりの淑女であったから、どこか良い家の子女であるのは間違いなかった。

    「いいえ、後でお返ししますわ」
     ありがとうと頭を下げた女を駅の外まで見送った後、俺自身も首を傾げた。雨に濡れてしまった女物の白い足袋が、日に焼けた子どもの裸足に見えるなど。白昼に幻でも追っていたのか──。


     東京に来て唯一の友に鼻緒のくだりを話してみれば、腕組み難しい顔をして「花澤くんは、その方にとても好かれたのかもしれません」なとど言う。
    「だって信如なら、断らねばなりませんから」
    「親切を、か?」
    「あ、あまりにも親切が過ぎると誤解されてしまいます、……」
    「だが、往来で立ち往生していたのだ」
     ただ、困っている人を助けただけである。
     恋物語のように特別な意味があるとは思えない。
    「花澤くん、お相手は女性ですよ!」
     東京では下駄の鼻緒を直してやるのも、ただの親切では済まされないらしい。

     その証拠に数日後、陸軍科学研究所第三課地学的事項研究所まで、美しい文字の恋文まで添えられて貸した傘が届けられていた。
     恋と言うのは淡い憧れみたいなものです、と。
     友の言うとおりなら──、
     きらきらと彼の周りに降る眩しさは、得体の知れない「恋に似た何か」であるのかもしれない。


    ***

    花澤くんが博士と知り合った頃のお話、子どものころの玉森くんが真似したのは、押川春浪の「本州横断 癇癪徒歩旅行」の冒頭で、博士の言う鼻緒のくだりは「たけくらべ」でした
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    hana6la

    MEMO(捏造)27話28話の間くらい「さそりの火」02
    予備隊を連れて行軍演習に行く🌠くん
    2017に書いたのを書き直しています(全4話+α)
    fuego de escorpión 02(注)二次創作なので全て捏造だよ。本編の隙間話です(17000字くらい)


    【さそりの火 02 わたり鳥の標識】


     幽霊ではなく、まだ身体のある死者が通る道は、基地の改修工事が終わった後もほとんど変わらなかった。実働部隊が運んできた仲間の遺体は車両から降ろされ、袋のまま灰色のコンクリートの上を引きずられていく。所属する組織の名前が変わり、新しく墓標は出来たが墓地はない。再びフェンスの外まで連れ出された彼らは、地雷の埋まっていない場所を選んで埋められる。乾いた赤い土を掘りかえし、彼らを死体袋のまま穴へ放り込んだら、残りの土を被せて終わりだ。
     CGSにいた子供達の多くは身寄りがなく、家族のいる者でも遺体が引き取られることは滅多になかった。死体の入った黒い袋は廃棄物、動かなくなった身体は使えなくなった機械に等しい。火星を出るまで世の中には葬式というものがあり、死者を送り出すための言葉があるのを知らなかった子供は、ただ黙々と手を動かすだけだった。きっと、いつか自分も同じ道を辿る。それがいつになるか分からないが、あまり遠くない未来のように感じていた。もしも他に違う道があるのだとしたら、……子供を殴って使い走りにする一軍と同じ、つまらない大人になるのかもしれない。
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