苦手なものも さっき寮の玄関をくぐるまでは大丈夫だったはずなんだ。いつもの、皆が知ってる、スマートで大人なネオンフィッシュの仁科諒介。
特に演じているとかそういう心算はないにしろ、外から自分がどう見えているかは常に把握できている自負はある。
それなのに目の前にいる彼女、朝日奈唯の前ではどうも調子が狂うことが多い。
どう見ても音楽バカですぐに突っ走って転んでもめげずにまた走り出すいつも一生懸命な女の子。手を引いているつもりがいつの間にかどんどん先に進むのに俺の手を離さずにいてくれる眩しくて強い女の子。可愛いものや美味しいものに目がなくて幸せそうに笑うとびきり可愛い女の子。
今日の彼女はどれでもなかった。食堂のテーブルに幾つも丸いものを並べた前で、真剣な顔をしてスマホの画面を凝視している。
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