なぞなぞ「むう~、全然わかんないや……」
言葉の裏に隠された、とか。
予想外の意味、とか。
いわゆるとんちが必要、なんてこともある。
そういう複雑なの、はっきり言って得意ではないんだもの。
いま目の前に並んでいる文字列についてはもう言うまでもない。額面通り受け取ればただただ意味がわからないだけ。
けれど同じ文言にも色々な側面があって、人それぞれの感じ方や込められた心情が存在する、というのは経験がある。
たとえば『付き合って』と言われたとき。
仁科さんの場合なら、そうだな。
一緒にごはんを食べるとか買い物に行くとか、二人で過ごしたいという意思表示に使われることが多い気がする。無理強いはしてこないけれど、あのちょっと困った顔でお願いされると、営業スマイルみたいだなと思ってもつい頷いてしまう。
いつも細々と気を使ってくれてエスコートも完璧。夢みたいに素敵な体験がたくさん記憶に積み重なってる。ただ、一緒にいるととても楽しいけど、もっと肩の力抜いてくれてもいいのにな、とも思う。
ええと、笹塚さんの場合は。
信じられないことに、どストレートに交際の申し込みだったらしい。らしいと言うのは、それを知らされたのが仁科さんの口からだったから。
いつもと同じ爽やかさで、「笹塚が、コンミスに告白したのに返事がないから聞いてきてって言うんだけど。それってホント?」だなんて。頼む方も大概だけどそのまま伝える方もどうかと思うよ。あんなに人の心を震わせる楽曲を作り奏でる側なのに。
変なところで二人ともズレてる。
話が逸れちゃったけど、いまやるべきは目の前の問題だ。
まだ締切まで時間があるとはいえ、スマホを睨みつけてもひっくり返しても頭に乗せても空にかざしてみても、全く何にも思いつかない。
さてどうしたものか。
「難しい顔してどうしたの?」
不意に背後から聞こえた声にびっくりして、窓辺で左手を天に掲げた姿勢のまま固まってしまった。もしかして先刻からスマホ振り回してたの、見られていたのだろうか。気付かなかった振りをしようと思ったのに、すごく視線を感じる。恥ずかしいけど仕方ない、どうか顔が赤くなってませんように。
努めて何事もなかったように振り返ると、仁科さんがニコニコと手招きしていた。その手には湯気の立つマグカップ。
呼ばれるままに隣に座れば、自動的に目の前にカップが滑り込んでくる。
どうぞと促されて一口含むと、やさしい甘さのカフェオレだった。馴染みのある味わいにホッとする。ただの通りすがりか、笹塚さん用のコーヒー淹れに来たついでかと思ったけど。これってもしかして。
「考えに詰まった時は糖分が足りてないらしいからね。俺でよければ話聞くよ?」
ああやっぱり。
わたしがうんうん唸っているのを見かねて声をかけてくれたらしい。本当はひとりで解かなきゃ意味がないんだけど。
ヒントを貰うくらいなら、まあいいよね。
──なで肩といかり肩、話が弾むのはどっち?
「なにこれ……なぞなぞ?」
「うー……もう、全然分かんないんです。ヒントくださいっ」
これは笹塚さんに教えてもらって最近ハマっている謎サイトの今日のお題。週替わりで出題されて、記号式のパズルだったり数字の暗号だったり迷路でたどる絵文字の解読だったり。色々なパターンの謎があるから眺めているだけでも面白い。
先日の脱出ゲーム体験をさせてもらって以来、謎解きの練習がしたいなと思って毎回問題のチェックだけはしているんだけど。実はまだ一度も正解したことがない。今度一緒に行くとき、少しでも答えに近づけたらもっと楽しめるだろうし。それに、せめて足手まといにならないようにしておきたいから。
両手をすり合わせてお願いお願いっと拝むわたしに、仁科さんの反応は少し予想外のものだった。
「ええっと……ごめん。実のところ俺もそんな得意じゃないんだよ。なぞなぞって閃きが要るでしょ」
今日はちょっとじゃなくて本当に困ってるときの顔だ。そういう所も見せてくれるようになったのは嬉しいな。聞けば、知識だけで解けないので逆に難しいのだと言う。でもこっちは知識も閃きもどっちも持ち合わせてないんですからね。
とにかく字面通りの意味でないことだけは確か。だって性格ならともかく体型の違いで話が弾むかどうか判断できるわけないもの。
たとえば動物のことだとしたら。猫って普段はなで肩ぽいけどケンカの時はいかり肩になるんじゃないか、とか。会話できるとしたらファミレスの配膳ロボットのことじゃないか、とか。もしかしてAIを通したら違いが出るって研究があるんじゃないか、とか。話が弾むを言い換えて、会話が続く、井戸端会議、三人寄れば姦しい。弾むのはボールとか、トランポリンとか、バウンスとか。とりとめもなく思いついたことを言い合ったり、妄想も交えながらしばらく頭を突き合わせてみても、やっぱりさっぱり答えがわからない。
ああもう、そろそろ解答が発表される時間が来てしまう。
暗号は無理でもなぞなぞだったら解ける気がしたんだけどな。ここで諦めるのは何だか悔しくて、もうひとひねり出てこないか聞いてみようと思ったのに。
仁科さんは何故かもう問題を見ていなかった。
「今日はなぞなぞか。……ああこれ、いかり肩の方」
こつんと頭に衝撃を感じたと思えば、真上から笹塚さんの声が降ってきた。のしっと顎を乗せられたところが地味に痛いし重いんですけど。
抗議の声をあげると、笹塚さんはわたしのマグカップをひょいと掴んで一気に飲み干し、仁科さんを一瞥するとくるりと踵を返してしまう。
「これじゃ糖分足りない。何か甘いの持ってきて」
あっという間の出来事に、わたしも仁科さんもポカンと見送ることしかできなかった。登場してから姿を消すまでの滞空時間もさることながら、ひとめ見ただけで答えを導き出す早さといい、勝手にわたしのカフェオレを飲んだ挙句おかわりのオーダーまで済ませてサッと消えるところなんて、もう笹塚さんにしかできない芸当だと思う。お礼を言う暇も文句を言う隙も何もあったもんじゃない。
あーあ、やっぱり今日も時間切れだ。
サイトの解答が更新されるのが先か、笹塚さんに答えを言われるのが先か、いまのところ確率は五分といった感じ。
「……なにいまの? いつもああなの?」
いつもは答え合わせするところまでは見てくれるんだけどなあ。
サイトの説明は丁寧でわかりやすいので答えを見れば一応理解できるとは思うけど。でも笹塚さんの解説もセットじゃないとイマイチすっきりしないというか、課題が終わった気がしない。
曲作りに没頭すると昼夜どころか曜日感覚さえなくなってしまう笹塚さんが、今日が出題日だって把握してた上にわざわざ様子を見に来てくれたのは正直嬉しい。ちらっとだけど一週間ぶりに顔を見られたのも嬉しい。肩を掴んだ手のひらの温かさも頭に乗せられた顎の感触もそしてその重みさえ、全然優しい触れ方ではないのに嫌じゃない。
どうしよう。思ったより重症かもしれない。
毎日でも逢いたいと思うわけでもないし、むしろ急に呼びつけられて迷惑することの方が多いのに。久しぶりに笹塚さんの声を聞いたら、もっと聞きたくなってしまった。話を聞いて欲しくなってしまった。
作業中なら邪魔はしたくないけれど、ちょっと差し入れするくらいの時間ならいいかな。甘いものが欲しいって言ってたから休憩するつもりだったのかもしれないし。
でもそれなら何故すぐに帰ってしまったんだろう。
「おしごと、忙しいのかな……」
いつの間にかぐるぐると考え込んでしまっていたらしい。
ことんとテーブルが音を立てたのに気付いて顔を上げると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。そして先刻とは反対側の隣にある仁科さんの優しい微笑み。
「やれやれ。あいつが君にそんな顔させるようになるなんてね。……少しは駆け引きの仕方覚えたか」
「えっ?」
「いや、こっちの話。さて大先生は甘いのがご所望。ってことで、ホットチョコレート作ってきたよ」
ため息とも取れそうな一拍の沈黙のあと、ぽつりと零されたつぶやきが予想外に低くて思わず声が出てしまった。かと思えばもういつも通りの仁科さんに戻ってる。気のせい、ではないと思うんだけど。
マグカップに満たされている甘い香りの正体は、コーヒーとはまた違う艶やかさを湛えた濃厚な深みのある色をしていた。すごく美味しそう。
「味見、してみる?」
囁くような甘い声は女の子を口説くときに使うもの。チョコレートに釘付けだったわたしの気を引くには充分過ぎる威力がある。
声につられて視線を向ければ、長い睫毛に縁取られた柔らかな瞳がゆっくりと瞬いていた。まるで親愛のサインを送る猫みたいだな。不思議と目が離せないでいると、すうっと細められ緩く弧を描いた瞳に一瞬違う色が浮かんで、消えた。男のひとなのになんて色っぽい表情をするんだろう。なぞなぞが解けなくて眉を下げていたときとは別人みたい。
つい見蕩れているうちに肩を引き寄せられ、気付けばわたしの口の中はチョコレートの甘い香りで占められていた。
「おいし……」
「もうひと口、欲しい?」
こくりと頷けば、仁科さんはカップを手に取りわたしに見えるようにゆっくりと口をつけた。喉仏が上下する動きだけでも美味しそうに見える。ちょうだい、とおねだりするのを無視されて今度はわたしの喉が鳴ってしまった。
「じゃあ、これは笹塚には内緒だよ」
そう言うと仁科さんはまたカップに口をつけた。今度は喉が動かない。
いつの間にかわたしの顎を捉えていた指がするりと唇を撫でたと思ったら口づけされていた。ゆるく開いた隙間からトロトロと甘くて暖かいものが流れ込んでくる。追いかけるように入ってきた仁科さんの舌先が丹念に敏感なところばかりをなぞっていく。
甘くて美味しいものはとくべつな味わい方をすればさらに極上に感じるんだよ、って確かにそう言われたけど。わたしがチョコレートを味わっていたはずなのに、仁科さんは同時にわたしのことも味わっているに違いない。
チョコレートの甘さにさらに甘い甘いキスが加わって、息をするのも忘れるくらいにだんだん何も考えられなくなる。
「…………っはぁ」
結局、用意してくれたホットチョコレートを飲み干すまで、何度もキスを繰り返してしまった。先刻まで笹塚さんのことで頭がいっぱいだったはずなのに、いまは甘く痺れた感触しか残っていない。
「ふふっ、そんな蕩けた顔してたら俺とキスしてたことバレちゃうよ」
最初からわかってやってるくせに。でも困ったことに、仁科さんのそういうところも嫌いじゃないんだよね。あと、笹塚さんは多分気にしないと思う。
キッチンにはおかわり用のチョコレートがちゃんと残されていた。さすが用意周到というか策士というか。わたしとしては、すごく美味しかったのでもう一度笹塚さんと飲めると思うと楽しみでしかない。
しばらくして出来上がったカップはふたつ。温め直したチョコレートと、もうひとつは仁科さんが作業のお供にするカフェモカだそうだ。
「そうそう、締め切り重なってたの全部終わらせたって。俺はコレで我慢するから早く笹塚んとこ行ってやって」
最後にちゅっと軽いキスが降ってきて、それはほんの少しコーヒーの香りがした。
作業部屋へ向かうと、待っていたのは笹塚さんの仏頂面だった。
何だか手持ち無沙汰そうにしているなと思えば、デスク前に座っているのにディスプレイは真っ黒だしスマホはデスクの隅でケーブルに繋がれたまま。タブレットもベッドの上に放置されている。
眠っているとき以外で何も作業をしていない笹塚さんなんて見たことがないんだけど。
「待ちくたびれた。仁科とキスでもしてた?」
不機嫌そうに放たれた第一声がこれ。
やっぱりもうバレてる。でも責めるような感じはなくただの事実確認のように聞こえるし、言葉通り待たされたのが苦痛だったと顔に書いてある。このふたり、お互いに相手がどう反応するか知り尽くしてるのが手に負えない。
「ただの味見ですよ」
「……ふうん。じゃあそれ、俺にもやって」
途端に笹塚さんの口角が上がった。
今度は何を察知したのか知らないけど、機嫌を直してくれたのならまあいいか。
ぽんぽんと腿を叩いて座るように促すのは、甘えたいときの合図。お仕事お疲れさまだもん、今日は素直に聞いてあげよう。
初めの頃は、近すぎるとか重いんじゃないかとか気になって恥ずかしくて堪らなかったのに。笹塚さんの膝に乗って、意外に筋肉質の腕と分厚い胸板にすっぽり包まれるのはとても居心地がいい。それから、目線の高さが近くなるところも。
マグカップの乗ったトレイを置き、笹塚さんの肩に軽く手を掛けて膝の上にお邪魔する。背中に回った腕に引き寄せられてぎゅっと距離が詰まると、自然と抱きつくみたいな格好になったのでそのまま唇を重ねてみた。わたしからは触れるだけのキスしか上手くできないけれど、甘えたいモードの笹塚さんへの効果は実証済みだ。
あと、首の後ろへ腕を回して、癖のある髪を指で梳くように撫でてあげると気持ちいいらしい。
また少し笹塚さんの腕に力がこもって、さらに密着した部分からとくとくと鼓動が伝わってくる。あれ、いつもよりちょっと早くないですか。
「……チョコ。と、コーヒーか」
軽く唇を合わせただけなのに残り香を当てられてしまった。差し入れに持ってきたのはホットチョコレートだと教えると、知ってる、とさも当たり前のように返された。これだけ甘い香りがしていればそれはそっか。
問題なのは、数分前より目が格段にキラキラして見えること。喜んでくれているのがわかって嬉しいけど、至近距離で見る笑顔としては眩しすぎてちょっと落ち着かない。
「まだ?」
「あのー、味見じゃなくて笹塚さんは普通に飲んでくれていいんですよ?」
「あんたから飲ませてよ」
これは言うことを聞くまで放してもらえないやつだ。作業中で手が離せないから食べさせてって甘えてくるときと同じ。
しょうがないなあ、と笹塚さんの口元まで持ちあげてみたけど、そうじゃない、と即座に押し戻されてしまった。
先刻から妙に機嫌が良いのでうすうす気付いてはいたけど。わざと〝から〟にアクセントを置くってことはそれはつまり仁科さんがしたみたいに、その……いわゆる口移しして欲しいってことなんだ。
やっぱりそうだよね。
どうしよう、急に恥ずかしくなってきた。
笹塚さんは黙っているはずなのにこちらを見る目が早くしろってうるさい。ヤバい、あんなに良かったはずのご機嫌度があからさまに下がってきている。
「ああもう! ひと口だけですからね!」
どうせ無駄な抵抗だったと腹を括った途端、また口角が上がる。いつもわたしのことをすぐに何でも顔に出るし、百面相してて面白いって言って揶揄うけど、今日の笹塚さんの方がよっぽど。
ひとつ息を吐いてからカップに口をつける。ほんの少し含んだだけで甘い香りが鼻に抜けて口の中が一気に幸せだ。ホントに美味しいな。
ちょっとだけ味わったところで、いざ尋常に勝負。
覚悟を決めてカップを退避させたその直後。
「いただきます」
「っ……あ、…………ん」
眼前に大きな口が見えた。食べられる、と反射的に目を瞑ったら思わずチョコを飲み下してしまった。
かぶりつくような笹塚さんのキスは何度経験しても慣れない。焦らしたつもりはなくても今日みたいにお久しぶりになった日は特に、完全に捕食者の目になる。くちびるも歯の裏も表も隅々まで探索され舌も絡め取られ吸われて、呼吸ごとぜんぶ食べられてしまう。
「今日のあんた、どこもかしこも甘ったるくて最高だな」
チョコの味がするんだからあたりまえでしょ、って言い返したいのに息がままならなくて悔しい。それなのに、笹塚さんのセーターを思いきり掴んでいたからそこだけ伸びてしまうかもしれない、なんて余計なことばかり気になってしまう。
髪を撫でられて耳殻の縁をなぞられ、首すじから肩のラインを通って背中へ回っていた指先から、何かを引っ掻くような感触が伝わってくる。
同じところを何度も、何度も。
「……まっっって!」
「なに。気分じゃない?」
どうにか最低限の酸素の確保が間に合って、いたずらな指から逃れることができた。いくら久しぶりだからって性急すぎる。
そりゃあ、期待してなかったわけじゃないけど。まだ今日の目的を果たしていない。
「あ………やっ、まだダメだってば」
笹塚さんはわたしにその気があるのを見透かしたみたいに、だいぶ感度良くなってるけど、と耳元で囁きながら背骨に沿ってつうっと指を滑らせていく。先刻の激しいキスとは打って変わった繊細な刺激が気持ち良すぎる。ちょっとでも気を抜いたら流されてしまいそうになるけど何とか我慢しないと。
「だから待って。先に今日の問題教えてもらわなきゃ」
「答えなら言ったろ」
「あれだけじゃ意味わかんないもん」
どういう回路が働けばあの答えが出るのか、その頭の中がどうなっているのか知りたい。それに、まだサイトの解説を読んでないので、時間があるのなら笹塚さんの口から直接聞きたいな。
「意味って言われてもな。いかり肩なのはシャベル、そのままだけど」
「……なるほど?」
つい相槌をうってしまったものの、何が成程かちっともわからないんですけど。
だいぶ慣れてきたと思ったけど、笹塚さんの繰り出す言葉は平易な単語であっても意味がわからないことがまだ多い。頭上にクエスチョンマークを浮かべたわたしを見かねて、笹塚さんが丁寧に説明してくれた。
なで肩といかり肩は、スコップとシャベルの形の違いのことを表している。見た目は似ているけれど役割が違っている。
スコップは穴を掘るのではなく土などをすくって運ぶ道具。すくった土などが逃げないように先端がまっすぐになっていれば良く、肩のラインは緩やかな曲線になっているものが多い。つまりなで肩。
シャベルは掘るための道具で、地面を掘るときに力をかける必要があるため、刃の肩の部分が平らで足をかけられるようになっていることが多い。だからいかり肩。
いかり肩=シャベル=喋る──話が弾むというわけ。
「えーっ、ダジャレなの?」
「なぞなぞだからな。近いものがある」
シャベルとスコップって大きさの違いだと思ってたけど違うんだ。使い方で名前が決まるなんて言われてみれば当たり前なのに、そこに形の違いが加わるだけで混同しがちなのを利用した問題ということらしい。だとすれば今回のなぞなぞは閃きよりも知識の比重の方が高かったってことかも。
「そしたら花壇の植え替えとかに使う小さいのはどっちですか?」
「それは移植ゴテ」
「じゃあじゃあ、札幌で見た雪かき用の大きいやつは?」
「ママさんダンプ」
「へー……」
多分すぐ忘れちゃうと思うけど、どっちも違う名前なんだね。何を聞いてもすぐ返ってくる。そうそうこの感じ。
「もういいのか」
「へへっ、ありがとございます。スッキリしました」
これでやっと週末気分を満喫できる。
しばらく笹塚さんの好きにさせていたら、折角のホットチョコレートが冷めてしまった。ちびちびとチョコを舐めながら、胡座をかいた足の間に陣取って出来たばかりの曲を聞かせてもらう。
「今度は俺の番。今週のトピックス聞かせて」
「あのね、水曜日に仁科さんに連れてってもらったレストランのデザートがめちゃくちゃ美味しかったです!」
「へえ。それ詳しく」
話したいことなら沢山ある。まだ夜は始まったばかりだ。
了