takami180PROGRESSたぶん長編になる曦澄その1閉関中の兄上の話。 穏やかな笑みがあった。 二哥、と呼ぶ声があった。 優美に供手する姿があった。 藍曦臣はゆっくりとまぶたを持ち上げた。 窓からは午後の光が差し込んで、膝の上に落ちている。眼裏に映った姿はどこにもなく、ただ、茣蓙の青が鮮やかだ。 閉閑して一年が過ぎた。 今に至っても夢に見る。己の執着もなかなかのものよと自嘲する。 優しい人だった。常に謙虚で、義兄二人を立て、立場を誇ることのない人だった。大事な、義弟だった。 毎晩、目をつむるたびに彼の姿を思い出す。瞑想をしたところで、幻影は消えるどころか夢へといざなう。 誘われるままについて行けたら、この苦悩は消え去ってくれるだろうか。あの時のように、「一緒に」とただ一言、言ってくれたら。「兄上」 締め切ったままの戸を叩く音がした。 藍曦臣は短く息を吐いた。「兄上」「どうかしたかい」 弟に応えて言う。 以前、同じようにして藍忘機に呼びかけられても、どうにも答える気になれなかった時があった。そのとき弟は一時もの間、兄上と呼び続けた。それから、藍曦臣は弟にだけは必ず返事をするように心がけている。「江宗主より、おみやげに西 3801 takami180DONE曦澄ワンドロワンライ第一回お題「秘密」 藤色の料紙には鮮やかな墨色で文がつづられている。 ――雲深不知処へのご来訪をお待ち申し上げております。 江澄はその手跡を指でたどり、ふと微笑んだ。 流麗で見事な手跡の主は沢蕪君、姑蘇藍氏宗主である。とはいえ、この文は江家に宛てられたものではない。藍曦臣はいまだ閉閑を解かず、蘭家の一切を取り仕切っているのは藍二公子の藍忘機だった。 江澄は丁寧に文をたたみなおすと、文箱にしまった。 藍曦臣と私用の文を交わすようになって半年がたつ。その間に文箱は三つに増えて、江澄の私室の棚を占拠するようになった。 きっかけはささいなものだ。雲深不知処に遊学中の金凌の様子をうかがうために、藍家宗主宛てに文を出しただけ。何度か雲深不知処に足を運んだ、それだけだった。 そこをかつての義兄につかまった。 沢蕪君の話し相手になってくれという頼みだった。なんでも、閉閑を解くために世情を取り入れたいとか。そんなもの、含光君で十分だろうと返すと、結局は外部の者と接触するのに慣れたいという、よくわからない理由を差し出された。 初めは寒室で一時ほど過ごしただけだった。それも、江澄が一方的に世情を話すのを藍曦 2495 takami180DOODLE曦澄/訪来、曦臣閉関明け、蓮花塢にて攻め強ガチャのお題より「いつか自分の方から「いいよ」と言わないといけない澄 こういう時だけ強引にしない曦がいっそ恨めしい」 蓮の花が次第に閉じていくのを眺めつつ、江澄は盛大にため息を吐いた。眉間のしわは深く、口はむっつりと引き結ばれている。 湖に張り出した涼亭には他に誰もいない。 卓子に用意された冷茶だけが、江澄のしかめ面を映している。 今日は蓮花塢に藍曦臣がやってくる。藍宗主としてではなく、江澄の親しい友として遊びに来るという。 江澄は額に手の甲を当てて、背もたれにのけぞった。 親しい友、であればどんなによかったか。 前回、彼と会ったのは春の雲深不知処。 見事な藤房の下で、藍曦臣は江澄に言った。「あなたをお慕いしております」 思い出せば顔が熱くなる。「いつか、あなたがいいと思う日が来たら、私の道侶になってください」 しかも、一足飛びに道侶と来た。どういう思考をしているのか、江澄には理解できない。そして、自分はどうしてその場で「永遠にそんな日は来ない」と断言できなかったのか。 いつか、とはいつだろう。まさか、今日とは言わないだろうが。 江澄は湖の向こうに視線を投げた。 行き交う舟影が見える。 藍曦臣はいったいどういう顔をして現れる気なのだろう。友というからには友の顔をしてくれ 1659 takami180DOODLE攻め強ガチャより「澄を苦しませたい訳ではないけれど、その心に引っ掻き傷を付けて、いついかなる時もじくじくと苛みたいとどこかで願っている曦」阿瑶の代わりだと思い詰めている澄vsいつまで経っても心を開いてくれないから先に体だけ頂いちゃった兄上「また」と言って別れたのは、まだ色づく前の、青の濃い葉の下でのこと。 今や裸になった枝には白い影が積もっている。 藍曦臣は牀榻に横になると、素肌の肩を抱き寄せた。 さっきまではたしかに熱かったはずの肌が、もうひやりと冷たい。「寒くありませんか」 掛布を引いて、体を包む。江澄は「熱い」と言いつつ、身をすり寄せてくる。 藍曦臣は微笑んで、乱れたままの髪に口付けた。「ずっと、お会いしたかった」 今日は寒室の戸を閉めるなり、互いに抱きしめて、唇を重ねて、言葉も交わさず牀榻に倒れ込んだ。 数えてみると三月ぶりになる。 藍曦臣はわかりやすく飢えていた。江澄も同じように応えてくれてほっとした。 つまり、油断していた。「私は会いたくなかった」 藍曦臣は久々の拒絶に瞬いた。(そういえばそうでした。あなたは必ずそうおっしゃる) どれほど最中に求めてくれても、必ず江澄は藍曦臣に背を向ける。 今も、腕の中でごそごそと動いて、体の向きを変えてしまった。「何故でしょう」 藍曦臣は耳の後ろに口付けた。 江澄は逃げていかない。背を向けるだけで逃れようとしないことは知っている。「 1112 takami180DOODLEお題箱の「攻めがずっと強いガチャ」より澄にかぷかぷ甘噛みされる曦 澄を食べてしまう獣は自分の方なのにと思いながら曦は自由にさせているちょっとずれたけど、出来上がってる曦澄です。かぷり、と耳を噛まれて藍曦臣は身を震わせた。 先ほどまで隣で庭を見ていた江澄の顔がすぐ近くにある。 瞳はつややかな飴の光沢を宿し、うっとりとした声が名を呼んだ。「藍渙」 かぷり、ともう一度耳を噛まれる。 藍曦臣は微笑して、江澄の腰に手を回した。「どうしました? 庭を見るのに飽きましたか」「ああ、飽きた。それよりも、あなたがおいしそうで」「おや、夕食が不足していましたか」 江澄はふんと鼻を鳴らして、今度は衣の上から肩を噛む。 予定よりも飲ませすぎたかもしれない。藍曦臣は転がる天子笑の壷を横目で見た。 ひと月ぶりの逢瀬に、江澄はくっきりと隈を作ってやってきた。それも到着は昼頃と言っていたのに、彼が現れたのは夕刻になってからだった。 忙しいところに無理をさせた、という罪悪感と、それでも会いにきてくれたという喜びが、藍曦臣の中で綾となっている。 今晩はしっかりと寝んでもらおうと、いつもより多目の酒を出した。江澄には眠ってもらわなければいけない。そうでないと、休んでもらうどころの話ではなくなってしまう。「おいしいですか?」 江澄は肩から顔を上げ、藍曦臣の豊かな髪を腕 1073 123