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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    たぶん長編になる曦澄その1
    閉関中の兄上の話。

    #曦澄

     穏やかな笑みがあった。
     二哥、と呼ぶ声があった。
     優美に供手する姿があった。

     藍曦臣はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
     窓からは午後の光が差し込んで、膝の上に落ちている。眼裏に映った姿はどこにもなく、ただ、茣蓙の青が鮮やかだ。
     閉閑して一年が過ぎた。
     今に至っても夢に見る。己の執着もなかなかのものよと自嘲する。
     優しい人だった。常に謙虚で、義兄二人を立て、立場を誇ることのない人だった。大事な、義弟だった。
     毎晩、目をつむるたびに彼の姿を思い出す。瞑想をしたところで、幻影は消えるどころか夢へといざなう。
     誘われるままについて行けたら、この苦悩は消え去ってくれるだろうか。あの時のように、「一緒に」とただ一言、言ってくれたら。
    「兄上」
     締め切ったままの戸を叩く音がした。
     藍曦臣は短く息を吐いた。
    「兄上」
    「どうかしたかい」
     弟に応えて言う。
     以前、同じようにして藍忘機に呼びかけられても、どうにも答える気になれなかった時があった。そのとき弟は一時もの間、兄上と呼び続けた。それから、藍曦臣は弟にだけは必ず返事をするように心がけている。
    「江宗主より、おみやげに西瓜をいただきました」
     西瓜。
     聞きなれない名前である。
     藍曦臣は書物の記載を思い出した。はるか西方、砂漠の国より伝来したとかいう果実であったか。
    「冷えておりますので、早めに召し上がってください」
     藍忘機が戸を少しだけ開けた。
     続きの間に外気が流れ込む。
     藍曦臣は立ち上がった。戸口にたたずむ弟のもとへと向かえば、その弟は切れ長の目をわずかに見開いてこちらを見た。
    「兄上」
     藍曦臣は口を開き、むせた。忘機、と呼ぼうとしただけなのに、なめらかに声が出てこなかった。
    「兄上、お久しぶりでございます」
    「……ああ、忘機」
     久しぶり、と言われるほどに会っていなかっただろうか。光を背にして立つ弟の顔を見て、昨日、一昨日と記憶を振り返る。もしかすると、五日ほどは姿を見せていなかったかもしれない。
    「心配を、かけましたね」
     藍忘機は静かに首を振った。
     その手には、白い器があった。一口大に切り分けられた赤い色の果実が盛られている。
    「これが、西瓜?」
    「はい」
    「こんなに赤い色をしているのだね。黒い粒は種かな」
    「はい」
    「切る前の西瓜は見たかい? 文献には一抱えもあると書いてあったけれど」
    「見ました。大きさは書物の通りです。緑の分厚い皮に覆われており、厨房の者が切り分けるのに苦労したそうです」
     藍曦臣は差し出された器を受け取って、まじまじと西瓜を見た。
     表面はざらりとして、鼻を近づけると甘い匂いが香る。水分をふんだんに含んでいるのだろう。皿の底には赤い汁がたまっている。
    「このような貴重な果実を、なぜ江宗主がおみやげにお持ちになったのだろう」
     藍曦臣が首をかしげると、藍忘機は「実は」と話した。
    「雲夢に水妖が出たそうです」
    「水妖、とはどのような」
    「不明です。江宗主に頼まれて、蔵書閣の書物の閲覧を許可いたしました。その礼を兼ねているのでしょう」
     藍曦臣はさらに首を傾げた。雲夢江氏は水とともにある仙門、その江家宗主が不明という水妖とはいったいなんであろう。
    「江宗主は今どちらに」
    「蔵書閣です」
     藍曦臣は一歩踏み出しかけて、はたと気づいた。
    (今、私はなにを)
     間違いなく、江宗主のもとへ向かおうとした。蔵書閣で調べ物にてこずっているであろう彼の傍らで、自分の知識が助けになるならと手伝いを申し出るつもりだった。
     寒室に引きこもり、宗主の役目も果たしていない自分が、どのような手助けをしようというのか。
    「ありがとう、忘機。ぬるくならないうちにいただきます。江宗主にもお礼をお伝えしてください」
     藍曦臣は微笑んで、弟に背を向けた。背後で再び戸の閉まる音がする。
     静寂が戻った。
     器を机上に置き、光の中で果実をながめる。さじでひとつすくって口に運べば、予想の通りにじゅわりと果汁がにじみ出た。
    「甘い」
     西瓜は甘かった。藍曦臣の想像よりもずっと甘かった。つい、ふたつ目を口にする。
     江宗主はこれを召し上がっただろうか。
     再び、書物の山と格闘している江晚吟を思い浮かべた。蓮花塢では食べたかもしれないが、きっとここに来てからは口にしていないだろう。
     さっき思いとどまったばかりだというのは自覚があったが、どうにも座っていることができなかった。
     藍曦臣は寒室の戸を開けた。白い器を両手に持ち、いそいそと厨房へと向かう。
     すれ違う師弟らが目を丸くしているのにも気づかない。
    「あの」
     藍曦臣が厨房の入り口から声をかけると、当番の師弟は、文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。
    「た、沢蕪君!」
    「すみません、あの、これを江宗主にいただいたとお聞きして」
    「あ、西瓜、ですね」
    「これは、江宗主もお召し上がりになりましたか」
    「いえ、お持ちしましたが、皆で分けよとおっしゃって」
    「ありがとう」
     藍曦臣は踵を返した。やはり、という気持ちが背を押す。
     通いなれた廊下を、久しぶりに歩く。それも急ぎ足で歩く。
     遠くで「兄上」と呼ぶ声がしたが、今は答えるわけにはいかない。それよりももっと重要な事柄がある。
     蔵書閣の周囲には人がいなかった。
     きっと江宗主のために人払いがされているのだろう。
     入口からのぞくと、江晚吟はすぐそこにいた。
     端の机に書物を山と積み上げて、白紙に何やら書きつけている。
     その横顔は真剣そのもので、藍曦臣が横に立つのにも気が付いていないようだった。
    「江宗主」
    「なんでしょう」
     江晚吟は顔を上げずに答えた。藍曦臣は思わず微笑み、床に膝をついた。
    「西瓜、ありがとうございました」
    「いえ、こちらをお借りするのですから、当然のことです」
     彼の視線は書物の上から動かない。
    「あの、江宗主」
     ちっ、と小さな舌打ちが聞こえた。眉間にしわを寄せた江晚吟が顔を上げて、彼はそのまま硬直した。
    「江宗主?」
    「は、あ、いえ、沢蕪君……?」
    「はい」
    「何故、あなたがここに!」
    「西瓜のお礼を申し上げたくて」
    「だって、あいつが、全然出てこないって」
    「魏公子のことですね。間違いないですよ。ここへ来たのは」
     それこそ五日ぶりどころの話ではない。閉関して以来、近寄ってもいない。
    「そうですね、一年ぶりになりますか」
    「何故、そのあなたがここに!」
     二回目だった。藍曦臣はそれがおかしくて、くすくすと笑った。
    「西瓜を、あなたは召し上がっていないと思ったので」
    「西瓜?」
    「ええ、西瓜です。ほら」
     藍曦臣が視線で器を示すと、江晚吟もようやく西瓜の存在に気が付いたようだった。彼は頭を振って、眉間を親指と人差し指でもんだ。
    「申し訳ない。ちょっと動揺しました」
    「いえ、私こそお忙しいところお邪魔をいたします」
    「それで、西瓜がなんでしょうか」
    「あなたにも、西瓜を召し上がっていただきたくて」
    「私は蓮花塢で食べてきましたので結構です」
    「でも、調べ物をなさってお疲れのご様子です。甘味は思考を助けます。ぜひ、あなたにも召し上がっていただきたい」
     藍曦臣はにっこりと笑みを向けた。対して、江晚吟は苦虫を噛み潰したような顔をする。
    「さあ、ぜひ」
     器を差し出すと、江晚吟はしぶしぶ赤い一切れをつまみ、口に運んだ。
     しゃくり、と咀嚼する音が聞こえた。
    「うまいな」
    「ええ、とてもおいしかったです」
     もうひとつ、と勧めれば江晚吟は素直に西瓜を食べた。
     藍曦臣は不思議な心地で、その顔を見つめた。
     もう何年前になるだろう。蓮花塢が焼け落ちて、彼をかくまったことがあった。射日の戦いでは戦場を共にした。
     あのとき、彼は少年だった。あのときの彼には、こんなふうにしてやることができなかった。情勢がそれを許さなかった。
    「見ていないであなたも食べたらどうです」
    「はい、いただきます」
     江晚吟ににらまれて、藍曦臣は西瓜を口に運んだ。行儀悪くもさじを使わず、指でつまんで口に入れた。
     二人で西瓜を平らげたあと、江晚吟は再び書物と向かい合った。
    「水妖が出たと聞きました。詳細は不明とも」
    「そうです。蓮花湖につながる河がありますが、そこを通る船が沈むのです。生存者がなく、どのような水妖かわかりません」
    「それで蔵書閣にいらしたと」
    「はい、もう三隻も沈んでいます。早く手を打たねばなりませんが、手掛かりがないので」
    「問霊をいたしましょうか」
     江晚吟が勢いよく振り返った。藍曦臣も自分の口から出た言葉に驚いた。だが、翻すつもりはなく、すぐに覚悟も決まった。
    「それは、願ってもないことですが」
    「私が参ります」
    「あなたが」
    「ええ、私が」
     しばし、二人は見つめあった。
     江晚吟は信じられないという面持ちで藍曦臣を見つめ、藍曦臣は絶対に譲らないという決意で江晚吟を見つめた。
     あのときの少年に、してやりたかったことがたくさんある。阿瑤とできなかったことが、たくさんある。
     今、彼にしてやりたいと思うことをがまんしたくない。
     にわかに廊下がさざめいた。
     藍忘機が藍啓仁を連れて現れた。
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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
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     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
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     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

    takami180

    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    「江宗主、今日はお越しいただきましてありがとうございました」
    金凌が丁寧に拱手をする。周りの目がある時は血縁であると忘れろ、と何度言っても叔父上、叔父上ときゃんきゃん吠えていた姿が嘘のようだった。それでも、よく出来たでしょ、と言わんばかりに緩む金凌の口元を認めて江澄は薄く笑った。
    「この度は戴冠おめでとうございます。江家は金宗主を力の限りお支えします」
    江澄は久方ぶりに眉の皺が解ける感覚を得ながら屈託なく笑みを返す。金凌は江澄の聖母のように盛り上がった頬肉を見てわずかに目を瞬かせた後、満面の笑みを返す。見慣れない江澄の表情に金凌の隣に控えていた家僕が目を見張った。
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