まなざし譚 羽織を傘に、慌てて軒下へ駆け込む。
ここ数日の晴れ空にすっかり油断した。商人は手慣れた様子で商い物を内に引っ込め、軒を伝って家へと戻る子供たちがきゃらきゃらとはしゃぎながら駆けていく。つい先刻までの日差しが嘘のように、洛内の町はあっという間に夕立に飲まれてしまった。
通りの向こうに目を遣ると、見慣れた人の姿がある。羽織を被る暇もなかったか、前髪は額に張り付き、襟巻の藍墨は平時よりも濃く見えた。
盆を返したような雨で辺りは白く煙り、雨粒が屋根を打つ音で耳が塞がれたようだ。四間ほど離れたこの場所では、仮令大声を上げたとしてもあの人までは届くまい。どこか隔絶されたところにいるような気になりながら、空を見上げ袖で顔を拭うその人を遠目にじっと見つめていた。影の者の性なのか、あの人は昔から視線に敏い。あちらが部屋に籠っていようがこちらが寝たふりをしていようが、物音も立てぬのに何故だかいつも気付かれてしまうのだ。
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