「烏有に帰す」
ぐらり、と玉体が揺らいだ。私の匕首は帝の胸を真っ直ぐに貫き、鮮やか過ぎるほどの赤が思いの外醜く垂れ流れて、まっさらな褥を汚した。帝は一度低く呻いたきり、何も言わなかった。そのまま後ろに倒れこんだ帝は、ぴくりとも動かなくなった。
終わった。実にあっけなかった。漸く復讐を成し遂げたというのに、晴れやかな心持ちになど到底なれなかった。安堵も興奮も無く、残されたのはただひたすらに怒りだ。こんな男のせいで私は、父と母は、一族は、何もかもを奪われたのか。万物を統べる帝とは言えども、心臓を貫けば簡単に死んでしまうではないか。此奴はただの愚かな人間だ。そうとしか思えない。何故こんな奴が、帝で、何故私は、帝を殺さねばならなかったのだ。何故だ。
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