ヴェルトラオムの亡霊 医療ポッドの中に、一体の死体があった。
いや、その表現は適切ではなかった。そこにあるのは端末だ。正確に言うならば、ポッドの中の「それ」は死んではいない。だが殆ど死体と同じだった。なぜならば、それの「意識」はもう二度と接続されることがないからだ。
その中に入っているものは二度と目を開けない。二度と声を発しない。そして誰かの手を引き笑いかけることも、もう二度とないのだ。
動かぬ生物体の入ったポッドは、もはや棺と呼んでも差し支えなかった。
それをポッドの中に入れたのは、淡い[[rb:鶸色 > ひわいろ]]の髪をした人間――乗員の一人、セツだった。
「…………」
ポッドのガラス越しに、セツはそれをただ眺めていた。何の感慨も湧かなかった。少なくとも、それがもう動かないことに悲しみを抱くことはなかった。このポッドに入っている肉体は、ほんの数十分前まで自らの横で動いていたというのに。手を握り、目を合わせ、微笑みを向けていたというのに。
12780