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    るい(と)とうふ

    @rui_and_tofu

    rui(字)ととうふ(絵)の合同らくがき置場。二次のみ。ジャンル雑多。

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    るい(と)とうふ

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    ひとごろしと、月島。と、ちょっとだけ尾形【即興二次(21/06/16分)/お題:汚れたクリスマス/執筆制限時間:30分】(※色々と捏造含みます)

    #ゴールデンカムイ
    Golden Kamuy
    ##gkm

     人は罪深く、けれど神はすべてを赦したもう。と、目の前に転がる男は言った。清廉な瞳をした、ハキハキと歯切れよく喋る、気持ちの良い青年だった。
     裏表なく人に優しい。義に篤い。教養も深い。それでいて、文化的知識人インテリゲンチヤにありがちな偉ぶったところがひとつもない。知らぬ者には惜しみなく知識を与え、侮ることもなかった。
     トルストイという露西亜の大作家が戦争に向かう祖国を批判し、暴力断固反対の声明を発したという話は、彼から教えられた。
     元々は神戸で貿易業を営む裕福な商家に生まれた長男だったらしい。偶然おとずれた函館で宣教師と出会い、強く感銘をうけた。自身もまた神に仕えたいと言い出した彼に、当然ながら両親は激怒した。溝は埋まることなく、ほどなく彼は勘当された。しかし彼の真摯な信仰は誰の目にも明らかで、遊びや気の迷いと一蹴されるようなものではなかった。結局、折れたのは両親だった。そして両親もまた、いつしか神の御前に帰依するようになったのだと彼は語った。
    「人はみな迷える仔羊です。そして誰もが心のうちに、愛と良心を持っているのです」
     おだやかに語られる彼の言葉には、嘘も、誤魔化しも感じられなかった。かといって狂信者というわけでは、決してない。
     彼に心酔した者の多くが、きっと神の教えそのものよりも、彼自身の素朴な善良さに惹かれたに違いない。会ったばかりの者にさえそう感じさせるほど、目の前の死体は、人に愛され、また人を愛する善人だったのだろう──。
     月島は視線を上げる。
     縦長の窓があった。教会に入って真っ先に目につく、正面に取り付けられた飾り窓だ。目を見張るほど大きく、高さは天井近くまで達している。この窓には色とりどりの硝子細工がほどこされ、一枚絵のようになっていた。幼子を抱く女、馬らしき動物、そして数人の顔を隠した人物が見てとれる。
     ステンドグラスというものらしい。それも近ごろよく見る西洋「風」の張りぼてなどではなく、本物なのだそうだ。
     巨大な硝子絵は、神聖な祈りの場にふさわしい荘厳な気配をまとって月島を見下ろしていた。
    「美しいと思いませんか。僕はこれが大好きで」
     すべての信徒を教会に招集させた月島たちに対して、不信感を露わにするでもなく、むしろ快く招き入れた青年司祭は、この窓の前に立つと朗らかに説明した。
    「聖書にある主の誕生を描いたものです。ですが、これが素晴らしく感じられる理由は──神父がこんなことを言うのはよろしくないのかもしれませんが──生命の誕生という、人間がもっとも尊ぶべき、根源的な喜びが描かれているからなんじゃないか。そんなふうに僕には思えて」
     そう語る彼の顔は誇らしげに輝いていた。それでいて、すこしはにかんでいるようにも見えた。こちらまであたたかな心持ちになるような、そんな美しいほほ笑みを浮かべていた。
     耶蘇の神は、人間の誕生を寿ぐのか、と月島は内心で驚いていた。無論、正教とカトリックの区別もつかぬ月島に、青年の言葉が完全に理解できるはずもない。だからその時も、司祭の言わんとすることは断片的にしか伝わっていなかっただろう。ただ、執着を手放せと説く仏教とは根本的に異なるものだと、妙に感心したのだ。
     人類愛を重んじる彼らは、対露関係の悪化を憂慮していた。そして一部の過激派が、とうとう思いあまって行動に出た。戦争を止めねば全国に散らばる同志たちがいっせいに蜂起すると宣言し、教会に立て籠もった。
     第七師団が説得に駆り出されたが、彼らは頑なに要求の取り下げを拒んだ。やむを得ず実力行使に出た──という筋書き。だ、そうだ。今回は。
     折しも海のむこうでは、多数派ボリシェヴィキを名乗る過激な輩がたてつづけに流血沙汰を起こしているという。そんな野蛮な国から渡来した宗教ならば、立て籠もりもありえぬ話ではない。衆愚も納得するだろう──それが、茶番の戯作者の算段らしい。
     だが、暴力を頑として拒む彼らが、何ゆえ武力蜂起など起こそうものか。たかだか一集落にも満たない人数が立て籠もったところで、世間にもたらす影響などないに等しい。文明開化も甚だしいこの御時世、島原の乱再びとでも言うつもりか。瓦解以前は兵を有していた大寺院らとは、あまりにも事情が違いすぎる。政治の不得手な月島ですら、そう思う。世間が納得するとは、到底思えなかった。
     けれど、そういうことで行く、と言ったのは鶴見だ。ならば月島に否も応もない。鶴見のほうでも中央だの上層だの、何かしらの面倒ごとに巻き込まれた挙げ句、尻拭いを押しつけられたらしかったが、それは月島の関知するところではない。立て籠もりの事実などなく、ただ教会に集められた信徒──非武装の市民を、一方的に殺したにすぎないが、そんな違いは些末なことなのだ。
     月島には関係がない。
     裏にどんな意図があれ、月島は命令を実行するだけだ。軍人とはそうしたものだとか、軍とはそうあるべきとか、そんな理屈さえ要らぬ。鶴見が欲するのであれば、月島は手を下す。
     それだけだ。
     教会の床は、信者たちの夥しい死体で埋め尽くされている。
     その上に、ステンドグラスを通して淡い色に彩られた月光が降り注いでいる。祝福のように。
     静寂と死に満ちた、一種詩的な美しさのある光景だった。けれど月島にとっては、いつもどおりの死に塗れた日常だった。
     すべてを赦したもう彼らの神は、はたして人殺しの俺たちを、否、俺をも赦すのだろうか。月島は考える。神であれば、そのような暴挙さえ許されるのだろうか。
    「エイメン」
     不意に背後で笑いを含んだ尾形の声がして、月島は少しだけ、その顔を歪めた。


    (了)
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    るい(と)とうふ

    TRAININGひとごろしと、月島。と、ちょっとだけ尾形【即興二次(21/06/16分)/お題:汚れたクリスマス/執筆制限時間:30分】(※色々と捏造含みます)
     人は罪深く、けれど神はすべてを赦したもう。と、目の前に転がる男は言った。清廉な瞳をした、ハキハキと歯切れよく喋る、気持ちの良い青年だった。
     裏表なく人に優しい。義に篤い。教養も深い。それでいて、文化的知識人インテリゲンチヤにありがちな偉ぶったところがひとつもない。知らぬ者には惜しみなく知識を与え、侮ることもなかった。
     トルストイという露西亜の大作家が戦争に向かう祖国を批判し、暴力断固反対の声明を発したという話は、彼から教えられた。
     元々は神戸で貿易業を営む裕福な商家に生まれた長男だったらしい。偶然おとずれた函館で宣教師と出会い、強く感銘をうけた。自身もまた神に仕えたいと言い出した彼に、当然ながら両親は激怒した。溝は埋まることなく、ほどなく彼は勘当された。しかし彼の真摯な信仰は誰の目にも明らかで、遊びや気の迷いと一蹴されるようなものではなかった。結局、折れたのは両親だった。そして両親もまた、いつしか神の御前に帰依するようになったのだと彼は語った。
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