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    xxx_depend

    @xxx_depend

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    xxx_depend

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    2017年に寄稿させていただいた、にょたゆりアンソロの作品です。
    取引先として知り合った会社員百合燭へし。
    桜貝はピンク色の爪、海は比喩でストーリーの後のことを表してます。

    そして桜貝は海に潜る そして桜貝は海に潜る・零

    「待たせてごめん、みつただ」
    「お疲れ様、全然大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」
     毎週金曜日の夜は一緒に外食する、それが仕事で多忙な自分達にとってのデート。
     予定より一時間ほど遅れて、長谷部は光忠の待つカフェへ着いた。急ぎ足で来たからか、顔が熱い。
    「帰り際に電話が鳴って」
    「あるよね、そういうの」
     笑う光忠は、立ち上がると長い髪を手でかき上げると、鞄を肩に掛けながら耳元で囁いた。
    「ひとりで待ってる時間、好きだよ。はせべくんの事だけを考えてられるから」
     片付けてくる。そう言ってコーヒーカップの乗ったトレイを、さっと奥へ持っていく背中を見送る。まっすぐ伸びた長身と揺れる艶やかな黒髪。洒落たストライプのシャツはぴったりと完璧なスタイルを描いて、こなれたジャケットとパンツスーツ。今日も恋人が素敵だ。
    「お待たせ」
    「や、待たせたのはこっちだから…」
    「ふふ、どうする? どこか見てから行く?」
     照明に赤さを増した唇が、上向きに緩む。こんな綺麗なひとをひとり占めできる週末、仕事の疲れなんてどこかに消えていくに決まっているのだ。
    「…服でも見よっか」
     長谷部くんに洋服を選ぶの好きなんだ。
     そう言って、さりげなく腕を掴んでくる恋人に、長谷部は火照る頬で遠くのほうを見つめた。
    「…うん」
     頼む、と普段の声色を装って。なんでもない風に返した。

    「長谷部くん、これ着てみて。絶対似合う」
     光忠の好きなセレクトショップで、彼女は遠くから長谷部を呼んだ。
     淡い紫の縦長のワンピースを手に持っている。その一見シンプルなワンピースは、ノースリーブの袖口に、控えめながら質が良いと解るレースが細かく重なっていた。膝下までの裾にも同じものが使われていて、可愛すぎず少しだけ大人っぽい。
    「これ、見た時に似合うと思ってたんだ」
     長谷部を鏡の前に立たせて、光忠は得意げだった。
    「タイトなシルエットとデザインが君の華奢さを引き立てるし、空いた襟と肩口が上品だよ。はせべくんは絶対に、ふわっとしたスカートよりもこういうデザインが似合うと思うんだよね」
     なんでも解るよと、美しい恋人は鏡の前で終始ご機嫌だった。やっぱり着てみないと実際の雰囲気は解らないのだと言う光忠に押された形で、長谷部としてはいささか背伸びしたデザインの服と試着室へ入ってみた。
     そうして、見せて欲しいとカーテンの外に貼りつく光忠に折れて、気恥ずかしいながらゆっくりと布を横へ引いていく。待ち構えていた光忠が手を口に当てて、わっと歓声を上げた。
    「やっぱり、…すごく良いよ、可愛い」
    「センスの良いみつただがそんなに言うなら、間違いないんだろうな。大人っぽ過ぎるかもと思うけど」
    「君は? 気に入った?」
    「気に入らない訳ない。決まってる」
    「ふふ、そうか。……ああ、こんな可愛い姿見られたら、君、男だけでなく女の子にもモテそうだ」
    「そんな事考えてるのなんてみつただだ位だと思う」
    「絶対、そんなことないよ!」
     少々不満気に「嫉妬だ」と呟く光忠の表情はすごく子供っぽくみえて、長谷部は優越感のようなものにドキリとさせられた。
    「そのまま着てご飯行こっか」
     光忠は長谷部の感情を知ってか知らずか、笑顔で新しいワンピースを纏った恋人の手を掴んだ。
    「この服、みつただの好みのタイプの服装か?」
     個室の部屋で食事しながら、長谷部は尋ねた。
    「タイプもなにも。はせべくんがタイプだしなあ」
    「ほら、……お前の元カノはもっと、ふわふわした可愛い感じの、女の子っぽい服だったじゃないか」
     気になって胸の奥底でちくちくとしていた部分を、少しの良いに任せて切りだしてみれば、反笑いの光忠がこちらを覗き込んでくる。
    「なに、そんなこと気にしてたの君は。もう、当たり前だよ。……すっごく好み」
     たぶん誰か別のひとの彼女でも口説いてる。そう言って光忠は笑った後、すぐに顔をしかめた。
    「別のひとと付き合ってるはせべくんとか、想像でもいやだけどね」
    「……、おまえは最初そうだっただろ」
    「まあ、事実的にはそうだったね」
     出逢った頃の光忠は、半同棲している彼女がいた。
     当時、さりげなく見えてしまった待ち受け画面には、光忠の隣に映る、可愛い服が似合った彼女。
     もともと光忠とは仕事上の取引先という関係だけだったから、きっと光忠は自分の事なんて気にもしていなかったように思う。
     長谷部は、光忠と出逢った瞬間に一目惚れしていたのに。
     二人三脚で仕事をしてきて、よく飲みに行くような友達になった。職場でもオープンにしているという光忠から、半同棲している彼女のことを言われたとき、長谷部は絶望しつつ「詳しく話してほしい」と、酔いに任せて聞いたことがあった。
     同棲ってことは結婚してるみたいな感じなのかと聞いた長谷部に、感覚の違いだよ、と光忠は笑った。
    「女同士で付き合ってて同棲はそんなに重いことじゃ無いよ。気付いたら、とかもよくあること」と当時の彼女は軽い口調でそう笑ったのだ。
    「その頃まではずっと来る者拒まずだったから、当時の彼女も、……言い寄ってきたから可愛いなあと思って付き合っていただけだよ」
    「……まあ、な」
     でも、元々女の子と付き合ったことのない自分と、元から女の子が好きな光忠とでは、立場も今の付き合っている関係への想いもきっと違うと思うのだ。
     それだけじゃなく、二年ものあいだずっと片思いしていた感情の重さの違いもある。それを考えだすと、長谷部はときどきこの関係が、いつまで続くのだろうか、と切なくなるのだった。
     光忠だから好きになった自分と、元から女の子にしか惹かれない彼女には、いくら努力しても理解し得ない部分がきっと、間違いなくあるのだと。
    「長谷部くん、美味しい?」
    「……美味しい」
    「良かった、ねえ。ケーキでも頼もうか。今日のデザート持ってきて見せてくれるみたい」
     光忠が優しく微笑んでそう言っだ。
    「うん、そうだな」
    「今夜は何時ごろ帰る? 駅まで送るよ」
     綺麗にフォークとナイフを置いて、光忠は長谷部の顔を覗き込んでくる。
    「……みつただ、」
    「なに?」
    「やっぱりあれなのか? ……自分たちじゃ、一緒に住めないと思ってたりするのか」
     膝の上の布を、こころもとなく掴む。
    「ほら、どう頑張っても、光忠みたいな感覚は理解出来ない訳だし。そもそも、恋愛だって今が初めてで……。だから、不安なんだ」
     グラスに映った夜空と、紫の瞳がうるむ。
    「恋人らしい事も何も出来てないし、やっぱり違うと思ってたりしないか? ……これじゃ友達と同じだと思ってるんじゃないか? 待ち合わせて買い物して、食事し
    て帰るだけで、みつただはだいじょうぶなのか」
    「はせべくん…」
     黙って聞いていた光忠は、ちいさくそう呟くと、長谷部の手を掴んだ。
    「不安にさせてごめん。はせべくん相手だから、ゆっくりしたくて。大事にしたかったから」
     言葉にしなくてごめんね。そう眉を下げた。
    「はせべくんの良い感じの関係性に合わせようと思ってた。そんなに不安にさせちゃってたんだねーー」
    「失礼します、ケーキお持ちしました」
     ――店員が、扉をノックしてきた。
    「ほら、長谷部くん、顔あげてよ」
     そこには、薔薇の細工が乗った、小さなホールケーキが運ばれてきていた。
    「え、なんで誕生日じゃ……」
    「はせべくんと初めて出逢ってから三年記念日なんだ、今日。そんなに経ったんだって感じだよね」
    「あ、ぜんぜん知らなかった…」
    「長谷部くんらしくて好き。……サプライズ成功して良かったよ」
     心底愛おしそうな顔で見つめられて、感じていた不安なんてどこか遠くへ消えてしまっていた。
    「これ、これからも宜しくね」
     そう言って手渡されたのは、アメジストとイエローダイヤモンドのネックレスだった。
    「ほんとは指環が良いかと思ったんだけど。会社で詮索されるの、はせべくんいやでしょ? これならいつも付けてくれるよね」
     やっぱりそのワンピースに似合ってる。そう得意げに微笑む表情は、長谷部がすきな光忠の顔だった。
     ああ、服を見に行くくだりから、今日のすべてが全部計画済みだったなんて。
    「ほんと、慣れてるな」
    「君だけだよ。今までこんな事したことない」
     僕の方が余裕ないんだよ、そう言って襟元を下げると、長谷部へと見せてくる。
    「ふふ、お揃いにしちゃった」
    「そういうところ、可愛いよな」
    「……明日は土曜日だし、よかったら泊まってく?」
     そう笑う恋人の胸元が、キラキラと光っていた。



     初めて出逢った時には、もう目が離せなくなっていた。
     慣れていない様子で名刺を差し出す彼女の、蝶みたいな睫毛に心奪われたのだ。今でも鮮明に覚えているなんて、言わないけれど。

    「それでは、お疲れ様でしたー! 」
    「お疲れ様でした! 」
     一年がかりのプロジェクトも無事に終わり、二人三脚でやってきた取引先との小さな打ち上げ。
     最もちゃんとしたものは先週にあったのだが、こうして何度もやりとりを重ねた人達と、少し砕けて互いをねぎらえることが嬉しかった。というのは半分くらいの理由で、このまま終わりになってしまうことに名残惜しさを感じていたのもある。
     声を掛けられたとき、光忠はその場で「もちろん参加します」と即答した。
     そして、即答してしまう自分と、頭の片隅にチクリと覚える罪悪感に気付かないふりもするのだった。

     中盤になり、隣の席に座っていた同僚が別のテーブルへ移動していった。ふう、と息をつき携帯を確認する。
    『ご飯要らないよね? 帰り迎えに行くから連絡してね』
     返しておかないとまずい、そう思って簡単に返す。
    『無理しなくて良いからね。ありがと』
     その時、画面に影が落ちた。
    「長船さん、お疲れ様でした」
     パッと振り向くと、一緒に仕事してきた取引先の女性が控えめに「ここ良いですか? 」と微笑んできた。
    「……長谷部さん! 大丈夫ですよ」
     本当にお疲れ様でした、そう答えながら光忠は少し左に腰をずらす。
     長谷部とは今回、ずっと打ち合わせを重ねてきた担当者だった。今日の打ち上げも、彼女とゆっくり話をしてみたくて参加したようなものだった。
     仕事の苦労話を一通りして、長谷部が意外と酒に強いことを知ったり、食の好みが合ったりすることを知る。
     最寄り駅がふたつ隣のところに住んでいると知って、思わず「じゃあ今度長谷部さんの最寄りでご飯でもしましょう」と言ったところで、ああでも彼女って仕事とプライベートはしっかり分けているタイプっぽいなと笑みが零れた。
     もちろん自分だって、誰にだって言う社交辞令だけど。
    「長谷部さん仕事お忙しいと思うから、機会が合えばっ
    てことになるでしょうけどね」
    「いやいや、是非行きましょう。お酒好きなんですが、なかなか飲む相手が居なくて……。 長船さんさえ良かったらですが……」
     少しためらいがちに、目を伏せながら長谷部はそう言って、先程からせわしなく傾けるグラスに口を付けた。
    「じゃあ、落ち着いた頃の週末に、誘いますね」
     そう微笑んでみせる。
    「是非……お酒、買って家で飲む事が多いんですけど、ひとりだと大きいボトルが溜まってしまって。家に飲みに来ていただいても助かります」
    「確かにそうですよね、じゃあ遠慮なく。ふふ、飲みに行かせてもらいますね」
     別に、家に行くくらい浮気にはならないはずだ。
    「連絡先教えてもらっても良いですか? 」
    「じゃあ長船さんの、登録しますね」
     長谷部に携帯を差し出すと、軽い音と共に画面が光る。
    「あ、すみません」
    「いや大丈夫ですよ」
     携帯を返されて画面を確認する。『何時に終わりそう? 遅いと私、寝ちゃうよ』と書かれたメッセージだった。
    「……彼氏さんですか? 」
    「彼氏っていうか……、彼女かな。一緒に住んでいて」
    「あ、……彼女、ですか」
     口ごもる長谷部に、光忠は軽く苦笑しつつ、窺うように横目で彼女を見た。
     なんとなく長谷部には言いたくなかったような気がするが仕方がない。表情が解らないけれど、長谷部の反応を待たずに光忠は続けた。
    「自分は基本的にずっと女性とお付き合いしてきていて、今は恋人が部屋に居ついてしまっている感じなんですよ。……普段そのことはオープンにしてるので、会社の人たちも皆知ってます」
     驚かせちゃいましたね、と目を細めて微笑みを向ける
    と、「いえ! 」と長谷部は首を横に激しく振った。
    「なんか……、こう言ったら失礼になってしまうかもしれないですが。納得しました、長船さんなら似合う、っていうのも変ですけど。オーラがあるし、恰好良いので」
     男っぽいっていうのとも、違いますけど。そう言った長谷部は、ほんのり染まった顔で頬杖をついて光忠を覗きこんできた。
    「馴れ初めとか、聞かせて貰えませんか」
     酒で緩んだ空気と唇のせいで、甘さを含んだ声に聞こえてくる、都合の良い自分の耳を光忠は叱咤した。
     暖色のライトで艶やかに光る、長谷部の薄い唇に目が引き寄せられる。
    「そんな良い物じゃないですけど……。とりあえず、飲みに行った時に語りましょうか」
     目線を料理に戻しながら取り繕った笑みを浮かべる。
     これまで気付かないように努力してきたものが、とうとう無視できない位に大きくなっていることを、このとき光忠は思い知ったのだった。
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